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駆け抜ける、創世の塔

「さあ、これからが勝負だよ」

 いきなり切り出すエアル。確かに、俺たちが探していた五つの宝玉は、今ここに揃っている。目の前の、頑丈そうな机の上に、厳かといってもいい雰囲気の箱があった。

 エアルが自分の『空』の宝玉と、預かっていたらしい『太陽』と『星』の宝玉をテーブルの上の箱に安置する。俺も、首からぶら下げていた『月』『火』の宝玉を外してそれに倣う。

「この宝玉はね、この世界の均衡を保つためにそれぞれの力とを集めて結晶化したものなんだ」

 言いながら、エアルは何やら紋章の描かれた布に、順番に宝玉を並べていく。並べられた宝玉は、それぞれの色の光を緩やかに放ちながら、やがてその形を変えていく。

「五つの宝玉がそろった時、それはこの世界の均衡が崩れていることを象徴しているのさ。だからこうして、互いに反応しあって別のものへと姿を変えるんだ」

 エアルが語っている間も、ゆっくりと姿を変えていく宝玉たちは、さらにその輝きを増していく。光に包まれ、一瞬その姿を見ることができずに、俺たちは思わず目を閉じた。

 目を開けるとそこには、宝玉とは似ても似つかない形のものが……

「鍵?」

「え?」

「ええっ? ふしぎっ!」

 そう、目の前にあったのは宝玉でも、まして球体の何かでもなく、鍵だ。掌よりも少し大きいだろうか、それは不思議な色に輝いてる。

「これが全ての鍵さ」

「……どういう意味だ?」

「闇を封じる扉の鍵、光を取り入れる広大な空の鍵。言葉どおりさ」

 得意気に、エアル。

「恐らく闇の連中は、自分たちが居るべき所から勢い余って飛び出してきちまったみたいだからね。奴らを巣に返して鍵をかける。そして、そいつらの所為で閉ざされた、あたしたちの空の鍵を開けて光を開放する。……それができるのが叶恵、『勇者』たるあんたなんだよ」

「……………………」

 初めて、まともな『使命』というものを貰った気がした。

 俺はエアルの言葉を何度も反芻しながら、輝く鍵を受け取る。不思議な温かさが満ちてくる。

「……ん?」

「どうした? 叶恵」

「あ、いや、この剣がさ……」

 鍵を手にした時、掌には鍵の温もりが伝わってきた。それと同時に腰の後ろに装備していた宝剣までもが熱を帯びてきたようだった。

「その鍵はね、それだけじゃ役に立たないんだよ。あんたが持ってるその宝剣。そいつと対だからね」

「対って……別にくっ付けるところとかねぇぞ?」

 俺は何となく、宝剣に鍵穴のようなものを探してみたんだが、さすがにそんなものは見当たらなかった。お互いに共鳴するように光を帯びていた宝剣と鍵。対といっても組み合わせて一つになる、というものでもなさそうだ。

「どうやって使うのかはあたしらも知らないんだよ。その時になれば自然と分かるってね」

「ふうん……」

 俺は微妙な疑問を残しながらも宝剣を鞘に収め、宝玉の代わりに鍵を首からぶら下げることにした。……身体がほんのりと温かくなってくる。

「勇者さま、格好いいよ」

「そうか?」

 首からひも付きの鍵をぶら下げるなんて、小学校以来だな……。

「さて、宝玉の準備はこれでいいとしてだ」

 話題を切り替えるように、エアルが言い出す。

「これからいよいよ敵さんの本拠地に乗り込むんだよな?」

「そうさ」

「で、その場所は?」

 俺もエアルも、何故だかお互いに挑戦的な目つきだっただろう。……最近の俺の勘はよく当たる。それを察しているエアルの考えも的中だろう。

「……この奥、創世のシンボル、塔だ」

「だな」

「それって、でも地上五階までは使われてるんだろ?」

 今まで黙っていたセレンが疑問の声。

「それも以前までの話さ。あたしらが使えた頃の面影は、この街が闇に覆われた時になくなって、今では闇の連中の巣窟だよ」

「ま、だとしても大将がいるのは一番てっぺんなんだろ?」

 勘でしかないが、こういう場合、一番最後に到達する場所に敵のラスボスが居る、というのが定石だ。……普段暇つぶしにやっていたロールプレイングゲームがこんなところで役に立った。

