帰省。
去年に書いて放置していた掌編をなんとかまとめてみました。
私の掌編第二十六作目です。
私は、一年ぶりに故郷へ戻ってきた。
妻や子供たちも私の帰りを楽しみにしてくれているだろうか。
『おかえりなさい……アナタ』
『パパ~! おかえりなさ~い!』
む、いけない。
迎えてくれる二人を想像するだけでもつい顔は綻んでしまう。
そして、あと一人……。
喧嘩別れしてしまったままの、我が弟のことが少し気がかりだった。
当時はつい意地を張りぶつかり合ってしまった。
だが、私は単にアイツの自由な性格が……頑固な私には真似できないアイツの生き方が、羨ましかっただけ。
格好悪いもので、私は私にないものを持っていたアイツに、嫉妬していただけなのだ。
「アイツにも謝っておかないとな……」
そう呟いて、つい笑ってしまった。
一年も前の出来事……そもそも気に病んでるのは私だけかもしれない。
小さい頃からしょっちゅう喧嘩はしていたが、アイツの性格は羽毛のように軽い。もしかすると、喧嘩したことすら忘れてしまっているかもしれない。
まあ、あまり考えても仕方ない。気楽に家路に就くとしよう。
そう気持ちをいい方向へと切り替えようとした。
……が、それは今の状況によって再度方向転換させられてしまう。
「うわ……っ、ちょっと貴方、いきなり押さないでいただけますかな?」
「あん? こんなギュウギュウじゃ仕方ねぇだろうよ!」
後方にいた中年のオヤジと軽く毒づき合う。そして視界を巡らすまでもなく、周りには大勢の人が立っていた。
まだ立って間もないような子供から、今にも召されそうなヨボヨボの老人まで。おそらく私と同じ目的を持った人間たちが周りにわんさかといる。それに、あまりの密集具合に足だけでなく上体もロクに動かせやしない。
そう。私は今、帰省ラッシュのど真ん中にいた。
久々の故郷にしか思考がいっていなかったせいか、まさかこんなにも帰路が混雑するとは考えてもみなかった。もう少し計画的に行動するべきだったと、今更恥じる。
「……ぬお!?」
ふと、私の膝ががくっと崩れる。が、なんとか地面に膝をつくまえに踏ん張ることができた。
いったい何が起こったのかと咄嗟に振り返ると、先程のオヤジがいた。
「わり、兄ちゃん。膝カックンしちまったぜ……ワザとじゃねぇんだ」
片手を挙げて肩をすくめるそのオヤジの顔には、それはそれはいやらしい笑みが浮かんでいた。
おのれオヤジ。この状況をいいことに……。後で覚えておけ。
「ううん……きゃっ」
腹の中でオヤジへの仕返しの方法を考えていると、突然若い女性がこちらへ飛びかかってきた!
押し合いへし合いの渦にはじき出されたのだろうか。そんなことを思いながら、私の視界は真っ暗になる。
「ぶぶっ……!」
そして、私はその豊満な二つの温もりに顔をうずめるに相成った。
「……あ」
「ぶぼぼぼ……」
そのまま、永遠に近い時が過ぎゆく。
……本当の天国とはこのようなことを言うのではないか、などとは決して思っていない。
数瞬後、女性は慌ててその身体を離し立ち上がる。そして私に向かってぺこぺこと頭を下げてきた。
「ご、ごめんなさい……っ、わたしったら……!」
「いえいえ、ごちそ……おほん、こちらこそ。……お怪我は?」
「はい、おかげさまで大丈夫です、すみませんでした」
その幼顔を真っ赤に染めながらうしろを向く女性。
「くそ、良い思いしやがってよ……」
私の後方ではオヤジが恨み節を吐いていた。
ま、まさか……。
このオヤジ、こうなることを見越して、ワザと……?
