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慌ただしい始まり

  ごおおおおおおおぅうう……

 すぐ耳元で耳障りな音が鳴り響いている。それもかなりの大音量で。

 俺のオレンジ色に染めた少し長めの髪の毛が、顔面を激しく打ってくる。

 どうやらかなり強い風に煽られてのことだろうが、鬱陶しいことこの上ない。が、気にすべきことは他にもあった。しかも重大だ。

  ごおおおおおおおおおおぉぉぅうぅ……っ

「おいおいおいおいおいおいおいっ!」

 気付くと俺は、周りを豪快な音で過ぎ去っていく風に負けないくらいの大声で叫んでいた。

 そう、今俺は、間違いなく、落ちている。

「なんだよこれどういうこったっ?」

 叫ぶ相手はすぐ傍に居た。つまり、俺の制服のYシャツの中。ボタンを二つほど外していたその中に、ちゃっかりと避難していた例の変な女の子に、パニックになっている頭に渇を入れて何とか声を絞り出したのが、まずこの質問だった。

「何……って…………えへっ」

「…………………………」

 ぶりっこしながら目を逸らす。俺はしばし無言でそいつを半眼になって睨みつけた。

 因みに、俺のいわゆる『ガン』というやつはかなり怖いと評判である。

 あるとき、いつものように他校の生徒が俺を喧嘩の的にしようと声をかけようとした。ちょうどその頃俺の腹の虫の居所が非常に悪かったのに重なって、思いっきり睨んでしまったことがあった。何故かその時そいつらは、俺に向けていた陰険な目を揃って綺麗に逸らし、声をかけるでもなくそそくさと去って行ったのだ。

 あとから考えてみると、俺の目つきが相当恐ろしかったのではないかということに思い当たった。……実際、その日家に帰ってから鏡で自分の顔を見ながら、同じような目つきをしてみたのだが……改めて思った。……自分で見ても相当な悪人ヅラだった。

 そんな俺の睨みに、いくら変でも女の子がそう長く耐えられるはずもない。俺の胸元に引っ込んでいたのだが、恐る恐る顔を出す。

「…………あのね」

「おう」

 言いにくそうに、彼女。

「失敗しちゃった♡」

「………………………………」

 笑いで誤魔化そうとしているのか、胸の前で両方の人差し指を突っつき合わせながら一言、のたまった。

「………………………………」

 俺はまた無言のまま、ワイシャツの襟元にしがみついていたそいつを片手でむんずと鷲掴みにした。

 このとき俺は、相当怖い顔でもしていたのだろう。自分が今どんな状況にあるかさえも忘れ、怒りは頂点に達していた。

「……どういうこった?」

「いきゃああああああっっ! ごめんごめんごめんごめんごめんなさーいっ!」

「侘びは後でいいから説明しろ」

「はいっ!」

 俺の右手の中に握られたまま、器用に片手を上げて真面目な声で返事する。どうやらかなり怖かったようだ。

 彼女は未だ俺の手の中だったが、両手を自由にさせると説明を始めた。かなりどもってはいたが、何とか理解できる内容だった。

 その内容というのがこれだ。

 まず彼女は、俺の周囲に光の帯を巻き、俺を自分の世界に引き込むための呪文を唱えた。が、その途中で肝心要の呪文の内容を忘れてしまい、適当に覚えている文章を呪文として構成してしまったそうだ。結果、俺たちはこうして落ちているというワケだ。

 俺はざっと説明を聞いていたが、これからどうなるかという疑問を抱かなかったわけではない。だが一緒に落ちている彼女が俺に対して以外は、この状況に平気でいるのだから、命を落とすような事態にはならないだろう。一応俺は、彼女の言うところの『勇者様』らしいのだから、こんな間抜けな女の子でも、さすがに死ぬようなヘマはしないだろう。

  びゅひゅうあぁぁっ!

