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意外な結末・手に入れた平穏な……?


俺たちの目の前には、新たな景色が広がっていた。同時に、生ぬるい、嫌な風が俺たちの髪の毛や服をなびかせる。

「頂上だな」

「間違いないな」

 吹きさらしの石造りの床は、少しずつ風化が進んでいるのか、あちこちにヒビをつくり、バスケットボールが出来そうな広さのそこには、薄い雲が砂を払うように通り過ぎる。

そしてそこには、俺たちのほかに人影が見えた。

「リン!」

「無事かっ!?」

 俺たちはその場から動かず、黒ずくめ二人に両脇から捕まえられているリンに声をかける。

「勇者さまっ、セレンーっ! 大丈夫だよ、あたしは!」

「今助けるからな! もう少し待ってろ!」

 言いながら、俺たちは同時に、ゆっくりと歩みを進める。かなりの間を空けて向こうの連中も俺たちよりもゆっくりと、一歩、二歩と遠ざかる。少し距離が縮んだころ。

「さぁ、その子を返してもらおうか」

 声にドスをきかせて、俺は宝剣の柄に手をかける。

『ひひひぃ、俺たちがぁ欲ぉしいのはぁ、こいつのぅ、羽根だぁっ』

「何っ?」

 言ってニヤリと口元を大きく歪ませ、ナイフをリンの首筋に押し当てたそいつの声には聞き覚えがあった。

「あんのイカれ野郎か……」

「知ってんのか? 叶恵」

「ああ。だが思い出したくもねえ……。セレン、こっそりリンに魔法かけられないか? あん時みたいに」

「そ、そうだな、やってみるよ」

 ぼそぼそと二人で相談しているように見えるかどうかは分からないが、どうやら相手に悟られることなく、セレンの呪文が完成した。

『ルーシャ・ガーディ!』

「きゃあっ!」

「なっ……」

 ほぼ同時。

 セレンが魔法を解き放つのと、相手がいきなりリンを後ろに投げ飛ばすタイミングは、ほぼ同時だった。

 二人はリンを真後ろへ解放したその時、俺たちに向かってダッシュをかけて急接近してくる!

「ちっ……!」

「くそ……っ」

 俺たちはそれぞれに声を漏らし、俺は向かってくる二人の正面に、そしてセレンは二人をうまくすり抜けて放り出されたリンの元へ走る! セレンの行く手を遮ろうとしてきた相手の一人に、剣を突きつけて牽制し、何とかセレンをリンの元へと走らせる。

 俺は目の前に残った二人の『敵』に対して宝剣を構える。リンとセレンは敵を挟む形で俺の正面に居る。

「てめぇ……あん時爆発に巻き込まれたんじゃなかったんだな……。……そりゃそうか、自分で仕掛けたヤツだしな」

 二人のうち一人は、俺がこの街に来て間もなく、教会で出会ったヤツに間違いなかった。

頭以外は全身黒ずくめ、重ねて着ている服のあちこちに、銀色に光る何かがちらちらと見え隠れしている。狂気に哂うその瞳は黄色く濁り、短く刈った頭髪は灰色に曇っていた。

「そぉうだぁぁ……俺はぁ、消えないぃとぉ言ったぁぞおぉ」

 大きく口を歪め、やはり狂気の表情で言う。

「ま、どっちでもいいや……決着、着けようか? そちらさんの意見も聞いたほうがいいか?」

 剣の切っ先を狂気男に向けたまま、隣に居るもう一人の黒ずくめに視線をやる。

「…………どっちでもいいよ……でもね、ヒントをあげる。一対一じゃ、『勇者さま』に勝ち目はないよ」

「ほう……」

 言ったもう一人の黒ずくめ、近くに来るとかなり背は低いようだ。声もそれなりに聞こえるが……。

「ずいぶんと強気だな……来い」

「うふ……僕はまだ見てるだけでいいよ……」

 言うなりそいつは、ふっと宙に舞い上がった。と言っても、それほど高くは浮かべないのか、俺の肩に脚をかけられる程度の高さを保って、俺たちから距離を置いた。

「早ぁくぅ……やろうぅぜいぃっ!」

  ぎきいぃん……っ

「ったく、気の早ぇ野郎だなっ!」

 台詞と同時に狂気男の放ったナイフと、抜き身の剣が火花を散らした!

 やはり、重い。が、俺の宝剣も以前とは比較にならない程に強くなっていたようだ。そして軽い。宝玉の鍵のお陰なのだろうか。

「ぬうぅ?」

  ぎききいぃんっ!

