表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

“空”の族長

「叶恵っ、どうしたんだ? なんでそんなに埃まみれで泥だらけなんだよ?」

 戻るや否やまくしたててくるのはセレン。あの爆風に煽られた時の埃や煤が体中についているからだろう。俺は至極簡単に説明を終える。

俺の話より、教会で出会った彼女の話の方が重要だろうし、今後役に立つだろう。

彼女の姿を見たとき、一番驚いたのはウィルとその親父だった。

「ずっと教会に?」

『ええ……仲間とはぐれてしまって……。仲間は恐らく、地下の水源に集まっていると思います。私以外にも、はぐれた者はいるようですから……心配で……。でも隠れていた教会に……あの男がやってきて、見つかって……』

「その後は覚えてないんだな?」

 俺の言葉に頷く彼女。操られていたというのは本当らしい。

「襲ってきた奴ってのはどんな奴だ?」

 今度はセレンが俺に聞いてくる。

「さあな。とんでもなく頭のイカれた奴だったけど?」

『闇の者です。中でも、最も戦闘を好む者のようです』

「知ってんのか?」

 助けた女がいきなりきっぱりと言い切った言葉に、思わず身を乗り出す。まあ、雰囲気は近かったし、逆にそうじゃないと言われた方が納得いかないだろうが。

『闇の種族は、争いを好みます。これまでは、闇の宝珠と共に彼らのエリアで暮らしていたようですが、今回、何者かの手によって均衡が崩され、エリアから出てきたらしいんです』

「………………詳しいな」

「それはそうですよ」

 俺の言葉に返事をくれたのは、彼女の姿に驚いていたウィルだった。

「何で?」

「この方は、この街の長、『空の種族』の族長、エアル様です」

『え?』

 俺とセレンの声がハモった。

「これは申し遅れました……」

 開いた口が塞がらない間抜けな顔のままで、俺とセレンはもう一度、エアルという名の族長に視線を戻した。

「……申し遅れ過ぎだろ……」

「すいません……」

 ちょっと、いやかなり間の抜けたタイミングでエアルが一言。

 …………………………この街の状況に詳しいはずだ。

 

気を取り直してもう一度、詳しい状況を聞くことにした俺たちは、少しでも安全な場所をと、エアルの案内で地下の水源にやってきた。未だ寝息を立てているリンをそっと抱え、殆ど気配のない場所を選んで進むと、やがて地下への通路らしき入り口に行き当たったのだ。水源は、その地下にあった。

 外の汚れた空気が地下に入って遠ざかっていくと、リンが不意に目を覚ました。やはり、あの空気、純粋な子供にはかなり厳しいものがあったのだろう。

「きれいな所ね、勇者さま」

「ああ」 

 俺たちの前をふわふわと歩くのは、元気を取り戻したリンだ。場所を変えるまではすっかり寝入っていたリンだったが、今では一晩しっかり熟睡したかのような元気さ。……やはりお子様、侮りがたし。

「街に取り残された者が心配です」

 かなり焦ったような声を出すエアル。

「気持ちは分かるが……大丈夫だろ」

「何故そう言い切れるのです?」

「あいつらは、殺戮が目的じゃないと思うんだよな、今は」

「だから何故?」

「あんたが生きてる」

「…………」

 半ば睨みつけるようにして、エアルを見やる。言葉を無くしたようだったが、これで少し落ち着いたようだ。……やり方が酷だったかもしれない。

「今は多分、『闇の勢力』ってやつを拡大したいんだろうよ。だからあんたを殺さずに操るなんてまどろっこしいことを」

「怖いね、勇者さま」

「ホント、怖ぇな」

 他人事のように呟くのは、リンとセレンだ。呑気な奴ら。

 ウィルとその親父といえば、ここにいるウンディーネの仲間のもとに戻っていた。同種族の仲間が揃っていたところを見ると、街に取り残された者たちの中にウンディーネはいないようだ。もしウンディーネ、自分達の同胞が行方不明にでもなっていたら、いくら呑気な二人でもまた俺たちに何らかの相談をしにくるはずだ。

