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第4章 5 「脅迫しに来ました」

 赤い。

 包み込むような西日に、染め上げられていた。

 赤く、赤く。何もかも、赤く。

 俯く13人の少年少女を除いて。

 分厚い壁に囲まれたその場所は、西日の投げ掛ける最後の温もりを完全に拒絶していた。墨色の暗がりが、既にうっすらと部屋全体に降り積もっている。それに応えるかのように、足元から寒さが這い上がってくる様子が、はた目から見ていてもわかった。

 その閉ざされた塗籠ぬりごめの外。周囲を取り囲む簀子すのこの濡れ縁に、私は1人立っている。

 傾いだ赤い光が、私の背中に追いすがるかのように伸びていた。明確な斜線ではなく、ぼんやりと周囲を照らすだけの儚げなそれは、こうしている間にも、少しずつその中に暗がりを溶かし込む。

 赤が、滲む。じわりじわりと、滲んでいく。

 徐々に陰る視界の中、それでも私は目をそらさない。

 いや、そらすことが、できなかった。

 暗がりの中で、より一層その存在を際立たせているものがあったからだ。

「……下手だね」

 誰にともなく呟いてみても、墨色の部屋に浮かび上がるそれは、消えてはくれない。

 俯く13人の少年少女。その手に巻かれた、白い包帯は。


 観桜会のパトロン、ピエリス・プラナス様直々に提案された、ナギによる前座。

 プラナス家の花紋であるソメイヨシノを手入れする彼らに晴れ舞台を用意したい、というその要望を受けて、この第六春の宮に来たのが、3日前の3月19日。

 そこで、私は出会った。

 固く閉ざされたドアノブのない13個の扉と。

 周囲のありとあらゆるものを強烈に拒みながら、小さな鍵穴から血走った目で相手を盗み見る。そんな、13才の少年少女13人と、出会ったのだ。

 そして――

「――――今更か」

 その際の私の発言。そして、その後の顛末。

 これについてはもう、考えても仕方がないだろう。まさか、そんな、嫌だ、嘘だと、喚き叫び否定することさえ、既に不可能だ。

 何せ答えはもう、出てしまったのだから。

 赤い花の形を待つまでもなかったのだ。答えは今、この薄闇の中にくっきりと浮かび上がっている。

 そう――明白に。

 だから、今、考えないといけないことは。

 なおも喚き散らそうとする心を押さえつけて、私はなんとか頭をフル回転させる。

 数歩先の暗がりの中、あの日と同じようにどこまでも閉じている13個の扉。彼らに聞こえないよう、私は目を閉じて、そっと頭の中で現状を整理する。


 彼らの犯した、花殺しの大罪。

 これが露見すれば、当然、観桜会での前座の件は頓挫するだろう。

 しかしそれは、パトロンであるピエリス様たっての願いに、背くことになる。

 最悪、観桜会そのものが中止になりかねない事態だ。

 観桜会が中止になれば、クリストローゼ様への評価は無論マイナス。

 それは、今年の12月末に控える()の歌巫女を決める儀式『宴』での点数に直結する。

 つまり――ここで、彼らの罪をあばくことは、クリストローゼ様が真の歌巫女に至る道のりにとって、大きな障害だということだ。

 真の歌巫女は、このシュビラ国の最高統治者にして女神の代理人。

 その座に就くことのできる歌巫女は、ただ1人。

 したがって、『宴』までの間に、いかに他の歌巫女よりも多くの点数を稼げるかが重要となる。そのために、普段の恵式(めぐみしき)に加えて、領内の貴族たちをパトロンに大規模なイベントを開催するのだ。

 とどのつまり、この観桜会――失敗は許されない。

 そう、それは、わかっている。

 だから、私が今、とるべき行動は――

「まさか、隠蔽する気か⁉︎」

 セドリアスさんの声が脳内に響き渡る。

 ずきりと胸が痛んだ。

 暗い暗い瞼の裏が、ぐにゃりと歪む。

 あの優しげな眼差しと、差し出された手。不器用で、でも温かくて――誠実な私の同僚。

 私のしようとしていることを、彼が知ったら、どう思うだろう?