 幾度となく繰り出されるナイフを勘だけでかわし、宝剣で弾き飛ばす! 動物的な動きが気色悪いその狂気男にも、うっすらと焦りの色が滲んできている。明らかに、以前戦った俺とは違う何かに気が付いたのだろう。

「おらっ!」

  どんっ!

「グゥう……」

 ナイフ攻撃をかいくぐりながら一気に間合いを詰めた俺の膝が、ヤツの鳩尾にクリーンヒット!

「油断しすぎなんだよ……」

  がんっ!

 さらに、その後ろ頭に、宝剣を掴んだまま組んだ両手で一撃をくれてやる。堪えきれず、ヤツは前のめりに倒れていく。

 完全に倒れ込む前に、俺はもう一人の敵に向かって宝剣を構える。

「……?」

 俺が向かった先の相手は、俺を見ていない。今や完全に地面に倒れ込んだ狂気男に向いている。

(…………何か……呟いてる……?)

「あははははははっ! だから甘いんだって!」

「なっ?」

 突然の高笑いに、俺は一瞬注意を反らされた。その間に、そいつが高々と片手を上げる。

「蘇れ……」

「何っ?」

 ヤツの一言。『蘇れ』……だと? じゃあこの狂気男も、操られてたのか! 

 信じられない速さで起き上がり、俺に向かってナイフを構える狂気男。避けられない!

(ヤベぇっ!)

ざんっ!

ヘッドスライディングの要領で、俺は襲ってきたナイフをかわしたつもりだった。

「つっ……!」

 が、ナイフは俺のジャケットを切り裂き、皮膚を僅かに掠めていった。連続して攻撃してこなかったのは幸いだったか。その時!

『ルナス・ヴァータ!』

 朗々とした声が響いた。

  ばしゅう……っ!

「うわっ! な、何……これ……」

 なんとか構え直していた俺は、再び一瞬動けなくなった。

 黒ずくめが高々と上げた片手、それに後ろから何かが、月の光を帯びたものが直撃していた。

「セレンっ!」

「叶恵、大丈夫かっ?」

 魔法を解き放った姿勢のままで、セレンが叫ぶ。どうやら、『封印』を解いたことの効果があったようだ。彼は本来防御魔法専門。その彼が、敵に対して攻撃を仕掛けたのだ。

 セレンの攻撃をまともに喰らったそいつは、ゆるゆると掲げた手を地面へと下ろす。同時に膝を折り、突然の攻撃にあっさりと、完全に戦意を失ってしまったようだ。

 そしてまた、『操り主』を失った狂気男も、その場に泥のように沈み込んだ。やがて塔の屋上に吹く風に流されるように、灰のような塊になっていく。

 沈黙が辺りを一瞬包んだ。終わったのか……?

「……おう……サンキュ……、リンも大丈夫そうだな。で、何やったんだ?」

 力なくくず折れるそいつを尻目に、向こうからやって来たセレンに問う。後ろにはリンが一緒だ。どうやら、怪我はしていないらしい。俺は背中に生温いものが伝わるのを感じていたんだが、それは取りあえず無視。大騒ぎするほどの傷でもなさそうだ。

「これが俺の本領発揮ってやつだな」

 セレンはそもそも防御系魔法専門のハズだが、今のは明らかに攻撃魔法。外から見ての怪我はないようだが、こいつの状態を見る限り、どうやら精神的にかなりのダメージを負っているようだ。

「そ、相手の精神を切り崩す魔法なんだ。俺ってば『月』の種族と『太陽』の種族のハーフなもんでね。『太陽』は攻撃得意だからさ」

 あっけらかんとして説明するセレン。俺は途中から半眼になった。

「お前……そんな技あるんなら始めから使えよ……」

「リンを助けるのが先決だろ? それにさ」

「呪文思い出すのに時間かかったのよね?」

「お前それを言うなっ!」

「ぎゃはははっ! それ、リンとあんま変わんねーぞ? ……お?」

「ん? うわ」

 何気なく振り返ったその先には、灰のようになって沈みこんだ狂気男。そいつが見る見るうちに原型を留めぬ液体に変化していく。恐らく、セレンが一発をかましてやったヤツが操っていたんだろう。攻撃されて衰弱した、造られた精神では、その原型を留めておくことさえできないようだ。

 俺たちが見ている目の前で、狂気男は、どす黒い液体に姿を変え、やがて乾いていく。そして、完全に乾いたところで、屋上に流れる生ぬるい風に少しずつ削られ、やがて完全に目の前から消えた。