「意外に目立ちたがりなのか? 闇の連中って……」

 セレンがぼやく。

「そりゃ目立ちだろうな。真っ昼間から黒装束で出てくるセンスの持ち主だぞ?」

「ははっ、そりゃそうだ」

「ねえ、なになに? 何が楽しいの?」

 俺たちの話についてこれなかったリンが、間に割り込んで飛び跳ねる。

「おい、お前も今度はついて来いよ。いよいよ敵のアジトに乗り込むんだからな。サポート頼むぞ!」

「う、うん!」

「頼りにしてんだからな、リン!」

「うん!」

「呪文忘れんなよ?」

「うん! …………って、大丈夫よぉ! ……多分。」

 最後にしっかり『多分』を付け足して、それでも少し気を引き締めたような表情で、リンが大きく頷いた。

 俺たちの目的地は唯一つ。

エアルたちの協力を得、宝玉の力を借り、仲間たちとの最後になるだろう戦いに向けて……。俺たちは『創世の塔』へと向かう。

 

 改めて装備を点検し、気合いを入れる。巨大な地下ドームの澄んだ空気を目いっぱい吸い込んで、俺たちは『創世の塔』への道を辿る。

 俺の後ろには、リンを挟んでセレンが続く。この街の住人たちは、さすがに敵の巣窟へと向かう体力も、戦闘能力もない。俺たち三人だけで、敵の巣窟へと向かうことになる。

「……なんか……ドキドキしてきたなぁ……」

「おう、気合い入れろよ? 後戻りはしたくないからな」

「勇者さま」

「ん?」

「あたしたちって、なんかカッコいいね!」

「おうよ」

 いつもなら、調子っぱずれのリンの台詞は呆れて聞き流すだけなんだが、今回は、彼女の言葉も俺たちを勇気付けるものだった。

 初めにエアルに案内されて入ってきたのとは正反対の場所。広々とした泉を渡り、地下空洞の最奥に、『創世の塔』への地下出入り口があるという。水の精霊たちの力を借りた俺たちは、濡れることもなく泉を渡ることができた。

エアルたち街の住人の姿がかなり小さくなった頃、俺たちは一番奥の出口、つまり『創世の塔』への入り口に辿り着いた。

「……………………」

 見上げたセレンが絶句する。

「……またこれか……」

「うわぁ……高いね」

 そう。まただ。見事なまでに垂直に天に向かって延びる入り口。……念のためにロープ持ってきて良かった……。そして今回は、念には念を。フックも取り付けてある。

「……引っかかるのか? これ?」

 見上げた先には、まっ平らな天井のようなものが見える。……かなり高い場所だが。そこには、きちんとした天井があるらしい。ここでいう天井は、つまるところ『創世の塔』にとっては床になるのかもしれない。が、そんなところにこのちゃちなフックがかかるとは思えない。周りの壁もごつごつとしてはいるが、引っかかりそうな場所はない………………そうだ!

「リン」

「何?」

「お前ちょっと上まで飛んでってさ、天井押してみてくれないか?」

「え? あたしが行くの?」

「そうだよ、俺が行ってもいいんだけど、俺の羽根じゃ周りに引っかかって上手く飛べないからさ」

 セレンが一言を付け足してくれて、身軽で小さなリンの出番ってワケだ。リンの翼もそれなりの大きさがあるが、セレンのサイズに比べれば、その半分程度しかない。周りの壁には多少ぶつかるだろうが、天井までなら飛べそうだ。

「わ、分かったわ、やってみる」

「天井をちょっと押すだけでいいからな」

「うん」

 緊張した返答。まさかこんな早くに自分の出番が回ってくるとは思っていもいなかったんだろう。

 それでも、地面に足をつけたまま何度か翼を羽ばたかせると、やはり壁を軽く擦りながら、それでもゆっくりと真上に向かって飛び立つリン。

ゆっくりとではあるが、彼女なりに慎重に、天井に到達したようだ。

「リン!」

「はいっ」

 いきなり呼びかけた俺の声にビビるリン。

「そこから、天井に手届くか?」

「うん、届くよ!」

「じゃあ天井に両手を着いて、肘を曲げるようにして少しだけ身体を上げてくれ! しっかり力こもるようになるまで開けるなよ!」

「わ、わかった……」

 俺の言ったことをちゃんと理解したのか、リンの返事を確認してから、今度はセレンに声をかける。

「リンを防御する魔法、あるよな?」

「おう。言われると思って準備しといた。『ルーシャ・ガーディ』」

 俺とリンが話している間に、呪文の詠唱は終わっていたらしい。セレンが言葉とともに魔力を開放すると、柔らかな銀色のヴェールのような光が、ゆっくりと上昇して、左右に開いたリンの翼ごと彼女をしっかりと包み込んだ。