 地下の水源。俺たちが今いる場所は、太陽の光こそないものの、ほんのりと空間全体が光に包まれていた。ウィルの話では、空間に漂う無数の『星の欠片』の所為だと言う。場所が地下にあるだけあって、空間を囲んでいるものはただの岩だが、不思議と柔らかい質感がある。どこかに水源があるのだろう、水の流れる音が絶え間なく聞こえてくるし、現に俺の足元にも小さな水流がある。ただし、地上のどんよりとしたものとは対照的に、とめどなく流れるそれは澄んでいる。この空間の大半を占めているのは、その水が身を寄せるかのように集う湖。その湖も底が見えるほどに透明だ。

「……にしても広いな」

「確かに」

 そう、ここは広かった。はっきりとどのくらいの広さがあるのかは分からないが、プロ野球が三試合同時にできそうなくらいの広さがある。ただ、打ち損なった内野フライでも上げればすぐに天井に到達する程度の高さしかないが。

「当然さ」

『っ?』

 いきなり響いた凛とした声に、俺とセレンは同時に視線を彷徨わせる。

……こんな声出す奴、誰かいたか……?

「この水源は街の地下全体に広がってるんだ。至る所に石柱が立ってるだろ? それで支えてるのさ」

「…………へえ……」

「見えないところにも幾つかこういう場所があるんだよ」

 一応説明を聞きながら、やはり俺の目線は声の主を探していた。物凄く近いところから聞こえるんだが……。

「なにキョロキョロしてんだい?」

『え?』

 人を小馬鹿にしたような、悪戯っぽい雰囲気でその声は言う。その時だ。俺たちが声の主を知ったのは。

「エアル……?」

「え……?」

 今の今まで、おどおどしたような雰囲気だとか物静かで柔らかい印象とかちょっと天然っぽい雰囲気しかなかった彼女が、まさかこんな声と態度で話すとは……。

「あんた……地はそれか。」

 俺は無意識に半眼になっていたが、エアルは気を悪くするでもなく、大きく伸びをしていた。気のせいではないだろう、見た目そのものもいつの間にか変わっていたりする。

 エアルは、これまではかなり水に近い形態を持っていたのだが、今では全身が完全に実体化とでもいうのだろうか俺たちと同じような雰囲気になっている。長い下半身には見事な鱗のような模様が入り、やはり蛇を思わせる。

「悪かったね、ちょっとアンタのことが知りたかったのさ。……にしても、普段の自分じゃない雰囲気出すってのも疲れるわ」

 言いながら、肩の辺りに手をかけて首を回す。姉御肌ってのはこういうのをいうんだろうか……。妙にさばさばしている。

「雰囲気が……清楚なイメージのエルアーデの、空の族長の雰囲気が……」

 俺の後ろで、俺にだけ聞こえる程度のボリュームで、セレンがなにやら怪しげにぼやいているのが聞こえる。何となく、気持ちは分かる。何せ初対面のときの雰囲気があのルーンに似てたしな。

「ルーンからある程度の話は聞いてたけどね、なかなかやるじゃないか」

「そいつはどうも」

「それより、これからどうするか、だ。叶恵」

 と、いきなり真面目な声で切り出すエアル。これまたいきなり呼び捨てだったんだが、妙にしっくりしていたんでそのままスルー。

「そうだな……そういやあんた、まだ街に取り残された仲間が居るって言ってたな。そいつらも早く助けてやらねえと、闇の連中に取り憑かれて厄介なことになるな」

「………………確かに」

 何やら視線を泳がせているエアル。……教会で操られてたのはどうやら演技ではなかったらしい。まあ、ここは族長の顔を立てて、敢えて突っ込まないことにする優しい俺。

「街に取り残されたのが何人いるのかは分かっているんですか?」

 気を取り直したのか、セレンが問う。確かに、人数の確認は必須だ。

 彼女が居たのは街の教会。その付近には他の気配はなかったように思う(あの闇のイカれた男以外は)。とすると、移動した可能性も少なくないが、あの付近は探索地域から外していいだろう。この状況で隠れる場所を探してうろうろする理由はまずない。

