悪戦苦闘の人(?)命救助
「へえ……綺麗だな、ここ」
エアルに案内されて来た場所は、岩壁ばかりのあの空間の一部。どこからか湧き出た水が壁を伝って滝ができている。そこが入り口になっている小さな部屋だった。
「あたしの部屋さ。適当に座りな」
彼女は奥の大きな椅子に腰掛ける。その前にはしっかりとした造りの机が置いてあり、その上に図面のようなものが広げられていた。
「不思議な部屋ですね……」
目の前にいるのが(彼のイメージとはかけ離れてはいたが)族長とあって、少し緊張したような声で、セレン。
「あまり時間も無いことだし、要点だけさくさく言うからよく聞きな」
鋭い目つきに、有無を言わさぬ口調。俺もそんなエアルにつられて目に力が入る。
「ここにあるのがこの街の地上部分と地下部分の地図だ。で、各種族たちの分布がこれ」
次々に地図を指していく。
「今街に取り残されているのは七組だね」
「組?」
「単独の者もいるけど、家族単位で動いてるのが多いからね。ま、そこは問題じゃないよ」
言って視線を地図に戻す。
地上に取り残されているのは七組。この地下空間は、その街のほぼ全域に広がっている。そしてここから地上への出入り口は一つではない。もっとも近い出入り口から地上に出て、その場に留まっているであろう取り残された他の種族の救出に当たろうというのが、俺たちが考える作戦だった。
エアルの説明を聞きながら、今分かる時点での質問をいくつか繰り返す。取り残された種族と大体の人数。その周辺の地理関係。そして闇の勢力の有無。……現状の把握はこれで十分だった。
この空間に辿り着くまでに、地上の状況は何となく分かった。細かいところまで偵察に行っている時間は、今の俺たちにはない。エアルの説明と地図を頭の中に大体で収め、できる限りの速さで実行しなければならないだろう。
「さて」
「落ち着いたところで早速」
「やってみようか」
以上、至極単純な作戦会議は終了。あとは実行あるのみ。……っつっても、地図や説明だけではどうにもならないことの方が多いもんだから、これから現状を細かく調査しながらってことになる。そう簡単にはいかないだろう。
「まずは人命救助優先、ってことで」
言いながら、俺は自分の装備品を再確認。やたらと水気の多いこんな場所でも、何故か服が湿っぽくなったりはしていない。
「余分な水分はあたしたちにとっても敵ってことさ」
「ま、ふやけるもんな」
必要以上のものは何ひとつないこの場所から、より必要なものを選別しては自分達の装備の中に組み込んでいく。……つまり、簡単な食料とか、簡単な武器とか、灯り取りの道具だとか、そんなものだ。
ここに強力な武器が用意されていたならば、そもそもこんな事態にはなっていない。簡単な武器といっても、せいぜい小さな爆発を起こす、爆竹のようなものばかりだったが、何もないよりは、と思い俺の大きめのポケットに幾つか詰め込んでみた。
「よし、行くか」
「手前から行くんだろ? 一番奥が……」
「そう、創世のシンボルの地下入り口だ」
順番に俺、セレン、エアルの台詞。
先程の作戦会議の中に、現在地の説明もあった。いくつもある地上への出口。その一つ一つから、最低でも七回は出入りしなくてはならないのだ。
地上を歩き回ることなく、もぐら叩きの要領で地上に出て、用事を済ませて再びここに戻ることを繰り返して人命救助にあたろうというがこの作戦。
そして今居る地点から一番離れた場所には、あの天にまでそびえる塔への、地下から通じる入り口があるのだという。地下と地上五階までは、今でも(といっても、闇の勢力によって汚染される前までだが)ここに住んでいる種族たちが色々な目的で利用しているらしいから、問題があるとすればそれより上の階だろう。
