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双子の月陽  作者: 珈夜れい
王帝国戦乱編
1/5

プロローグ

 その日の朝、僕は変な夢を見て目を覚ました。

 変な夢を見た、と言ったがその内容はぼんやりとしていてよく思い出せない。まぁ夢なんてそんなものだろう。

 しかしこの胸に残るもやもやとした、何とも言えない気持ち悪さは果たして夢の内容を覚えているのか。既にそのことに関しての記憶がない時点でその疑問は無意味なものである。

 僕の気分とは裏腹にカーテンの隙間から差し込む爛々とした日の光が、その明るさとは逆に僕の気持ちを深く沈めていく。

 今になって思えばこの時から本能的な部分で感じていたのかもしれない。


 ――今日は人生で一番最悪な日だと。





 「あっれー? 兄さんじゃん!」


 「……紗菜(さな)


 放課後。いつものように家に向けて通学路を歩いていると、後ろから僕とは正反対に明るい声がかかった。

 日坂(ひさか)紗菜(さな)。僕、日坂悠翔(はると)の双子の妹だ。

 さらさらと風に靡く綺麗な黒髪をツイストアレンジで後ろで纏め、色白の肌と人懐こい笑みは世間一般で言うところの美少女と呼ぶに相応しい姿だと兄ながらに思う。

 僕と違って人気者で友達の多い紗菜は、基本的に毎日友達と遊んでから帰宅している。だからこんな早い時間に帰宅する僕と居合わせるなど珍しいことなのだ。

 紗菜は当然のように僕の真横に引っ付き、にこにこと屈託のない笑顔を浮かべて僕を見上げる。


 「兄さんと一緒に帰るなんてすっごく久しぶり! 小学生の時以来じゃん?」


 「紗菜は毎日のように友達と遊びに行ってるからな」


 「ぼっち兄さんと違ってね!」


 「おい、僕に友達がいない前提で言うのはやめなさい」


 「え、兄さん友達いたの?」


 「……そう素で返されると結構傷つくんだが」


 割と本気で聞き返してくる紗菜の顔を見て気分が下がる。この()は今まで(ぼく)のことをそんな目で見ていたってことですかそうですか。

 いつもの無表情に拍車をかけて暗い僕を流石に察したのか、焦った様子で話題を変えようとする紗菜。僕が異変に気付いたのは、それから間もなくのことだった。


 「……おかしい」


 「へ? 急にどしたの?」


 急に立ち止まって呟いた僕に疑問を浮かべる紗菜。しかし、おかしいものはおかしいのだ。

 先程まで聞こえていたカラスの声も、ちらほらと歩いていた下校途中の学生、帰宅途中のサラリーマン。それが唐突にぴたりと消えたのだ。

 この通りは基本的にこの時間帯は今挙げたように人も歩いているし、酷い時には大量のカラスが大声上げながら空を横切っていく程度には騒がしい道だ。なのにも関わらず人の気配がないことはおろか、音すらない。それはまるでここだけが全く別の世界のように、切り取られたかのような錯覚さえ覚える。

 流石に紗菜もいつもとは違う異様な雰囲気を感じ取ったのか、少し不安そうに僕の制服の袖口を掴んできた。


 「兄さん。なんかこの道、その、変な感じ? がする」


 「こういう日もあるさ、と言うには不自然すぎる静けさだ。だからおかしい」


 ――果たして今いるここはどこなのかと。


 「……兄さん、早く帰ろーよ!」


 「そうだな。でも少し急ぐよ」


 一刻も早くこの場から脱したいという思いを胸に、僕らは急ぎ足で歩き慣れた道を淡々と進んでいく。

 幸いにもここからだと五分ほどで家につくから一先ずは安心できる。珍しいことに紗菜も元気がなくなっているようだし、仕方がないから帰ったら僕の分のプリンでもあげるか。紗菜が元気じゃないとこちらまで調子が狂うからな。


 ――と、その瞬間の出来事だった。


 「……っ!?」


 突如ぐにゃりと目の前が揺れ曲がる。段々と大きくなっていく振動と共に広がる揺れ曲がる空間は、気が付けば僕の視界を徐々に奪っていく。


 「紗菜っ!!」


 「兄さんっ!!」


 暗くなっていく意識の中、必死に僕を呼ぶ紗菜の叫びを最後に僕の意識は途絶えた。





 『――』


 視界全てを覆い尽くすかのように真っ暗な空間。そんな中で微かに聞こえる何かに、僕は耳を傾けた。


 『――ら』


 綺麗で澄んでいる、心の底に響き渡るかのような音。……いや、これは声か。

 今度は先程より集中して耳を傾けると、僅かだが聞こえた。


 『――あなた達なら、――きっと――』


 もう少しでしっかりと聞き取れると再度耳を傾けた瞬間、僕は急激に体を引っ張られる感覚と共に目を開いた。


 「んんっ……」


 背中越しに感じる硬い、石のような感触。眼下に広がるのは僕を挟むようにして立ちそびえる高い建物とその隙間から除く青の景色。

 しばらくぼーっとしてから、僕は一気に体を起こした。


 「紗菜! 紗菜っ!!」


 呼びかけるも今この場所に僕以外の姿はなく、当然のように僕の叫びに答える者もいなかった。

 そして次に目に入るのは自分が今いる場所。

 そこは先程までいた場所とは違く、まるでどこかの路地裏のようだ。

 地面はコンクリートではなくどこか歴史を感じさせる石畳。立っている建物もレンガ造りで形も風貌も日本の物とは全く違う。それに空に見えるのはオレンジ色の夕焼けではなく、清々しいほどに青く澄みきった空。

 目の前に次々と入ってくる光景と状況に僕の頭の中に嫌な予感が駆け巡る。

 とりあえずと、都心並みに喧騒が酷い方へと足を向けた。近付くにつれ聞こえてくる人々の行き交う声、何かを運ぶかのような複数の台車の音(・・・・・・・)

 日の光と共に徐々に露わになっていく光景は、目を疑うものだった。


 「……はっ。おいおいおい、冗談だろ、これ」


 まるでファンタジー系の物語のような服装で行き交う人、獣人、亜人。何台も忙しなく通り過ぎていく荷台を引いた牛とトカゲが合わさったかのような見た目の謎の生物。

 それは間違いなく、疑うこともないほどに自分の知っている世界とは違う光景。

 受け入れ難い現実を目にして無意識の内にぽつりと呟く。


 「――本当に、今日は人生で一番最悪な日だ」


 しかし本当の困難が確実に僕の元に迫ってきているとは、今の僕には知るよしもなかった。

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