「うわぁ……不思議な感じ……」

 リンが呑気に感想を述べる。

「そうか、それじゃ足と羽根で踏ん張って、両腕で真上に天井押してみてくれ!」

「うん! ううう……んっ!」

  がぽん……っ

「うわっ! あ、開いたよ勇者さまぁ!」

 両腕を天井に突っ張ったままの、リンの歓喜の声が響いてきた。……と。

「きゃあああっ!」

  がだぁんっ!

リンの悲鳴と乱暴にモノを投げるような音の後、リンの姿が消えた!

『リンっ!』

「どうしたっ? リン!」

「大丈夫かっ?」

「きゃああああっ! 勇者さまぁ~セレン~っ」

 俺たちは顔を見合わせて苦い顔をするしかなかった。リンの叫び声は、天井板がずれて一部空間が出来た天井の隙間からどんどん遠ざかっていく。

 俺たちは躊躇うことなく、用意してきたフック付きのロープを、先程の騒ぎでできた空間に向かって投げ放った。

  がぐっ

 鈍い音だが、確実にどこかに固定されていることは、引っ張る感触で分かる。

 ロープを頼りに、回りの壁を蹴って恐ろしい勢いで俺たちは縦穴を昇り切った。

「どっちだっ?」

 焦る声は俺のものだ。自分でも驚くほどに声が上ずっていた。

 俺たちが縦穴を昇りきって出てきた場所は、ただの広場ではなかった。

幾つかの巨大な柱、オブジェ、そして幾本もの通路がここを中心として八方に向かって延びている。通路の奥は暗く、先は見えない。天井は比較的低い。フロアとして利用しているというよりも、ただの通過点、廊下が交差しているような印象を受ける。

リンの叫び声は、すでに聞こえなかった。辺りには人の気配はなく、俺たちの荒い息遣いが妙に響いて聞こえるだけ。

「くそっ……どっちだ?」

 もう一度、憎しみを込めた声色でセレン。……こいつがこんなに感情を、憎悪という感情を露にするのは珍しいんだが、俺もセレンも、八方に広がる細い通路を交互に見回しているだけ。こんな状況でその感情が沸き起こらないはずはないだろう。

 忌々しく舌打ちする音さえも、ご丁寧に八方に響いていく。

「地道に探すしかねえな。天井には行けなさそうだし、この廊下のどれかに行ったことは確かだからな」

 言って俺は一番近くの通路に向かう。通路はそれぞれにかなりの幅があり、今まさに出来上がったかと思うほどに綺麗だった。そして、その床を丁寧に調べてみる。足跡すら残らない、硬質の床だ。

何となく奥を見て、その先には進まずに別の通路の床を調べる。俺が何をしているのかを察したセレンも、俺の反対側から順に通路を調べ始めた。

「お、おい叶恵!」

「あったか?」

「ああ! こっちだっ!」

 ダメもとで探していたものを、セレンが見つけた。ラッキー! とばかりに、一つ叫んでセレンが走り出す。俺もその後を追う。

 俺たちが探していたのは、リンの細くて長い髪の毛だ。あれだけふわふわなんだから、一本くらいは落ちているだろうと踏んでいたんだが、落ちた髪の毛の傍には、リンの小さな羽毛も一枚、落ちていた。

 迷わずその羽毛が落ちていた通路を疾走する。荒い息遣いと靴音だけが響く廊下は、異様に長く感じた。

「なっげぇ廊下だな……」

 走っている息の下で呟くのも疲れるもんなんだが、あまりの長さについ本音が出た。

 この直線通路でもリンの姿は見当たらない。焦りと苛立ちと疑惑が、俺の胸中を支配し始めていた。

 両側と天井、そして俺たちの足がついている床は、磨き上げられた石で出来ている。一枚のものではないが、そのつなぎ目が気にならないほどに綺麗に磨かれている。そして、俺とセレンが横に並んで走れるほどに広かった。