「さて、お嬢さん」

 狂気男の最期を見届けて、俺はくず折れた姿勢そのままの黒ずくめをこう呼んだ。

「女か?」

「女だろうな。もしくは子供」

「ガキぃ?」

 呼ばれたことにようやく気付いたのか、身体を重そうに起こし、フードが外れ乱れた髪もそのままで、俺たちの顔を見比べた。

 黒い肌、黒い髪、そして瞳だけが鮮やかな赤色をしている。これが『闇の種族』の姿らしい。

「お前さ」

 呆けている黒ずくめに向かって、俺が問いかける。

「ひょっとして、独りでこっちの世界にやってきたんじゃねーの?」

『え』

 俺以外の全員がハモった。

「だってお前ら、考えてもみろよ? まず『月』の集落をはじめいたる所で俺たちを襲ってきた連中、あれ全部、言わばマリオネットみたいなもんだったんだぜ? 切ったらその分血は出てたみたいだけど、それも人工的にそう見えるように作られたもんだ。そうだろ?」

 最後の一言は、黒ずくめに向けて。

剣を交えて戦っていた俺が言うんだから、これは間違いない。もし生身の人間を切ったとして、これまで普通の生活していた俺が、果たしてその衝撃に耐えられるかどうか……。

「で、独りでこっちに彷徨い出てきちまって、帰り道が分からない、と」

 黙ってうずくまるようにしていた闇の種族に向かってさらに言う。

「う……ううっ、うえっ……ひっく……」

 あらら……泣き出しちゃったか……。

「今はまだ、泣いて済む部分もあるかも知れねえけどな、これ以上こっちの世界に迷惑かける気なら、俺も容赦しねえけど……?」

 喧嘩に並んで得意な『脅し』だ。

「いっ、いやあっ! ごめんなさい許してっ! ひっく……えぐ……だって……っく、独りで寂しかったんだもん……ぅえええぇ……」

(やっぱりな)