「っ!」

 一瞬目の前が光る白い何かで遮られた。

「雲だよ、雲」

 なるほど、彼女の言うとおり、俺たちの周りには点々と薄く広がる雲が見え始めていた。

「どーすんだよ、このまま落ちるのかっ?」

 相も変わらず物凄いスピードで落ちていく中、風に負けないように声を張り上げてみる。

 物体は、地上では同じスピードで進むが、下方向へはスピードを増していく。……そんなことを習ったような気がするが、今はそんなこと何の役にも立たない。

 ちょっとした焦りが生まれるのを感じていた。

「大丈夫だよ、勇者様」

 同じように大声で、根拠のなさそうなことを言う彼女。

「大丈夫ったって、俺にはお前みたいに羽根なんて生えてないんだぞっ?」

「大丈夫だってば」

 彼女が繰り返す。

 ひょっこりと俺の手の中から上半身を乗り出し、ある一点を指差す。その指も俺から見ればかなり小さいので、どこを指しているのかはよく注意しないと分からないが。

「ほらあれ、あそこに影ができてる大きな雲の塊があるでしょ? あそこは通り抜けないから大丈夫だよ、あれに乗って!」

 彼女が指差しているのは俺たちのほぼ真下。

 確かに、他の雲とは違って厚みがあり、やや濃い目の影が出来ている。

「あれに乗れって? 雲だぞっ?」

「そう!」

 どんどん近付いてくるその雲を目前に、俺は動揺を隠せなかった。これまでかなりのスピードで落ちてきているのだ。もし雲に乗ることができたとして、そしてたとえその雲が柔らかいクッションだったとしても、かなりの衝撃がくるはずだ。

「……っ?」

 と、急に落下スピードが変わった。

「何だ……?」

 これまでと違った柔らかな風に包まれるような不思議な感触が、全身に伝わる。落下スピードが、ふっと遅くなる。

「ね、大丈夫でしょ? あのね、この雲の周りの風は、クッションの代わりになってるのよ」

 彼女が説明している間に、俺は逆さまだった自分の身体を、じたばたしながらなんとか風の力を借りて元に戻し、しっかり足から雲の上に着地した。

  すとん……っ

 意外にも雲は、思っていたのとは違う音と感触だった。何ともいえない感触だ。柔らかすぎず硬すぎず、足にかかった負担はまったくない。例えて言うなら……そう、ぎっしりと綿の詰まったふわふわのクッションかぬいぐるみのようだ。

「きゃあああ! さすがは勇者様! やっぱりちゃんと着地できたわっ!」

「……………………」

 ふと彼女の台詞に疑問を抱く俺。彼女は、着地と同時に俺の手から開放され、自分の翼で俺の周りを飛び回っている。

「なに?」

 ジト目で自分を睨んでいる視線に気付いたか、呑気な声で俺の台詞を促す。

「いや…………さっきの台詞だがな……」

「うん」

「…………俺がもしその『勇者様』じゃなかったら……」

「……………………」

 俺の声が怒気を孕んでいることに気付いたのか、ぴたりとその動きを止めた彼女の頬を、一筋の汗が伝っている。言いたいことを察したか。

「着地できてなかった、ってことか?」

 冷ややかに最後の台詞を突きつける。

「………………………………えーっと……」

 明らかに目線を泳がせる。どうやら図星のようだ。

 つまりは、もし、彼女が間違いか何かで俺をここまで連れてきたというのならば、俺はそのまま落下していたかもしれない、ということだ。

 ……なんて恐ろしいことをしてくれやがった……。

 俺は怒りで何も言えなくなった。その代わりに、怒気をはらんだ空気が、俺の周りを包んでいくのが自分でも分かる。

「ま、まあ……結果良ければすべて良し、ってことで……」

かなり逃げ腰になって彼女が言う。

俺は一発ぶん殴ってやりたい衝動に駆られたが、こんな小さな、俺の手の中にすっぽりと納まるような小さな変な女の子を殴りでもしたら、叫ぶ暇もなく本気で殺しかねない。その思いでなんとか踏みとどまった。その代わり、逃げようとした彼女をもう一度片手で捕まえた。俺の手の早さは口の速さに負けず劣らず。……ついでに喧嘩っ早さもだが。

そこで一つ大きく溜め息をついて、これまで溜まりに溜まった怒りをなんとか払いのける。

「……で? これからどーなるんだ?」

「えっとぉ……多分誰かがここにいることに気付いて……助けに来てくれる……と、思う」

 かなり自信なさ気に彼女が言う。

 握りつぶしてやろうかとさえ思ったが、それもなんとか思いとどまり、彼女の言う『助け』を待つことにした。こんな空の上に助けに来るということは、その相手も只者ではないだろう。まさか飛行機やヘリコプターで来るとも思えない。彼女と同じように、翼を生やした者だろうか。