俺たちはまず、一番手前の出入り口へと向かった。
靴底の硬い音と、澄んだ水が跳ねる音が微妙に交じり合う。間もなく、その出入り口に到着した。……が。
「……これ……」
と、その出入り口を改めて目にした途端、俺は呆然としてしまって間抜けな声しか出なかった。
「ここから行くのか?」
「……マジで?」
同じく見上げたセレンも、やはり間の抜けた声しかない。
「そうさ。文句言ってないで、男ならしっかりやんなよ」
バシッと俺の背中を平手で叩く。思わずよろめいてしまうほどにその力は強かったんだが、あまりに呆然としてしまっていた所為もあったかも知れない。
そこは、ただの穴だった。そう、戦時中に大活躍し、やがて朽ちていく防空壕の小さな入り口を連想させる。ひと一人がようやく通れる程度の穴が壁に開いており、そこから垂直に頭上へと穴が続いている。……見事なまでの縦穴だった。
周りがごつごつしているお陰で、足場には困らないだろうが……いくらなんでも……。
「………………ここから行けって?」
「そうだよ」
「………………」
セレンは言葉もない。
だがいくら目で訴えても、エアルはそんな俺達を不思議な目で見つめているだけで、何の疑問も抱いていないらしい。
「何さっきから不思議な顔してんだい? さっさと行きな」
「あ、ああ……そだな……。セレン、ロープあったか?」
気を取り直して、恐らく地上に続いているのであろう縦穴を覗き込んでみる。地上の明かりなどというものも、ここからは見えなかった。ただただ先の見えない、暗い天へと続く洞窟のようだ。
「叶恵、これでいいか?」
セレンが持ってきたロープは、長さも太さも、軽く引っ張ってみた感じも申し分ないようだ。よく手に馴染み、握りやすい。
「そんなものが必要なのかい?」
心底不思議そうに、俺たちのやり取りを見ていたエアルが疑問の声を上げた。
「いや、一応さ」
登るときには必要ないだろうが、ここをまた降りてこなければならないのだ。この縦穴も、どこからか水が伝い落ちてきている場所があり、所々に濡れている。滑ってまっ逆さまに転落帰還じゃ、あまりに格好悪すぎる。
「言っとくけど……」
俺たちの準備の様子を眺めながら、エアル。
「あたしらの集落の者には、そんな物必要ないからね」
「え?」
随分と逞しいことを言う。
「考えてもごらんよ、あたしらの生活形態ってのは、あんたらとは随分と違うだろ? 基本的に形態変化できる奴らばっかりだからね」
「………………」
成る程。ここは水やら大地やらの種族の住まう地域だ。ウンディーネもいればエアルのような例えるのが難しい形態をもつ種族ばかりというわけだ。
「そういえば……」
ふと思い当たってセレンに目をやる。
「どうした?」
「いや、聞くタイミングがかなりずれたんだけどさ」
確かこの世界に俺が初めて来たとき、ここに住む種族と彼らが守護する宝玉の種類を説明された。確か言っていたのは『月』と『太陽』、『星』、『火』、『空』の五つ。月と火はすでに手に入れているが、ここに残りの三つが揃っているのだろうか?
「お前さ、ルーン様の話聞いてたのかよ? ここはその三つの種族たちが共存してる地域だぞ? 三つとも揃ってるに決まってんじゃん」
「聞いてたけどさ、今まで見てきた連中って、水属性っぽいのばっかりじゃん? 太陽とか星ってのは?」
今度はエアルに視線を送る。彼女もまた、俺の話はしっかりと聞いていてくれた。
「確かに、ここに見えるのはあたしを含めて水の属性か、それに近いもんだよ。星や太陽ってのは普段は見えないんだ」
「見えない?」
そんなのをどうやって助けりゃいい?
