不思議隣人 1
「アモル・ウェールス?」
夏のわりには涼しい七月のこと。
仕事の転勤の為、実家千葉県から引っ越してきた間宮和彦二十五歳独身。
荷物は既に昨日、引越し屋に運ばせてあるため、リュックサックと隣人への手土産一つ、スポーツブランドのハーフパンツにTシャツという格好でマンションにやってきた間宮。
間宮は身長一八四センチと高く、身長の割にはアイドルのようなベビーフェイス、そのせいで実年齢より若く見られることが多い。そして、この容姿で落ちない女はいない、下手したら男だって。間宮自身が口説いた事はないのだが、前の会社では女性社員に言い寄られたり、上司にお前が来なきゃ女が集まらない、と言われ合コンとやらに参加させられたりと散々だった。きっと今度の会社でもそうなのだろうと覚悟を決めてやってきた。もちろん女性に興味がないというわけではない。好みの女性がいないだけだ、と間宮は日々自分に言い聞かせている。
間宮はマンションを見上げ名前を呟く。何語なのかもさっぱりだ、どういう意味があるのだろうか。一瞬考えるが、「ま、いいか」と呑気に呟いて自分の住む部屋へと向かう。
アモル・ウェールスというこのマンションは六階建てだが、間宮の住む部屋は二階の二〇八号室。エレベーターで上がり、右へ続く廊下を真っ直ぐ進み突き当たりにある一番端の部屋だ。
部屋に上がると三箱のダンボールが玄関にドンっと置いてあり、部屋の中は窓際にはベッド、その向かい側にはテレビ、真ん中にはテーブルが置かれているのがわかる。玄関のすぐ横には洗濯機が既に設置してある。
ダンボールを開ける前に、隣人に挨拶をしようとリュックサックを玄関に置いて手土産が入った紙袋だけを手にしてもう一度部屋を出る。
隣は一つだけだ。挨拶は二〇七号室だけでいいだろうと思い間宮は『名波』という表札の下にあるインターホンのボタンを押した。
「うぃす」
インターホンについているカメラ越しに相手が出た。若い女性の声だった。
間宮はインターホンのカメラをみて
「隣に引っ越してきたものです、あの、つまらない物なんですけど」
紙袋を見せた。すると名波は
「それお菓子?」
舌足らずに間宮に問いかけた。間宮は一瞬相手の発言に驚くが再びカメラをみて
「はい、そうです。」と呟く。「甘いの?」再び名波に問いかけられた。持ってきたものは駅ビルで買ったカステラだ。確かに甘いものだと確認して間宮は答えた。
「カステラです。」
すると名波は鍵を開け、嬉しそうな顔で出てきた。
第一印象は、ちゃんとご飯を食べているんだろうかと思うほどのガリガリの女性だった。でもよく見ると、間宮の胸ほどの身長、綺麗で真っ黒なストレートの髪の毛が腰まで伸びていて、顔はニキビや黒子一つない白い肌に胡桃ほどありそうな二重で大きな目、細く優しげな眉、筋の通った小さな鼻、厚みのある唇から歯を覗かせ笑う口、その全てが小さな顔にパーツとして当てはめられている。だるだるのTシャツを着た女性の首元は鎖骨が浮き上がり、中の下着が丸見えだった。間宮は咄嗟に目を逸らし「どうぞ」と呟き、紙袋を手渡す。
「ありがとう、」
名波は自分の下着が見られたことなど気づいていなく、間宮が渡したカステラに興味が移ってしまった。
「あ、あの、これから、よろしくおねがいします。」
視線を逸らしていた間宮はもう一度名波をみるとカステラを見つめ呟く。
「うん、よろしく」
間宮に興味など全くないように。
間宮は軽くお辞儀をして自分の部屋へと戻る。玄関を開け、靴を脱いだなら真っ直ぐ続く廊下を歩き、開けっ放しの扉の奥へと入る。既に出来上がっている部屋を一周見回す。ダンボールの置いてある玄関へと戻りその場へ胡坐を掻いて座った。
ダンボールを一つ開けて、中身を取り出す。このダンボールの中身は食器とキッチン用具。全て出せば立ち上がりそれをキッチンへと運ぶ。もう一つのダンボールを開ける。中身は少しの洋服と生活用具。それぞれを必要な場所へと運び片付ける。最後のダンボールには洋服。サラリーマンでもお洒落は好きだ。洋服をクローゼットへとしまう。スーツは明日、宅配で家族が送ってくれることになっている。仕事が始まるのは明後日月曜日からだ、それからでも十分間に合う。
ダンボールの中身を全て出し終えた間宮はダンボールを潰し、玄関へと置いた。間宮は部屋に戻りベッドに座る。
先程の隣人、名波を思い浮かべる。名波になにかしらの不思議な感覚を覚えた間宮。あの人、何をやっている人なんだろう。OL?いや、そんな普通な職業などしていないだろう。まさかのフリーター?そんな失礼なこと言ってはいけないか。などと間宮は頭を巡らせた。