「そうぼやくなよ……お」

 中途半端に振り返ったセレンが、やはり中途半端に正面に向き直って何かに気付く。

「終わりか」

 俺たちの目の前に、四角く切り取られた別の空間が見えた。つまり、外の景色が。

ようやく立ち止まり、荒い息を整える。やたらと長く感じた廊下を振り返ると、スタート地点が小さく見えた。

「どうなってんだ、ここ?」

 廊下が終わったその場所で、俺はまたぼやいた。

「俺たちは中から出てきたんだっけ……」

 俺の後ろから同じ景色を見て、セレンもぼやく。

 今いる場所は、中央に位置していたのだろう地下への出入り口から、長い廊下を一心不乱に駆け抜けた場所。磨き上げられていた廊下のそれとは違い、ここの床は比較的ずっしりとした感の岩が並べられ削られ、磨かれた、重みのある床。周りはやはり重い色の木材の壁。その壁がそのまま曲線を描いて部屋の一番上に続いている。どうやら、ドーム状になっているらしい。

そして、その壁に荘厳なドアがあった。縦にも横にも曲線を描く木製の壁を目で追いかけると、ドアの左右には透明な何かで出来た壁を挟んで、同じようなドアがあった。透明な何かの奥に見えるものは、どう考えたって街の景色だ。

 ……八本の廊下それぞれに、それぞれの入り口があったらしい。嫌な予感を背中に感じる。それでも、一応慎重にドアの外を確認してみる。が。

「…………思いっきり走って外への通路かよ……」

 がっくりと肩が落ちたのが、自分でもはっきりと分かる。……ありえないぞ、俺たち。

「ったく、外に出ちまってどうしろってんだよ!」

「戻るぞ!」

 忌々しくはき捨てて、俺たちは来た道を逆送する。来た時よりは速く(そう感じただけだろうが)、俺たちが出てきた穴を発見した。他の通路の入り口には、リンの髪の毛やら羽毛やらは落ちていない。確かなのは、八方に続く廊下は外への出入り口であることだけだ。とすると、この階よりも上に連れ去られた可能性しか残っていない。

「くっそ! どうやって上行くんだよ?」

「落ち着けよ、叶恵」

 かなり苛立った口調だったが、セレンが俺を一括する。

「あ、ああ……悪い……」

 セレンにこんなことをさせるほどに、俺は頭に血が上っていたらしい。リンがいなくなって焦っているのは俺だけじゃないのにな。

 一つ深呼吸して、高ぶった自分の感情を落ち着かせる。

「じゃ改めて……ここからだな」

「ああ。入り口のドア、幾つかあるみたいだったけど、そのどれから入ってもまずはここに辿り着くってワケだ」

 俺たちが天井だと思ってリンに開けさせた蓋は、この床の一部だったわけで、今はその部分がぽっかりと口を開けている。

俺たちが一本を選んで走った廊下と同じものが、合計八本。俺たちが出てきた床の穴を中心として、幾つかのオブジェ。

「調べるしかないな」

 半ば自分に言い聞かせるようにして呟き、俺はオブジェの一つに近付いた。

 それは、陶器で出来ているようななめらかさの、白い像だった。何を模しているのか、深く考えるまでもないが、こっちの世界の住人でも同じような発想なんだな。薄く微笑みを湛えた、女神像だ。全身から髪の先まで精巧なつくり。大きさは俺の肩に届く程度。

「女神像が七体……後は……」

「悪魔像か?」

 俺たちは部屋のちょうどど真ん中に穴を開けたんだが、それを取り囲むようにして、合計八体の石膏像が、向きもバラバラに置かれていた。大きさ、形は悪魔の一つを除いては全て同じ。……ってことは。

「単純だけど」

「ちょっと試してみようぜ?」

 俺たちは、女神像の位置を整えることにした。その場合、一体だけ違う悪魔像をどうするかだが、それは順番に試すしかないだろう。

 まずは女神像の顔の向きを中央に向ける。すべてが中心にいる俺たちの事を見ているというワケだ。そうなってみると、そんな中悪魔に見られるのは結構嫌なもので……俺たちは悪魔の顔だけを反対側に向けてみた。

「どうだ?」

  ぐぐぅ……ん

 低くくぐもった音が聞こえてきた。

「おう、いきなり当たりか」

「単純明快」

 ど真ん中に開いた穴の横に立っている俺たちの足元が、円形に光り出す。開けられた四角い穴にも、緑色の透明な光が充満し、光のプレートが出現した。同時に、円柱形にそのまま光は高さを増し、天井を突き抜けた。

