002
「何なんだよ……これは……」
「何って、仕事よ仕事」
「仕事って……ただの缶拾いのボランティアじゃねぇか!」
セツナドライブから僅か数メートルの移動。
僕はビニール袋と火バサミを持たされるが否や、藍川に缶拾いを強要される。これは絶対に仕事ではない。認めない。
「世の中に知名度を上げるためには仕方ない事なのよ。といっても、セツナドライブに知名度はあまり必要無いんだけど」
「それって必要性皆無じゃないか!」
「そうでもないわよ?この前は町内会からの飲み物の寄付があったし、隣の電気屋からはLED蛍光灯を寄付してもらったし、近所の八百屋からは野菜を貰ったりしたわ」
「生活観丸出しの情報だな……」
「生活観じゃないわ。むしろ、オフィス観って感じかしら」
「どっちでもいいよそんなの!」
直感なのか、自然に僕の口からは突っ込みが出てしまう。何なんだ、この不思議な感じ。この懐かしい感じは。
「高梨君どうしたの?ボーっとしちゃって」
「えっ……いや、ちょっとな」
「……まあいいわ」
それ以上問い質す事も無く、藍川は火バサミを持って路上に落ちている空き缶を拾い集める。特に興味は無さそうだ。
僕もそれにならい、空き缶を集める。真夏の炎天下の中、二人で空き缶集めをしている画は、どこかしらシュールな物だった。
「……藍川、そろそろ水を飲んだ方が良いんじゃないか?」
「そうね。そうさせて貰うわ」
藍川は火バサミと空き缶を集めた袋を僕に預け、あらかじめクーラーボックスに入れておいたスポーツドリンクを飲む。
僕にはもちろん、水分補給の必要性は無い。サイボーグに水分は必要ない。
「随分便利な体ね。水分もいらないし食べ物もいらないなんて」
「どうだろうな?その代わり充電しないといけないけどな」
「充電ね。資源が無くなったらまず最初に死ぬのはあなたね」
「いきなり縁起でもない事言うなよな」
「……そういえばあなた、昨日まで死んでたのよね」
「一日前の出来事を忘れるなよ!」
本気で言ってるのか、そうでないのか。藍川は常に澄ました表情をしているので、判断がつけにくい。
何というか、非常にたちが悪い。
「あれ?藍川さん?」
すると、僕と藍川の元に歩み寄ってきたのは、ショートカットに前髪を二つのピンで留めている女の子だった。
誰だろう、この子は?
「ああ、未来さん。どうも」
藍川は軽く頭を下げる。知り合いなのだろうか?
「あの……隣の方は?」
「ああ、彼は新しく入社した高梨刹那君よ」
「高梨です。よろしく」
「高梨……刹那さんですか。よろしくお願いします。わたしは喜多川未来って言います」
僕と喜多川さんは互いに礼をしあう。
それにしても、喜多川という苗字……どこかで聞いた事があるような気がする。
「…………」
すると喜多川さんは、何故か僕の顔をまじまじと見てくる。僕の顔に、何か付いているのだろうか。
「あの……何かありましたか?」
「えっ……いや、似てるなぁと思って……」
「似てる?誰にですか?」
「……わたしの兄にです。もう二年前に亡くなったのですが……」
喜多川さんは憂いの表情を浮かべる。
何か、悪い事を聞いてしまったかもしれない。
「あの……すいませんこんな事聞いてしまって」
「いえいいんですよ。そもそもわたしが悪いんですから……その……あなたと兄を重ねてしまって」
「…………」
喜多川さんの兄と、今の僕。
喜多川さんにとって、どこか同一点があったのだろう。多分、どこかに。
「あっともうこんな時間……わたし大学があるのでもう行かないと。藍川さん、高梨さん頑張ってくださいね」
「そう、今日は大学なのね。あなたも頑張ってきなさい」
「はい!」
喜多川さんは僕たちに向かって手を振り、路地の道を歩いていく。
「……彼女はやはり、あなたの事を憶えていたようね」
すると不意に、藍川は意味深な事を呟く。
「憶える?何をだ?」
「……いえ、何でもないわ。それより早く空き缶拾いを終わらせましょ」
「えっ……おっおう」
僕と藍川は再び炎天下の中、缶拾いを始める。
藍川が何を言おうとしたのか、僕には知る由も無いのだが、何故言いよどんだのだろうか気になるところだ。
僕と亡くなった兄を重ね合わせる喜多川さんに、口を渋らせる藍川。
これは一つずつ、根気よく解決していく必要がありそうだ。