 リンはどうか分からないが、俺とセレンは心の隅に抱えていたことが的中したという喜びと、的中してしまったという、なんとも複雑な心境になっていた。

「………………お前…………寂しかったからって……あんな黒ずくめの操り人形ばっかり作って、面白かったか?」

「うん。結構」

『…………………………』

 俺たちは沈黙した。せざるを得なかった。ついさっきまで泣いてたやつが、笑顔で『楽しかった』顔をされちゃあ……。

「だって、ここってば……明るいし、風は爽やかだし、乾いてるし……僕の嫌いなものばっかりなんだもん。だから、僕が大好きなものでいっぱいにしようと思ったの」

 満面の笑顔で自分の理想を語る彼女(『僕』と言っているが、どう判断しても女だ)。どうやら年齢も、見た目通り子供なのだろう。

「……子供の理屈かよ」

「だってだぁって!」

「だってじゃねえよ!」

 今まで押さえていた感情が限界に来た俺は、その場で説教を始めた。

「勝手に自分の家から飛び出してきて、そこには自分の好きなものがないから勝手に作ろうなんて、我儘も大概にしろ!」

 いきなり怒鳴りつけた俺の声に、一瞬ビクっと身体を震わせる。

「ここはお前とは違う種族が平和に暮らしてんだ。いきなり出てきて均衡乱しやがって! 新しいもの作るポジティブさがあんなら、元に戻る方法もポジティブに考えてみろ!」

 びくびくしながらも、俺の話は最後まで聞いたようだ。いつの間にか正座して、真っ直ぐに俺を見ていた。

「……っく、ひっく……ど、どうすれば……っく、僕の家にっ、ううっ……帰れますか……ひっく」

 おっと、急に素直になりやがった……。本当にタダの迷子だったのか。

「てかお前さ、どうやってここに来たんだ?」

 俺の後ろからセレンがひょいっと顔を出す。……確かに、鍵がなければ開かないはずだったよな、こいつらの種族の住む場所って。

「え? うーん……と……」

「まさか」

「忘れたのか?」

「………………えへっ」

『………………………………』

 沈黙のあとに、深い溜め息が漏れた。

「…………ま。その話はもういいや。要は扉を開ければいいんだろ?」

「そ、そうだな」

 何とか気を取り直し、俺たちはここに出てきた場所、あの緑のエレベーターがある場所に戻ってきた。


 何事もなかったように佇むそれには、やはり変わることなくイラストの並んだ四角い枠。

「で?」

「ん?」

「肝心の鍵穴は?」

 そう、目の前には鍵穴のイラストしかない。肝心の、俺が持っている鍵が納まる鍵穴は、どこを探しても見つからない。

「取り敢えず」

 俺は首からかけていた鍵を外し、何となく掲げ持ってみた。

『我らが月の守護神よ……』

「?」

 突然聞こえてきた声は、リンとセレンのものだった。不意に、思い出したかのように唱えるそれは、清らかな響きをもって吹きさらしの屋上を包んでいくようだった。

「鍵が……」

 続いて俺の手の中の鍵が、ほんのりと光を帯びてくる。二人の詠唱は続く。

『我らと全ての民草の意をここに一つに捧げます

 我ら全ての生命が 在るべき場所に集えるように

 偉大なるその御力を 今ここに……』

 詠唱が終わると同時に、エレベーターの役目を果たした円柱状のものが光を帯び、光が何かを形作る。

「これか……」

 俺は光を纏った鍵を両手で掲げ持ち、光が形作った鍵穴へと差し込む。

  ざあああ……っ

「うっ!」

「眩しいっ!」

 鍵を差し込んだ途端、そこにぽっかりと光の扉が現れた! 奥から奥から光がなだれ込んでくるような感覚……それほどの光に、俺たちはすっぽりと包まれる。


「少し……落ち着いたのか?」

 うっすらと目を開けると、さっきまでの光の洪水は収まったのだろう。だがまだ、扉からは純粋ともいえる光が溢れていた。

 光は、扉から出ると地面を這うように周囲に広がり、俺たちが立っている屋上は勿論、そこから眺めることが出来る周辺の街や、さらに遠くの景色までもを、その波で覆っていった。ドアの上からは、同じく光が噴水のように、暗く淀んだ空を鮮やかに染めていく。

 一瞬の出来事だった。

 『水の都』と称された美しい街並みが、今、復活した。

 溢れ出た光の奔流は、その復活を見届けると、音もなく、どこへともなく消えていった。

「……すげえ……」

 誰が呟いたのかも、分からなかった。俺の声だったのかも、覚えていない。今や街を覆っていたどんよりとした空気も雲も消え、爽やかな風が、俺たちの髪を撫でていく。

「すげえっ! すげえよ、叶恵っ!」

「勇者さまっ! すごいっ! きれいだよ!」

「ああ! まずは一つ、お役目終了だな。次は……」

 今度は考えるまでもなかった。光が溢れた扉があった場所には、今度は漆黒の、紋様の描かれた扉が現れていたからだ。その紋様は、俺の宝剣のものと酷似している。

 俺は扉と同じ紋様の宝剣を抜き放ち、扉を迷うことなく一刀両断! 漆黒の闇が、その中にひっそりと佇んでいた。

「おわっ、叶恵、何か来るぞ!」

 周囲を見回していたセレンが、声をあげる。彼の視線の先には、この塔を取り囲むあらゆる方向から、黒い染みのようなものが集まってきていたのだ。巨大なおたまじゃくしのようなそれは、俺たちの存在を完全に無視して、大きく開いた扉から、静かに闇へと戻っていく。……全てを飲み込んだ扉は、尚残る一人の『闇』を待って佇んでいた。

「さて、これで全て終了だな。ほら、お前も」

「うん。ありがとう。それから……ごめんなさい」

「もう迷子になるなよ」

「うん!」

 こうして、闇の種族の女の子は、扉の奥へと消えて行った。

 全ての闇を飲み込んだ扉は、切り口をゆっくりと元に戻しながら、その存在を薄く、薄く……やがて完全に消えていった。


 数日後。ここは月の種族の集落だ。ルーンに案内され、今居るここは、祭壇と呼ばれ、異世界との交流が出来る場所。

「これでお役目は全て終了、だな?」

「そうだな。お前ともこれでお別れか……」

「何だ、名残惜しいのか?」

「ま、まあ……な」

 人差し指で鼻の横を掻きながら、セレンが照れくさそうに言う。

「俺もだよ。会えてよかった。楽しかったよ、結構」

 自分達の目の前で、お互いの手をがしっと合わせ、別れを告げる。

「勇者さまぁ~……うわぁん……」

「おいおい泣くなよリン……。お前が俺を見つけてくれなきゃ、こんな面白ぇ体験できなかったからな……感謝してるよ。元気でな」

「うっうっ……」

 涙で大きな目をいっぱいにしているリンの頭を、がしがしと撫でる。必死で涙を堪えようとしているリンの姿……これは忘れられねえな……。

「本当に……良くやってくれました、叶恵様」

「ああ、あんたの結界が崩れる前に世界を救えて、ほっとしたよ」

 これは本音。ルーンとは、しっかりと握手を交わして別れる。

 ボロボロになってはいたが、これまで着ていた服(ルーンから貰ったやつだ)と、あの宝剣、そして鍵は、俺が預かることになった。この世界がこれからまたどうなるか分からないが、これは俺専用のものらしいので、俺が持ち帰ってもいいことになっているようだ。……宝剣や鍵はいいのか……? 疑問を抱かなかったわけではないが、くれるというなら素直に貰うことにした。