「このまま別のフロアに移動ってワケか……ゲームみたいだな」

「天井に頭ぶつけたりしないよな……?」

 微妙な不安感を抱きつつ、予想通り、俺たちの身体は緑色の透明な光に包まれて上昇した。足元には周囲よりも少し濃い色の円形のプレートが出来上がり、俺たちの身体をしっかりと持ち上げる。

「おい、頭ぶつかるんじゃ……」

「だったらサンドイッチになんじゃん!」

『うっ……』

 思わず二人して頭を抱えながらしゃがみ込む。……傍から見てるとかなり恥ずかしい格好だったに違いない……。

 低い天井はじわじわと近付き、しゃがんでいる俺たちの頭に触れる。……が、そのまま俺たちは何に触れるわけでもなく、天井をすり抜け、やがて俺たちを囲んでいた緑色の光は消え、目の前が暗くなった。

「……天井の……中?」

「いや……単に暗いだけだな」

 ゆっくりと身体を起こすと、すでに天井だった場所は俺たちの足元だった。

上昇する緑のプレートではない、しっかりとした硬質の床に切り替わった天井は、さっきまでの輝くような白さではなく、暗い色の岩を削り出したような無骨なものになっていた。

周囲は暗く、緑の光に包まれていた俺の目がそれに慣れるまで、しばらく時間がかかるほどだった。

「さっきまでとはえらく違うな」

 セレンも辺りを見回して言う。

 そこは図書館のようだった。暗がりとはいえ、無数に積み重なった本が足元を埋めるように転がっているのが見える。殆ど使われていないのだろうか、それとも『闇の力』の影響か。灯りもあったようだが、オイルが切れたような、乾いたランプがいくつかあっただけだ。

「これ、点くのか?」

 セレンがその一つに近付きながら言う。俺はその横からランプを覗き込み、ポケットからライターを取り出して点けてみる。

  ジリジリ……

 かなり乾いた音を立てたが、時間をかけてそれはゆっくりと燃え出した。時間が経って固まっていたオイルが、ライターの火で溶け出したらしい。

 改めて、その部屋を観察する。……リンは居ない。

 ここでも、リンの姿を確認することができなかった。また部屋全体を調査しなければならなにだろう。期待していた階段というものが、そこには見えなかったからだ。

「図書館……だな」

「かなりの年代モノもあるぞ……これ……歴史書だ」

「歴史書?」

 古めかしい、というか、今にもばらばらになってしまいそうな一冊の分厚い本を手に取り、感動したような震えた声のセレン。

「ああ、この世界の最も古いって言われてる書物だよ。『創世の塔』に一冊だけ保管されてるって聞いてたけど、本当だったんだな……」

「ばらばらになったら責任取れねえぞ?」

「うわっ! 脅すなよ……」

 マジでビビったらしく、セレンは手に取ったときよりも慎重に、元あった場所にその本を戻す。

「世界遺産みたいなもんかな」

 俺はそんなもんには大して興味はなかったが、かなり貴重なものが保管されている場所であることは認識できた。

「それよりも、俺たちが探すべきはここから先へ進む道だ」

「あ、ああ……そうだな」

 本が保管されている、つまり本棚というものがこんなに大きな物だったとは知らなかった……。というのも、漫画や映画なんかに出てきそうな巨大な本棚が整然と立ち並んでいたからだ。俺たちの身長の二倍以上はある。

その一つ一つにやたらと長いハシゴが立てかけてあるし、至る所にこれもまた巨大な脚立。本棚一つがまるで分厚い壁だった。

足元にも、入りきらなかったのだろういくつもの本が積み上げられ、通路を塞いでいる場所もある。

「……まるで迷路だな」

 俺たちが今いる場所は、そんな本棚たちに囲まれた小さな空間。そこから先へ行くための階段も仕掛けもなさそうだった。

「セレンさ、この塔の中って入ったことないのか?」

「あるワケないだろ。話で聞いてただけだよ」

「確か……五階くらいまでは使われてたとかなんとか、言ってなかったか?」

 そういえば、とセレンも考える。

 資料館の一部としての図書館があるここが二階として存在しているなら、さらに上に行くための階段か、さっきみたいな仕掛けがあるはず。

「よし、探すぞ」

「おい叶恵!」

「何だよ?」

 一応気合いを入れたところに、クソ真面目な先生みたいな口調で待ったをかけた。……つい俺は半眼になってしまったんだが、セレンも似たような目つきだった。

「そこら辺の本、破壊するなよ?」

「………………」

 っていうか破壊って何だ破壊って! 俺だって本を踏みつけるなんてことはしたことがないぞっ?