「はっきりとした姿で居るわけじゃないってことで、彼らはそこらにいるさ。小さく光ってそこら中を漂ってるのがそれさ。この地下空洞を照らしているのは星や太陽の連中のお陰でね。地上に取り残されてるのは、彼らにとって半身というべき実体の方なんだよ、厄介なことに」
「厄介って?」
「彼らは実体と精神体、二つで一つの存在になる」
実体とはいえ、彼らは非常に弱い。外部からの力によっては簡単に崩壊してしまうほどに脆いらしい。地上に残されている連中の大部分が、彼ら『星』と『太陽』の種族なんだという。
「宝玉は、彼らが一つずつ持ってるよ」
「そういうことか」
何となく納得して、俺は再び縦穴に向かう。
意を決して、岩に手をかけてみる。グローブ越しに伝わるしっとりとした手ごたえと、支えてくれているような不思議な感触。両手を大きく突っ張らなくても、なんとか壁にしがみついていられる程度の穴の幅。意外にも昇りやすかった。
「行けるか? セレン」
俺の後ろ、少し間を空けて登ってくるセレンに、肩越しに声をかける。
「おう、何とか大丈夫そうだ」
ちょうどいい具合に飛び出た岩に、慎重に手や足をかけて登ること数分。簡単にやっていそうだが、これはかなり筋力を使う。ちょっとでも無理な体勢になればすぐにでも落ちてしまいそうだった。それでも、もう入り込んだ入り口の明かりが微かになってきている。その位の位置からようやく、地上への出口が見えてきた。その出口からは、地下よりも暗い光が差し込んでいた。
「そろそろ出口だ、油断するなよ」
「お前こそ」
ほんの少しだけ息を切らしたセレンの声が、それでもしっかりと答えてくる。
「よっ……」
最後と思われる岩に手をかけ、地上の様子を探るべく、俺は頭の半分ほどだけ穴から出して覗き見る。
「ん?」
見えたのは、垂直に並べられたレンガの壁。しかもかなり汚れている。よく見ると……
「何だ、暖炉か?」
反対側に首だけを回すと、ぽっかりと半円形に視界が開けていた。
「おーい、何もないんだったら早く出てくれ! そろそろ限界だ」
「おお悪い、情けない声出すなよ」
セレンに急かされ、俺は足場を確かめながら、頭の方向に合わせて体の向きを変え、暖炉と思われる場所から抜け出し、そのままの姿勢で這うように、半円形の窓枠のような場所も潜り抜ける。
そこでようやく立ち上がった。
「おう? どこだここ?」
続いて這い出てきたセレンが、暖炉の中で間抜けな声を出す。
「どうやら暖炉らしいんだけどな、おい」
「ん?」
ガツンっ
「天井、低いから気をつけろ、と……言おうとしたんだけど」
「………………遅い」
力いっぱいぶつけたんだろう、セレンは涙目になりながら頭を抑え、ゆるゆると半円形から這い出してきた。
「民家っぽいな」
ぐるりと辺りを見回してみると、俺たちが出てきた暖炉を囲むように木製の椅子が幾つか並べられている。食卓テーブルと思しきテーブル、食器棚、日用品の収められた棚。……埃が少々積もってはいるが、それを除けばつい先ほどまで人がいたような、小さくも温かそうな雰囲気の部屋だった。存在する形態が違っても、生活様式は俺たちにも理解できるもののようだ。
「……へえ……随分と生活感あるなぁ」
「ここに住む連中もこんな家で生活してんだな」
どうでもいい感想を並べながら、かなり場違いな出で立ちの俺たちは、玄関に向かう。家の中には生活感はにじみ出ていたが、人の気配はまるでない。
がちゃ……
手入れが行き届いていたのだろう。軋むような音もなく、玄関ドアは楽に開いた。
目の前は、小さな通り。この家の隣にも通りの向こうにも、同じような小さな家がいくつも立ち並んでいた。
「住宅街だな」
「ここらで隠れられそうな場所って……」
『………………』