「そうだね……それぞれの種族に聞いて回るのが早いか……。ここでは種族ごとに分かれて避難するように指示してあるしな」

「よし、んじゃまずは街の住民の安全確保ってコトで行動開始だな。闇の種族への対抗手段を考えんのはその後だ」

「勇者さまぁ」

「……………………何だリン」

 またコイツは、ヒトが締めたと思ったらいきなり変な声出しやがって……。

「お腹空いちゃったの……」

「え……?」

「あ、悪い叶恵、俺も」

「……ああ……」

 言われて俺も、まともに食事を摂っていなかったことを思い出した。思い出した途端に鳴き始める正直な俺の腹……。

「ぷっ……あははははっ!」

 そしてお約束のごとく噴き出し、腹を抱えて転がりそうな勢いで笑い出すエアル。…………くそぅ。


 エアルの爆笑が収まるのを待って、俺たちは俺たちの休息場所を確保することになった。いくら水が澄んでいようとも、水の上、まして水に浸かりながらゆっくり身体が休まるわけがない。なので、比較的乾いた岩が多い場所を俺たちの拠点にする。

 少しくらいの火なら扱っても構わない、という族長のお許しが出たところで、俺たちは火の集落で貰ってきた大きめのランタンに火をつけて、そこでようやく一息ついた。この街に入ってからというもの、リンがいきなりぶっ倒れて運び込んだ小屋以外では休んでいない。胸が悪くなりそうな空気の中、思っていた以上に二人と俺の疲労も重なっていた。

「ああ……なんか……丸一日以上飛んでた気分だな……」

「いやそれは俺分かんねーよ」

 月の種族に生えている羽根、あれで飛ぶことは相当に体力がいるらしいことは以前聞いていたんだが、実際言われてもピンとこない。

 俺は荷物の中から、やはり火の集落で貰った携帯用の食料を取り出して、ランタンの火で温める。

「あのおっさんのことだから、あんま期待しない方がいいと思ったんだけど、結構いけるよな」

「ああ、旨いな」

「おいしいっ!」

「お前は喋ってないで食え。ほら口の周りに付いてんぞ」

「おお、叶恵のお母さんっぷりも久々のような気がするな」

「うるさい」

 と、なにやら賑やかな俺たちを、妙な視線が取り囲んでいる。

「……なんか珍しいものでもあるのかよ……?」

 視線に気付いたセレンが、気まずそうに言う。

「気にすんな。俺たちの食事が珍しいんだろ。火の集落から貰ってきたもんだしな」

「ああ、それでか」

 ……とは言ってみたものの。やはり気になるな。メシ食ってるところをじろじろと見られたんじゃ、こっちは落ち着かないっての……。

「それ、フレイの所から貰ってきたのかい?」

 一旦俺たちから離れて行ったエアルだが、どうやら用を済ませて戻ってきたらしい。俺達を覗き込んで言ってくる。

「ああ……ここに来る前に立ち寄ったんでね。……あんたも珍しいのか?」

「いや、そうでもない。悪いね、ウチの連中は火の集落のことに関しては触れてないから珍しいだけさ。それより、これをあんたにやろうと思ってさ」

 言って差し出してきたのは、煙草。しかも俺が吸ってるのと同じ銘柄の。この世界にも煙草なんてあるんだな……。

「まあ、何だ、その……お礼ってやつさ」

 ああなるほど。俺は素直にそれを受け取る。実際ありがたい。もう何本かしか残ってなかったからなぁ。ここには自販機もなければ小銭も持ち合わせてないもんで、無くなったらどうしようかと思ってたところだ。……煙草の出所は深く追求しないことにする……なぜか聞く気にはなれなかったし。貰えるもんは有難く貰っておくに限る。

「まだお礼言われるほどのことはやってないし、それはこれからだぜ?」

「あたしにそれを請求しようってのかい?」

 ニヤリとお互いに挑戦的に笑い合う。そう、これからだ。

 まずは街に取り残された連中を助けて、ここに連れてくる。その時は闇の奴らに操られていることも考えて行動しなきゃならないだろう。その後、ここを完全に安全だという状況にしてから、例の塔に陣取っているだろう闇の種族に喧嘩を売る。……いや、売るんじゃないな、買うんだ。もともと仕掛けてきたのは向こうだし。

「ねえ勇者さま」

「ん?」

「街の人たち探すの、あたしたちでやるんでしょ?」

「あ?」

 唐突にリンが言い出す。

「あたしたち……って、俺ら三人で、ってことか?」

「うん。だってこの街の人たちって、外に出たら辛いんでしょ? だから……」

 こいつ……何も考えてないようで、実は結構考えてんだな……。

「そうだな……見た限りここの連中かなり衰弱してそうだし、上はあんなだし、そうなるけど。お前はここにいろ」

 エアルは腕組みしながら感心したようにリンを見つめていたようだったが、今はエアルよりリンだ。さっきみたいにいきなり倒れられても、それが戦闘中だったりしたら余計に、こいつを庇える自信はないぞ、正直。