 その『助け』は、それほど時間を待たずにやって来た。不意に雲の上から影を落とした、生身の人間(に見える)。

「何やってんだよ、お前」

 そう言いながら俺たちの居る雲の上に舞い降りたのは、俺と同じくらいの身長の男。ただ、当然のことながら普通の男ではない。

 鋭くとがった耳にはいくつものピアス。漆黒の長い髪の毛を一つに結び、装飾のついたバンダナをつけている。服装も、見たことのないデザインだが、近いところで例えるならば、いわゆる『ゴスパンク』とか『ヴィジュアル系』とかいうのと近いかもしれない。殆どが黒で統一されている。違うのは、背中に負った真っ白な翼。己の体重を支えるためか、それなりの大きさがあり、そして変な女の子と同じように、二対になっている。

 そいつは俺に一瞥をくれると、俺の周りをうろちょろしていたあの変な女の子を叱るように声をかけた。

「あのね、勇者さまを連れてきたよ!」

 男の質問とは全く関係のない答えを、嬉しそうに返す。

 彼はそれを聞いて小さく溜め息を一つ。……分かるぞ、お前の気持ちは。

「それは見れば分かるよ。……俺が聞きたいのは、何でこんなところに居るのか、ってことなんだけどな」

「えーっと……、それは、その」

「どうせ呪文間違ったんだろ」

 さも当然のごとく、彼が代わりに答える。図星を指された彼女は、可哀想なくらいに小さな身体をさらに小さくして恐縮しているようだ。

「迷惑かけたな。……俺はこいつの兄貴みたいなもんで、セレンだ」

 彼女から視線を俺に戻して、ややぶっきらぼうな自己紹介をするセレンという男。ぶっきらぼうではあるが、何となく、俺とは気が合うような気がした。

「ああ、すげえ迷惑だったよ……死ぬかと思ったぜ。俺は御調叶恵、叶恵でいい」

 俺もとても礼儀がいいとはいえない自己紹介をしながら、彼・セレンが差し出した手を握る。彼の利き手は恐らく右だろう。何の根拠もないが勝手にそう思い込んで、俺も利き手で握手を交わす。

 ぶっきらぼうな感はあるが、敵意がないことは明白だった。

「でさ、セレン」

「ん?」

 いきなり呼び捨てで呼んだというのに、まったく意に介さず気軽に返事をする。

「こいつの名前、何てんだ?」

「………………」

 俺の質問の意味が分からなかったのか、セレンは彼女にもう一度視線を移す。

「お前また自分の名前忘れたのか?」

「……うん。」

 『また』ってことはよくやるんだな、こいつ。

「こいつは一族の中でももっと頭が弱くてな……物忘れならボケた老人を凌ぐんだよ……」

 溜め息混じりにそう答える。

 セレンが教えてくれた彼女の名前は、リン。リンはようやく名前を思い出したのか、何やらはしゃいでいるようだが、それは無視してセレンは話を続けた。

「この雲の下に、俺たちの集落がある。取り敢えず、勇者を見つけたらそこに連れてくるってのがこいつの役目だったんだがな。まあ、かなり手違いがあったとはいえ……、無事にこの世界の雲に乗ることが出来たってのが勇者たる証なんだろうな。……まずは集落まで案内するよ」

 そう言って、俺の腕を少し強めに握った。……まさかこのまま、また落下するんじゃないだろうな……?

 だが俺の危惧は無用だったらしい。俺の手を握ると、彼の背中の二対の翼が大きく羽ばたき、同時に雲についていた俺の足がふわりと宙に浮いた。

「おお……」

 思わず感嘆の声を上げる。

 セレンは俺の手を掴んだまま、ふわりと雲から飛び降りるように身を躍らせた。ついでに、俺の身体も宙に浮く。

「行くぞ、リン」

「はぁい」

 セレンに続くように、雲から身を躍らせるように羽ばたく。

 不思議な感じだった。まるで空気の柔らかいクッションの中にいるような奇妙な感覚が、俺を支配する。これはセレンの力のせいなのだろうか。

 ゆっくりとその雲を離れ、そのまま真下に向かって降りていく。

 今度は急降下ではなく、翼に支えられてゆっくりとした速度で、地上と思われる場所に向かう。その後ろを、小さな羽根を一生懸命羽ばたかせながらリンがついてくる。……降りるだけなのだからそれほど頑張らなくても大丈夫なのではないか? ……と思ったが口には出さなかった。どうせ言っても無駄な気がしたからだ。