殆どの建物に隠れられそうだった。闇の者の気配も、今のところないようだったが、肝心の助けるべき者たちの気配もない。やたらと静まり返った雰囲気だけでも寒気を感じてしまう。
「気配とか、そういうのないのか?」
セレンが寒そうな身振りで問うてくる。
「あったら真っ先に言うよ……とにかく、ここで立ち止まってても意味ねえし、行こうぜ」
幸い、出てきた場所から右手は少し歩くと行き止まりのようだった。俺たちは通りを左側に歩き出した。
「……?」
ふと立ち止まる。つられてセレンも立ち止まり、視線を俺に向けた後、俺の視線の先に目をやる。
「店? ここか?」
「多分」
はっきりしない勘のようなものだったが、今までの建物からはなかった気配がした。
「店なら商品棚とかの裏にでも隠れられそうだな」
言いながら、慎重に入り口に手をかける。奥に向かう片開きのドアだが、鍵はかかっていなかった。
「無用心だな……おい、誰かいるか?」
辺りに注意を払いながら、店内に足を踏み入れる。食料品や日用品が種類ごとに並べられ、店内は整頓されたままだ。うっすらと埃はかぶっていたが、荒らされた様子はなかった。
「誰も居ないのか?」
セレンも商品の陰を覗き込みながら言う。更に奥へ、入り口から対称となる場所、奥まった隅にもう一つのドアを見つけ、今度はそこへ。……教会での騒動を思い出し、俺はかなり慎重になっていた。
「誰かいるか?」
『……………………誰?』
「エアルの遣いだ」
短く答える。向こうから聞こえた声は、小さく怯えた声。子供の声のようだった。
『……本当?』
「いきなり信用しろとは言えないが……俺たちは地上に残されたエルアーデの住民を救うように頼まれてね」
『俺たち?』
「俺の他にもう一人来てる。月の種族の者だ。俺は勇者と呼ばれてる」
かなり手短に答える。セレンは相手との応答を俺に任せているのか、黙って辺りに気を配っている。
『……エアル様の遣い……あの方と、他の皆は……?』
「地下空洞だ」
『無事なんですね?』
「ああ。信用してくれるんなら、ここを開けてくれ」
かちゃり……
すぐに反応があった。
軽い音がして、ドアはこちら側に開く。一瞬だけ、ドアに視界を遮られる形になったが、殺気は感じない。が、油断はしないまま、ドアの向こうを確認する。
「ん……っ?」
俺はこのとき、恐ろしく間抜けな顔をしていたに違いない。俺が見たのは、得体の知れない物体だった。
「…………おい」
『はい?』
得体の知れない物体から声が聞こえる。
「攻撃、仕掛けていいか?」
思わず剣の柄に手をかけたまま聞いてみてしまうほどに、怪しかった。
『止めてください!』
思いがけず冷静な対応。
「おい、かな……ぇ………………何だそれ、叶恵?」
セレンも俺の後ろから覗き込んで、間抜けな声。
それもそのはず。俺が話していたのは、何というか……緑色なのか紫色なのかよく分からない、そう、スライムのような物体だったからだ。大きさは俺の胸ほどもあるだろうか。ゆるい山を描くその物体は、ゆらゆらと漂うようにその身体を動かしていた。
『僕……今のここの空気にやられて……実体が溶けちゃって……でも僕は星種族です。これを見て』
言ってにゅっと差し出してきたのは、小さく光る石ころのようだった。その輝きは微かだが、地下空洞で見たものに似ている。
『星種族の証です。僕たちも、地下空洞へ連れて行って下さい』
「おう、そのつもりだよ」
後ろからその光を確認して、セレンが答える。
「ちょっと待て」
「どうした叶恵?」
「『僕たち』って、他にもあんたみたいのが居るのか?」
『はい、この奥に。……我らが族長もここにいらっしゃいます』
族長がいるのに、正体の分からなかった誰かの訪問に身代わりを応対に出したのか……?