 あまり『思い出』なんかに執着したことのない俺が、そんなことを考えるようになるとは……この『世界』での冒険が、俺の心境までも変えてくれたらしい。……因みに、ここに来るときに着てきた制服は、今しっかりと着込んでいる。

「よし、帰るか。……じゃあな!」

「元気でな!」

「勇者さま、あたし……、あたし絶対に忘れないからね!」

「ありがとう、叶恵様」

 皆の声を背中に受け、俺は祭壇へと足を踏み入れ、螺旋階段が連なるその最上階に立つ。

 俺の足元が柔らかな光を発し、やがて俺はその光に包まれた。そして、来た時と同じように、俺の意識は暗転した……。


 俺は、汚れた制服のまま、自宅のベッドの上で目が覚めた。しばらくは夢心地も消えなかったし、時間の感覚が戻ってくるまで時間がかかった。

 あれだけの期間『異世界』に行っていた割には、こっちの時計は二日分しか回っていなかった。

休養と称してそれから三日、俺は自宅でぼんやり時間を過ごしていたが、やはり退屈。……サボりも目的がないとただの時間の浪費なんだよな……。

ってことで、俺は久し振りに学校へ行くことにした。

久し振りの教室。すでにチャイムは鳴り終わり、朝のホームルームが始まっていた。後ろのドアから(堂々と)入り、教壇に立っている教師に一瞥をくれてやる。そしてその横に立っている、制服姿の男に、俺は自分の目を疑った。

「なっ……!」

 思わず叫びそうになって、慌てて押し込む。

「な、なんだ御調、知り合いか?」

「い、いや別に……」

「ああ俺、叶恵の従兄弟です、先生」

「てめえ何言ってんだ!」

 あまりのことに、思わず大声で突っ込んでしまった。クラス中が、転校生と俺とを怯えた目つきで見比べている。

「お前、しばらく会わないうちに忘れたのかよ? セレンだよ、月守セレン。親がハーフでこんな名前なの、よろしくね」

 最後の台詞はかなりフレンドリーに、クラスの連中に向けられていた。

 俺はというと、驚きを通り越して呆れ果てた。……なんでこっちの世界にいるんだよ?

 その日は、授業の内容は愚か、学校で何をしていたのかも覚えていない。どうせいつも覚えているわけではないんだが……そんな学校での一日も終わり、放課後。

「お前……」

「何でここにいるかってことだろ? あ、そうだ、リンも来てるんだぜ? もう帰ってるかな」

「何っ? てか帰るってどこに?」

「お前の家に決まってるだろ。親父さんもお袋さんも帰ってきてるんだぞ? 知らなかったのか?」

 …………ああ、知らないよ。俺は今まで、帰ってきてからこれまで親父の顔もお袋の顔も見てねえよ……

 激しく腑に落ちない心境のまま、セレンと共にのらりくらりと家路を辿る。

嫌な予感のまま、俺は生まれてこの方一度もしたことがない、自宅のチャイムを押してみた。隣でセレンがニタニタしていやがる。

 どたどたどた……

……誰かいる。誰も居ないはずの俺の家に。家を出た時は間違いなく誰もいなかったのに。

  がちゃっ

「お帰りなさい、勇者さまぁ!」

「おう、お帰り、叶恵」

「あら、お帰り、叶恵」

「……………………ただいま」

 いつの間に揃ったんだうちの家族……。

「さぁさ、着替えてらっしゃい、今おやつ作ってるのよ。ね、リンちゃん?」

「そうなの! 美味しいの作ってるから、勇者さまも食べてね!」

「お? おう……」

 しどろもどろになってしまった俺の顔を、終始ニヤニヤとして眺めているのはセレンと親父。

 ……色々と問い質したいことが山ほどあるんだが、まずは自分の頭の中を整理するのが先だな……。俺は言われたとおりに部屋に戻り、着替えをすると、十数年振りの、人が居るリビングのソファに腰を下ろした。


彼らから事情を聞く前に一つ、これだけは確実だろうと思われる事実があった。彼らは、ウチの居候として、この世界で生きていくことになるだろうことだ。

まあ……、悪くはないんじゃないかな。独りで何もなく生きるよりは、ずっと楽しいだろうからな。

 ……奇妙な生活が、始まりそうだ。



《 終 》


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