「このまま下に行けば、間も無く俺たちの集落に着く」

「空飛ぶなんて初めてだけど、結構快適なもんだな」

「いーだろ?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべて、セレン。

 リンと一緒に落ちてきたことが嘘のような、快適な空の旅。これはこれで結構面白かったりもする。


 いつもならば、独りで朝起きて学校行って、終わればそのまま、やはり独りで自宅へ直行。退屈極まりない生活を送っていた俺にとって、これはかなり新鮮な体験だった。

 どうせ家に帰っても誰もいないし、やることもなく何となく生きていることに少々嫌気がさしていたところだ。時々喧嘩をふっかけてくる無謀な輩もいて、それなりに相手をしているが、それだけでは満足できていないのが現状。まあ、お陰で喧嘩は激しく上達。今や周りの学校の連中は、俺を見ただけで遠く離れて歩くほどだ。

 俺の親はというと、俺が物心ついたときにはすでに父親の姿はなく、その何年か後で、母親も忽然と姿を消してしまった。

 生活は、一人暮らしには少し広すぎる感のあるマンションで、親が残していった財産で悠々と暮らしていたので不自由はしなかった。

 幼い頃は人並みに寂しい思いもしたが、慣れとでもいうのか、今ではそれほど気にならない。ごくたまに、『ウチの保護者様は保護対象たる俺をほっぽいて何してやがる』くらいのことを考えたりもするが、いくら考えても俺の両親は姿を見せなかった。

 親戚もいない俺は、天涯孤独ということになるのだが、両親の葬式を見た記憶はない。ということは、死んではいないはずだ。もし仮に死んでいたとしたら、他に身寄りのない俺は、施設送りになっていただろう。

(お母さんもね、もう少ししたら居なくなるかも知れないけど、叶恵は強い子だから……)

 確か最後に聞いた母親の台詞はこんな感じだった。俺に何故父親が居ないのか、と問うたときに帰ってきた答えがこれだったような気がする。

 そして、月の綺麗な晴れた夜に、母親は消えた。


「さて、そろそろ到着するぞ」

 不意に俺の思考回路を遮って、セレンが下を見ながらそう言う。セレンの視線を追うように下を見てみると、緑に囲まれた小さな集落が見えてきた。少し離れた場所には、不思議な建物が建っている。

「あれか?」

 俺の視線に気付いたのか、不思議な建物を見ながらセレンが説明する。

「あれは俺たちの間じゃ『祭壇』って呼ばれてるよ。リンが叶恵の世界に入ったときにも使った奴だ。……それに、あそこには一族の『適格者』しか入ることができねーんだ。……だからリンの奴を送ったんだが……心配は的中しちまったな」

 苦笑混じりにセレンが説明してくれた。

  ととんっ

 やがて地面が近付き、今度はちゃんとした土の上に、俺たちは着地した。

 ちょうど集落の中心に当たるのだろうか、井戸があり、それを中心に広場がある。その周辺には、これまた変わった家々が立ち並んでいた。

 二階建てになっているのか、外壁のやたらと高い位置に窓がバラバラと置かれている。その高さも結構ばらばらで、中の階段や部屋の造りは相当複雑そうな印象を抱かせる。が、ここは背中に翼をもって飛び回ることができる連中だ。俺に理解できないこのがあるのが当然なのだろう。

 家々の壁はレンガのようだが、少し柔らかそうな素材のようだ。触ってみたわけではないので、それがどんな素材なのかを説明することはできない。ドアや窓枠は木製。

 幼い頃に読んだ絵本にでも出てきそうな家が立ち並んでいる。

 周囲を緑の木や蔦に覆われ、よく見ると家々の壁や屋根にもそれが使われているようだ。

「ここが俺たちの集落だよ。今族長のところに案内するから、ちょっと待っててくれ」

「おう」

 すでに友達のような会話を交わしつつ、セレンは集落の最も奥にある、一際大きな家へと向かって歩いていった。

「………………」

 何気なく、後ろから付いて来ていたリンに視線を向ける。

「うわなんだお前それっ?」

 思わず数歩後退さる。

 目の前に降りてきたリンは、不思議そうな顔で俺を見ている。それより不思議そうな顔をしているであろう俺に向かってなにやらモノ言いたげにしているが、それを言うより早く。

「何でお前でかくなってんだよっ? 妖怪かお前!」

 ……そう。リンは大きくなっていた。大きく、といっても五歳児くらいの身長だが、これまでは俺の手の中に納まるサイズだったのに。

「失礼ねっ! これがあたしの本当のサイズなの! 勇者さまの世界に行くときにはちゃんと魔法をかけて小さくするの!」

 ちょっとむくれたように言い返す。しばし言葉もなく、そのまま彼女をまじまじと眺めてみる。やはり彼女は不思議そうな顔をしていたが、さっきの俺の言葉に怒ったのか、少々むっとした表情も混在している。