「族長もいるのか?」
『はい、ですが……僕たちよりも弱ってしまっています……。僕たちを護るためにお力を使われたので……』
消え入るような声で、応対に出たスライムが答えた。成る程、自分可愛さに身代わりを立てていたわけではないようだ。
「そこから移動はできるのか?」
いつ闇の者が現れるか分からないこの状況、俺は自然と早口になっていた。が、相手もそれに気付いたのか、ちらりと振り返るようにして奥を確認すると、再び俺に向き直った(……この見た目から判断するのはかなり難しい)。
『ここから地下の空洞まではどうやって?』
「あんたも知らないのか? この近くの民家の暖炉からだ。大した距離じゃない」
『分かりました。少しお待ち下さい』
言うとスライムはずるずるとその身体を引きずるようにして、奥へと引っ込んでいった。
俺たちも覗き込んでみたんだが……見ないほうが良かったかもしれない。いや、いずれは対面しなければならないんだが……。
一緒に覗き込んだセレンは、その場で固まった。
「おい叶恵……」
「聞くな言うな何も見るな」
「……………………壮観だな」
俺たちが見たのは、ドアのさらに奥から出てきたスライムが増殖している現場だった……そりゃもう、もこもこと。正確には、奥からどんどんと増えてきていただけだったんだが、一つの塊になって見えるもんだから気色悪いことこの上ない。しかも紫と緑が混じったような色で。
『これで、ここに居るのは全員です』
「えー……っと……何人だ?」
『七人居ます』
「……そ」
短く応える。俺は一つ深呼吸して気を落ち着けてから、もう一度視線を目の前のスライムの塊に戻す。
「で、族長ってのは?」
蠢くその不気味な塊の中から、それと見極めるのは難しい。
『一番奥に……もう立ち上がることさえおぼつかないのです』
「立てないって……他の奴は?」
『族長様のお陰で、僕たちは歩けます。……族長様が……』
「分かった。族長さんは俺が背負って行く。後ろにはセレンが続くから遅れるな」
一方的に指示しただけだが、彼らはしっかりと受け止めてくれたようだ。巨大な塊が一斉に頷いた(ように見えた)。
これから一度外に出て、俺たちが出てきた家の暖炉に戻らなければならない。しかしその外の空気が彼らにとって悪いというのだから、まずそれから身を護る方法を考えなければならない。
「セレンさ、前に防御系専門って言ってたよな?」
「ああ、外気から彼らを護るんだろ? あるよ」
「んじゃ頼むわ」
軽く言って、俺はスライム……もとい、星の族長のもとへ案内してもらう。後ろから、セレンの魔法詠唱の声が小さく聞こえる。
族長は、うずくまっているのか小さかった。俺はその前に屈みこんで背中を貸す。
『恐れ入ります……この姿では気持ち悪いでしょうが……』
か細い声で、族長。声から判断するに、女だろう。
「あ、ああ……そりゃ仕方ねーよ……気にすんな」
『ありがとうございます……』
俺の背中に触れてくる感触もぺたぺたとしていて、決していい気持ちではない。それを堪えて、セレンに合図を送る。
『月に輝く夜の闇……我らが道を照らし出せ……ルーシャ・ガーディ』
ボォウ……
炎が燃え上がるような音と共に、青白い、月の光を思わせる光が俺達を含めてスライムたちを綺麗に包み込んだ。
『これは……』
『身体が……軽くなった……』
口々に感嘆の言葉を発する星の種族たち。
「よし、行くぞ」
俺は族長を負ぶったままで彼らの間を通り抜け、先頭に立ってもと来た道を歩き出す。
幸い、暖炉までの道で襲われることはなかったし、セレンの魔法のお陰で、星の連中がこれ以上不気味な姿になることはなかった。……背中の感触は微妙だったが……。
民家の暖炉にたどり着き、星種族の連中を先に地下空洞へと送り出す。彼らは、そのグニュグニュとした見た目と質感を裏切らず、広くもない縦穴を何も使わずにズルズルと降りて行った……。体力も衰えているようだったが、ただ重力に従って滑り降りるには苦労しなかったようだ。俺の背中に乗っていた族長もまた、縦穴に身を任せるようにずるずると下に下りていく。
反面、俺たちはかなり苦労した。持って来ていたロープは民家の丈夫そうな柱に片方を結びつけ、それを支えにごつごつとした岩壁の縦穴を降りなくてはならないからだ。