 ……と、腹の中で反論しつつ、余所見をしていて踏みそうになった本を避けてバランスを崩し、足場を探してバランスをとりつつ、ようやく一歩を踏み出した。

 本の重みでかなり歪んでいる本棚(これで倒れてこないんだから相当年季入ってるぞ、これ)の森を潜り抜け、足元に積み上げられている本の山を跨ぎ、あるいは迂回して、まさに迷路のような図書館の中を、次への進路を目指してひたすら歩き回る。

……が、広い。広すぎる。下の空間を考えても広すぎるんじゃないか?

 本棚にしても普通の家の二階分くらいの総面積はありそうだ。この街に入ったときに外から一度チラッと見た感じじゃ、こんな空間が存在してるとは思えない。

「空間をいじる魔法でも使ってるんじゃねーの?」

「空間を? そんなんあるのか?」

「昔の偉い魔法使いとか、結構ここにこもってたって話もあるくらいだし、アリなんじゃないの?」

 そんなくだらない話をしながらの探索でも、俺たちはどうやら階段と呼べそうなものを見つけ出した。

「これ、柱じゃなくて?」

 セレンが疑問の声を上げる。

 俺が見つけたのは、巨大な壁のような本棚をクルクルと丸めたような円柱状のモノ。本棚と違うのは、その高さだ。ただの柱じゃないことは、俺の手元の物を見れば分かるだろう。

「何だそれ?」

「多分エレベーターのボタン……スイッチみたいなもんだろ」

「スイッチ?」

 そう、俺の手元には、掌よりも少し大きめの四角い縁取りがある。その中には、エレベーターの階数を示す数字ではなく、何かを象徴しているのであろうイラストが幾つか並んでいた。

「多分、この絵の一つ一つが次のフロアを意味してるんじゃないか? 例えば、椅子とテーブルと食事の絵。これはレストランとか、休憩所ってふうにさ」

「ほう」

 素直に納得するセレン。

「で、俺たちの目指す場所はこの塔のてっぺんだ。リンもそこにいるはずだ」

 リンがそこにいるという根拠はないが、闇の種族が攫ったのだとしたら、恐らくは塔の最上階だろう。言いながら、俺は頂上を示す絵を探す。

「……どれだろうな?」

「んー……」

 全て推測でしかないが、さっきの絵をレストランとすると、ベッドのようなものは寝室か、仮眠室だ。金貨のような絵は銀行とか両替を意味するだろうし、紙とペンなんてものもあった。他にいくつかあるのは、人の顔(肖像画?)とその下に書いてある文字。これはこの絵の人物のプライベート空間だろう。どれも頂上を意味するものではないようだったが、あと一つ、よく分からないものがあった。

「これだろ」

「消去法でいったらな」

 最後に残った一つ、それは黒と白のラインが螺旋に絡まり、鍵穴のような形を作っているもの。

「消去法でいかなくたって、俺が持ってるのは何だ?」

「あっ!」

 そう、俺が持っているのは、宝玉が姿を変えた鍵だ。鍵と鍵穴。

 俺たちが行くべき場所に間違いなかった。そこにリンも居る。必ず。

  カチッ

 想像していたよりも軽快な音で、そいつは作動し始めた。

  しゅううんっ

 滑るような音を立て、目の前の巨大な柱は、俺たちが並んで入れるほどの入り口を覗かせてくれた。柱の中は、やはり緑色の光で満たされ、俺たちが入ると光は上昇を始める。

……これも星の一族の仕事なんだろうか……『闇』に支配されてはいても、システムだけは正常のようだ。

 俺たちを乗せた緑色の光のエレベーターは、しばらくの間ゆっくりと上昇を続けていた。周りの景色なんてものはまったく見えないが、上昇する時にかかるプレッシャーが少ないことで速度は大体予想できる。もしかしたらこれも魔法で、あまり重力を感じさせないように出来ているだけなのかも知れないが。

 やがてそのゆっくりとした旅も終わりに近付き、緑色に囲まれたエレベーターが止まった。これまで見えなかった外の景色が、緑の光が消えると同時に目に入ってくる。

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