「そう、それが私たちが『』と呼ばれる所以ですわ」

 声は別のところからした。

 振り向いたそこには、セレンを従えるようにして歩み寄ってくる一人の女性。

 長く伸ばした漆黒の髪、古代の中国を思わせるような服装。身長は俺よりも少し低いくらいだが、何か圧倒される雰囲気を持っている。

 恐らくこの女性が、セレンのいう族長なのだろう。はっきりと紹介はされていないが、その雰囲気がそういっている。

「失礼いたしました。この集落の族長、ルーンと申します」

 言って丁寧に頭を下げる。俺もつられて頭を下げる。

「俺は御調叶恵。このリンに連れられて来たんだけど」

 ぽん、と普通の子供サイズに変化したリンの頭に手を置く。

「こぉらっ! ルーンさまに向かってタメ口きかないでよ、失礼でしょっ!」

「うるせえ、俺の勝手だろ。何の説明もなしに連れてこられたのに礼儀も何もあるかよ」

 俺の手を払いのけながら文句を言うリンに向かって言い返す。

 口の悪さは自覚している。まして敬語なんてものは生まれてこの方使った記憶が殆どない。勝手にこんなところに連れて来られた上に敬語で相手に礼を尽くす、なんてて芸当が、そんな俺にできるわけがない。

「構いませんよ、リン。無理に連れてくるように言ったのは私たちの方なのですからね」

……話が分かる人だ。リンを優しくたしなめるように、穏やかな口調で言う。

よく見ると、かなりの美人だ。切れ長の目には長い睫毛。その睫毛の奥に見えるのは、不思議な輝きを持った黒い瞳。その瞳には何か神秘的なものを感じる。ちらりと見える耳は、リンやセレンと同様、鋭くとがっていて、不思議な紋様の入ったピアスをつけている。

長い髪で見え隠れているが、この女性にも他の二人と同じような翼がある。

「叶恵様、とおっしゃりましたか、立ち話ではなんですから、是非私の家へおいで下さい」

「ああ」

やはり丁寧な口調で言いながら、ゆっくりと踵を返して、やって来たのと同じ方向へと歩き出した。

俺たちもそれに従う。

「美人だろ?」

「かなりな」

こっそりと耳打ちしてきたのはセレン。同じようにトーンを落として俺が答える。……やはり俺とセレンは気が合うようだ。

ニヤッと笑ってルーンの後をついていく。後ろでなにやらぶーたれているのは、言うまでもなくリンだ。

 ちなみに説明を加えると、彼女は身体の大きさが元に戻ったときから、その翼の割合も大きくなり、今は身体に見合った大きさになっている。

 集落の家々の間を縫うように続く土の道。その道をしばらく歩くと、家々の屋根の間から小さな丘が見えてきた。その上に、他の家とは明らかに違う、少し大きめの立派な家(屋敷といってもいいだろう)が見える。それが彼女の家なのだろう。

「どうぞ、お入り下さい」

 言って、丁寧な物腰で俺たちを中へ通す。

 玄関をくぐると、広々としたリビングが俺達を出迎えた。

 かなり立派な調度品が、センスよく配置され、心地良い空間が広がっている。俺たちが通されたリビングには、一階全部を遮るような壁はなく、一つの空間としてその役目を果たしているようだった。キッチンなんかも今俺たちがいる場所からちらりと見える。

 この屋敷の外観も、他の家と同じように二階付近に窓が見えたのだが、中に入るとその窓は、高めの天井に遮られていて見えない。辺りを見回しても、やたらとでかい円柱が一つ目立つだけで、階段らしきものは見当たらなかった。

 ルーンは、メイドと思しき女性になにやら伝えると、俺たちにソファを勧めた。俺たちはそれに従い、俺を中心に三人並んで腰を下ろした。

 それを確認してから、彼女も自分の椅子にかける。物腰も穏やかで、『おしとやかな女性』というと、こういう人のことを言うのだろう。まさに『大和撫子』なんていう言葉がピッタリだ。

 間も無くお茶とお茶菓子を載せたトレイを持ったメイドが、俺たちの前にそれらを並べた。

 メイドはちょっと年を取っているのか、顔には少々皺があったが、やはり他の三人と同じように長い耳を持ち、背には多少くたびれた感はあるが、二対の翼があった。

 そのメイドが辞してリビングを離れ、キッチン辺りに向かって出て行った後、ルーンは静かに話し始めた。

 内容は、俺がリンに聞いていたものを詳しくしたようなものだったが、予想していたよりもスケールの大きいものだった。


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