そしてお約束だが。
「悪いな、叶恵……」
「…………おう」
地下空間への出口。俺たちが入って行ったその場所に、俺たちは重なるようにして倒れこんだ。硬い岩壁にどれだけ身体を打ったのか分からないが、とにかく全身が痛い。
泥だらけになって、俺たちはようやくエアルの前に戻ってきた。
「………………何やってんだい? あんたたち……」
呆れた顔でエアルが言う。…………畜生。滑ったんだよ。俺の頭の上でセレンがさ。その拍子に俺まで滑っちまってこのザマだよ。
「でもまぁ、良くやったよ。ラキ、あんたらは少し泉で休んでおいで」
前半の台詞は俺たちに、そして後半は助けられた星種族の連中に向けられていた。星の族長、名前はラキというらしい。どうやらエアルとも仲がいいらしく、あの姿でいきなりエアルに抱きついていた。
「しっかし、上はとんでもなく汚染されてるようだね……急がないと」
「ああ、分かってるさ」
ずるずると弱った身体を引きずって、ラキたちが中央の泉に向かうのを見送りながら答える。
身体についた泥が乾く間も無く、俺たちは次の出口に向かう。
住人が取り残されている地上への出口は、どれも似たようなものだった。やはり見事なまでの縦穴で、よく崩れ落ちないものだと、ある種感心に似た気分にさせる。その縦穴が続く場所はそれぞれに違っていたが、かなりの時間をかけて、俺たちは地上に残されていた七組の救出に成功した。
救出したのは『星』と『太陽』の種族たちばかり。その誰もがスライムのように身体が『溶けて』しまっていたのだが、彼らは地下空洞に広がる泉に身を委ねると、たちまちのうちに元の姿を取り戻していった。
元の、とはいっても彼ら、実体は変幻自在で、固定した姿はないらしい。
「本当に助かりました。ありがとうございます、勇者様」
「別にいいよ、俺たちは目的のために動いてるんだし」
面と向かって頭を下げられるのは照れくさい。今までそんな経験滅多にしたことなかったからなぁ。
「いやいや、勇者殿とはのぅ……本当に助かりましたぞ」
こちらも丁寧に頭を下げる。
星の種族の族長・ラキは、例えていうならおとぎ話にでも出てきそうな『妖精』をイメージさせる姿だった。かなり小柄で、ふわふわとした軽そうな衣服を身に纏い、背中には蝶のような大きな羽根を背負っている。………………可愛い。
で、太陽の族長は、一言でいうならただのじいさんだ。にっかりと笑うと眩しいほどに白い歯が健在だ。火の族長とはまた違った貫禄というものがある。大柄というわけではないが、何というか、こう……包み込むような懐のでかさが俺にも分かるほどだ。
セレンが月と太陽の種族のハーフというのは聞いていた。彼の肌は太陽の種族譲りのものらしい。太陽の族長の肌の色は、セレンよりも濃い褐色だった。
それぞれの種族たちが本来の(仮の)実体を取り戻した頃、どこからかひょっこりとリンが戻ってきた。
「勇者さま、セレン、お帰りなさい!」
「おうリン、いい子にしてたか?」
兄貴のような顔で、セレンが彼女の頭を撫でる。
「リン、俺たちの留守中に変わったことは?」
嬉しそうに飛び跳ねているリンに、今度は俺が問う。
「うん、あのね……あのね…………」
「…………………………忘れたのか?」
「…………ごめんなさい……」
忘れてたよ、すっかり。コイツの記憶力が極端に弱いことを……今さらながら思い出させるなよなぁ……。
「あ、でもね、エアルさまとお話したの。これからの作戦!」
「作戦?」
「そう、『作戦』さ」
言って出てきたのは当のエアル。リンの頭にぽん、と手をやり、不敵な笑みを浮かべている。
「さ、ラキもサーニアのじーさんも、他の連中休ませてきなよ。汚染された身体が完全に戻るまでかなり時間かかるんだろう?」
「ああ、すまないね、エアル」
言って踵を返すサーニアと呼ばれた太陽の族長。それに倣うラキ。
……今の姿を取り戻したことが、『完全に戻った』ことになるんじゃないのか……?
「実体取り戻したって、彼らの『力』が完全に戻るわけじゃないさ。さ、あんたらはあたしの部屋で作戦会議だ」
俺の頭の中を見透かしたように、エアルが俺達をあの部屋へと導く。