「誠実の対義語って、なんだか知ってる?アンク」

 煌めく金髪。血のように赤い瞳。鈴の音色のように美しい声が、甦る。

「効率だよ。誠実の対義語は、効率。もっと言うなら、誠意を示すことの対義語は効率の良いこと、だね」

 ああ、この言葉は、いつ聞いた言葉だったか。どこで聞いた言葉だったか。思い出せない。

「誠実の本質は無駄なんだよ、アンク。覚えておいた方がいいよ」

 彼女の唇が、嗤いながらそう囁く。

 無駄なのか?誠実であることは。いったいそれは、何に対して無駄だというのか。

【目的のある人は強い。それが、本質的であればあるほど】

 瞼の裏に浮かぶのは、慣れ親しんだ流麗な文字。自らを凄腕の情報屋と名乗る、あの覆面作家からの手紙だ。

【君にも、目的があるよね?アンクちゃん。それは――君の本当の目的かな?そのために、君は何を犠牲にできる?】

 目的。

 私の、目的。

 ふいに、暗い瞼の裏が白々と明け始める。

 私の目的――それは、クリストローゼ様の秘書官として観桜会を成功させることであり、クリストローゼ様を真の歌巫女にすることであり、そして――更にその先にあるもの。

 どんな理由があろうとも、必ず成し遂げなければならない、私による私のための、目的だ。

 そうだ、そのためには、手段など、選んではいられない。

 無駄なことなど、以ての外だ。

「記述式のテストじゃないんだ。沢山の選択肢の中から、理性でひとつを選んで、進んだ方がいいよ」

 そして再び甦る、彼女の声。

 たったひとつの正解のために、書いては消し、書いては消しを繰り返していくこと。それは、無駄な行為なのだ。

 いくつか存在する道の中から、冷静にひとつを選ぶこと。進んだその先で、更にひとつを選び、なおも進むこと。

 それこそが、正しい行為――。


 私は、目を開く。

 鮮やかだった日の光は、もう見当たらない。

 視界は既に、墨色に侵食されいた。

 初めは砂粒程度の大きさだったその色は、貪欲に西日の赤を喰らい尽くし、あっという間に肥大して何もかもを染め上げた。

 薄ぼんやりとした明るさを底に宿す、渦巻く墨色。

 これから更に時間をかけて、濃く重くその色を変えていくのだろう。墨色から、黒へ。そうして夜は訪れる。

 遠くの空にかすかに残る、優しく温かな橙に背を向けて、私は、踏み出す。

 今まさに、墨色から黒へとその身を堕とそうとしている、小さな狭い部屋の中へ。


「こんにちは。赤の歌巫女様に仕える秘書官の、アンク・フィンスです。今日は君たちを――脅迫しに来ました」


「ああ、そう構えないで聞いて下さい。すぐに済みますから。

 君たちは、このシュビラ国の領民として生まれた。そして現在、国の義務教育方針に従って、この花葬島(かそうじま)で花の手入れをしながら教養を学ぶ、ナギと呼ばれる身分にある。そうですね?

 ナギは、どんな教会関係者よりも密接に花と――死者の魂と関わる存在です。それゆえ、一般的な教養として他国の子供が学ぶ以上に、この花葬島のことを深く学んでいるはず。

 それなのに。

 どうしてでしょうねぇ。

 ナギである君たちが、こんな事件を起こしてしまうなんて。

 ええそうです。知っています。

 君たち13人全員が、花殺しの大罪の犯人だということは。

 ……聞かないんですか?どうしてわかったのか。

 そうですか。やっぱり君たちは、こんな状況になってもなお、下を向き続けるんですね。

 嵐が去るのを待つように。自分には関係ないのだと、耳を塞いで目を伏せて。

 では、教えてあげましょう。どうして君たちが犯人だと断言できるのか。

 君たちが毟り取った花。ノウゼンカズラとハナイチゲ。

 あれには、毒があります。君たちもご存知の通り。

 と言っても、まぁ大した毒ではありません。口に入れなければ大事には至らないでしょう。精々――触れた手がかぶれるくらいです。

 どうも君たちは、自己防衛においてはなかなか優れているみたいですね。花を毟り取った後、かぶれてしまった君たちの手。しかしそれを医師に見せれば、花に触れたことがバレてしまう。花殺しの大罪が明らかになった際、その毟り取られた花がどのような花かは、すぐに調べられることです。そして、そこに毒性があるとわかれば、容疑者を最近皮膚のかぶれに対して治療を受けた者に絞り込んでくる可能性がある。そう考えたのでしょう?

 下手ですね。包帯の巻き方。

 他にも、君たちを犯人だと断言できる理由はいくつかありますが――それを羅列することに、意味はないでしょう。

 君たちが持っている、赤い花の髪飾り。

 毟り取った花で作り上げた、罪の造花。

 それを引きずり出す必要もありません。

 だって、誰よりも君たち自身が、よく知っているでしょう?