「うー……ん……」

 言うなりリンは細い眉を目いっぱい寄せて、考え込んでしまった……。

「お前さぁ」

 今まで俺たちの会話を聞いていたセレンがリンに向かって声をかける。

「ん?」

 小さな眉根を寄せて考えていた顔のまま振り返るリン。

『……ぷっ』

「えっ」

 いきなり吹き出した俺たちに向かって、表情が一変。大きな目を更に一回りくらい大きく見開いて、驚いたような、困惑したような不可思議な顔になっていた。

「くくくくっ……悪ぃ……」

「あははははっ、お前その顔も面白いな」

 俺は一応笑いをかみ殺そうと試みたんだが、半ば失敗に終わった。一方のセレンはというと、思いっきり笑ってた……しかも間近で指差して。

「なっ……、なによぅ!」

「いや悪かったって……くくっ」

「お前それ説得力ねーわ」

 ひとしきり笑って、ようやく落ち着きを取り戻したセレンは、今度は怒ったような顔のリンの頭をくしゃっと撫でてやりながら、リンと目の高さを合わせる。

「ここの住人を探しに行くのに、お前が邪魔だって言ってるワケじゃねえよ。むしろ居てくれたほうが戦闘になったときに助かるんだ」

「じゃああたしもっ」

「お前はここに残れ」

 短く言い切るセレン。

「お前はここに残って、ルーン様といつでも交信できるようにしておいてくれ。それはお前にしかできないんだからな?」

「それはそうだけどぅ……」

「リン、俺からも頼むよ。いざって時はすぐに戻ってくるし、その時にルーンに連絡を取れる状況がなきゃ困るしな。それに……」

 声のトーンを落とし、リンの耳元にこっそりと呟いてみる。

「エアルだって今かなり衰弱してるだろうから、お前しっかりサポートしてやってくれよ。お前の得意分野だろ?」

「………………」

 大きな目で、近くに立っていたエアルを見上げる。

「な?」

 俺もリンの頭に軽く触れる。細くて柔らかい髪が少し乱れるが、どうやら俺たち二人の説得は、成功してくれたようだ。リンは大きく頷いた。さっきからコロコロ変わっていたその表情は、今度は笑顔に変わっていた。

「よし、じゃあここはお前に任せるぞ?」

「うんっ、分かった!」

 これでリンは納得してくれただろう。具体的な問題にはまだ手をつけていないんだが……。

「ねえねえ勇者さま」

「ん? 今度は何だ?」

 何やらそわそわしてるようにも見えるが、リンが俺の袖を引っ張りながら言う。

「あのね、ここって安全なのよね?」

「ん? ああ、一応な」

「じゃあさ、ちょっとだけ探検してきてもいい?」

「ははっ、いいよ。先にウィル探して一緒に遊んで来い」

「うん! って違うわ、遊ぶんじゃなくて、探検するの!」

「分かった分かった、気をつけろよ」

「はぁーい!」

 元気に返事をしながら、その背中はすでに走り去っていた……。

「元気だなあ……お前の『妹』。」

「それ言うならお前だよ、『お母さん』。」

 セレンは岩の壁に寄りかかって、俺は寄りかかりながらしゃがみ込んで煙草に火をつける。このとき、俺たち二人は自分でも納得してしまうほどにオヤジ化していた……。

「男二人で女の子の保護者ってのも、見てて面白いね」

『……………………悪かったな』

 俺もセレンも、壁に寄りかかったそのままの姿勢で固まったまま、エアルを半眼で見ながら一言。彼女の存在を忘れてた……。

「何だよ、なんか用があって居るんだろ? ここに」

 俺は半眼になったまま、エアルを見上げる。彼女は俺達を楽しそうに見物していたようだったが、少しだけ真面目な顔になって頷いた。

「あの子が居ない間にってのもなんだけど……あんたらに話があってね。これからの作戦会議ってやつさ。ついて来な」

 そして返事も待たずに踵を返す。……『踵を返す』ったって、この人には踵ないんだけどな(まあ、漢字の意味はあまり関係ないか)。……スルスルと滑らかな動きの長い蛇のような下半身が、やけに妖艶に見えてしまう。……美人なんだよ、実際。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