「オヤジ……ぐっじょぶ」
「ああ!? なんだテメェ! 喧嘩売ってんのかぁ!?」
照れ隠しとは、初心なオヤジだ。
私はこの状況を提供してくれたオヤジに感謝しつつVサインを送り、心の片隅で妻に謝罪した。
◇ ◇ ◇
帰省ラッシュの洗礼を受けつつもどうにか実家に辿り着く。
だが、家の中はしんと静まり返っていた。
おや、どうしたのだろうか。
娘はさきほど外で友達と遊んでいるのを見かけた。だが今は妻の声も聞こえてこない。買い物にでも出かけているのだろうか。
とりあえず、私は玄関を上がるとすぐ仏間へと足を運んだ。
「――ん、――じさ――……」
「――――か、――……」
「……おや?」
仏間には先客がいるようで、戸の向こうから微かに二人分の声が聞こえてきた。
うちは私と妻、そして娘の三人家族だった。なら一人は妻で確定だろう。
もう一人……心当たりがあるのは……
「あいつか……」
大体の予想はつく。ちょうどいい。ちょうど会いたいと思っていたところだ。
私はそのまま襖を開け……
……ずに、そのまま仏間の方へとすり抜けた。
そう。私はもう既にこの世に身を置いていない人間なのである。
今日は盆。
天国からはるばるこの地へ、妻や娘の笑顔を見るために帰ってきたのである……
……はずだったのだが。
「な――」
こ……これは……いったい……
どういう……ことだ?
「あんっ……賢治さん、だめぇ……」
「いいじゃないですか、少しだけ……」
目の前にいたのは妻と我が弟。
だが、二人の衣服は存分にはだけ、その身体を密に重ね合っていた。
「ちょっと……賢治さん……ん……ここは仏間ですよ……罰当たりですぅ」
「義姉さんが、あまりにふぅぅつくしいのが悪いんだぁぁ……!」
まるで近所の夫婦犬「ロミ男と樹里絵」のような盛り上がりっぷり。
二人は仏間で……しかも私の遺影の前で情事にふけっていたのだ。
「う……嘘だ……、これは嘘である……!」
信じられない……とても、信じられない。
……い、いいや! これは、アレだ! お盆ドッキリだ!
プレート、プレートはどこだっ!
「あぁぁれぇぇぇ~」
ち、ちがう! 私は……私は妻のそんな笑顔が見たいのではない!
てか私にもそんな嬉しそうな顔見せたことないのにぃぃ!
「義姉さん……オレのM72を喰らえぇぇぃ!」
うるせえよ賢治! お前のそんな粗末なものなど、私に比べたら……
……畜生がぁぁ!!
だ、誰か、これは夢だと言ってくれぇぇ……!!
だが、私の願いは無残にも散り、現実はさらに追い打ちをかけてくるのだった。
「もう……賢治さんったら……もう夫婦になったんですから、義姉さんじゃありませんよ?」
「ああ、それもそうですね……じゃあ、オマエ……」
「あ……アナタ……」
あ……
あはははは……
実におかしい……!
これほどおかしなことがあるとはな……!
ふと、滲む視界の中に妻の姿が浮かぶ。笑顔で手を振ってくれる愛すべき人。
『アナタ』
そう優しく呼んでくれたあの夏は、とうに過ぎてしまったのだな……。
今目の前にいるのは、もう……別の人間なのだな……。
「オマエ~!」
「アナタぁ~!」
私の目の前で熱っぽく視線を交わせる二人。彼らが心から愛し合っていることがひしひしと伝わってきた。
……ふむ、そうか。
わかったよ……。
この二人はこうしてまだ生きている。そして、これからの未来がある。反して私は故人だ。
この事実はどうにもできない。私も大人だ。いつまでもこの世に固執していられない。
だから。
だから、せめて。
この二人へ、私からの最後の言葉を贈ろう。
届け! この念い!
そうして、私は力いっぱい叫んだ。
「うらめしやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ~~!!」
最後までお読みいただきありがとうございました!