 自分が――自分たちが、犯罪者だって。

 さて。本題に入りましょうか。

 私は今日、君たちを、脅迫しに来ました。

 ――簡潔に言います。

 私は、君たちを見逃します。

 代わりに、観桜会の前座を、必ず成功させて下さい。

 聞こえていますか?理解できていますか?

 そうです。教会関係者として、いや、この世界に生きる人として許されざる罪である、花殺しの大罪。それを犯した君たちを、見逃すと言ったんです。

 幸い、君たちが犯人だと知っているのは、現時点で私だけです。

 他の誰も、未だ容疑者の絞り込みさえできていない。

 私は今後、できる限り、捜査の手が君たちに及ばないよう手を打ちます。秘書官という立場を最大限利用して、あらゆる手段を以って、君たちを花殺しの大罪から遠ざける。

 ただし。条件がひとつ。

 君たちがピエリス・プラナス様から依頼されている、観桜会の前座。これを必ず成功させることです。

 随分前から、このために準備をしてきたのでしょう?観桜会の成功は、君たちにとっても悲願のはず。

 なにせ、そのために罪を犯すくらいですからね。

 あぁ、すみません。君たちが、どうして、何のために、こんな罪を犯したのか。観桜会の前座にどんな想いを託したのか。私はそんなことに興味はない。君たちの動機なんてどうだっていいんですよ。

 君たちがどうしてこんな、他のナギたちとは違う別室に、まるで隔離されるかのように押し込められているのか、なんてことも――どうだっていい。

 でもね。観桜会の前座だけは、成功させてもらわないと、困るんですよ。私にも立場というものがあります。赤の歌巫女の秘書官。女神の血を引く乙女に仕える、唯一無二。それが私です。立場があれば事情があり、事情の裏には欲望が潜み、欲望の奥には――目的がある。

 私の目的のために、君たちには、何が何でも前座の舞台に立ってもらいます。

 その罪を見逃す代わりに。

 ところで……花殺しの大罪を犯した者に、どんな罰が待っているか、知っていますか?

 まぁ、花を毟り取った枝先から漏れる、あの黒い水のことも知らず、放置してしまった君たちですからね。当然知らないでしょう。

 花殺しの大罪は、死者を2度殺す罪。

 そんな罪に対して、生きている人間を罰する法は、この世に存在しません。

 だから――罰を受けるのは、君たちではなく、君たちの花紋です。

 花殺しの大罪の犯人に連なる者。犯人自身と、犯人と同じ花紋に属する3親等以内の血縁者は、死して後、花葬島に行き着くことを許されなくなる。

 それが何を意味するか、わかりますよね?

 その身が死に絶えるその瞬間、誰ひとりとして側にいてはくれない。肉が腐り骨がひび割れても、それでも放置され続け、ついには跡形もなく風化するだけ。

 そして、殻を失った魂は、永遠に死に続ける。どこにも行けず、何にもなれず、彷徨うだけのカタチのない存在に成り果てる。

 嫌でしょう?この世の誰もが、死して後行き着く楽園を持っているのに、自分も、自分の家族も、そこに立ち入ることを決して許されないなんて。

 そう、だから、この罪を犯した者の3親等以内の血縁者は、犯人が捕まり、起訴され、その罪と罰が確定するまでの間に――ひとり残らず自殺するんです。

 確定する前ならまだ、死して後、花葬島で花として咲くことを許されますからね。

 どうですか?自分の犯した罪のせいで、自分の血縁者が先を争うように自殺する。なのに自分はその後を追うことは許されない――なかなかに辛いでしょう?

 そんな思い、したくないでしょう?

 ――その沈黙は、肯定と受け取って良いですね?

 まぁ初めに言った通り、これは相談ではなく、脅迫です。

 君たちに拒否権なんてありませんから。

 私は君たちの罪を見逃す。その代わり、君たちは観桜会での前座を成功させる。

 安心して下さい。成功した暁には、私は生涯、君たちの罪を隠し通すことを約束しますよ。

 さて、今日は3月22日。観桜会まで、あと9日です。

 前にもお話ししましたが、前日の3月30日にはリハーサルを予定しています。

 それまでに、必ず、前座で披露する歌とやらを、仕上げてきて下さいね。

 あぁそうだ、君たちがその手を汚してまで作った、赤い花の髪飾り。毟り取った花を継ぎ接ぎして生み出された、血まみれの造花。努力されたところ申し訳ありませんが、あれを使うことはお勧めできません。

 あれが人目に触れれば――君たちが犯人だとバレてしまうかもしれませんからね。

 それでは、また。

 君たちと、君たちの家族の人生は――文字通り、人としての生命は、観桜会での前座の出来に掛かっていることを、どうぞお忘れなく」

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