001
「ここがセツナドライブか……」
東京の郊外にある、入り組んだ場所にそれはあった。
三階建ての小さなビル。とても儲かっているようには見えない。
「結構急な階段だな……確か三階だっけ?」
階段を上り、セツナドライブのある三階に向かう。階段は若干ながら急になっているせいか、上るのが辛い。
これは毎日上っていると足が鍛えられそうだな。
「どうもー……」
扉を開くと、そこには机と座席が並べられている。
何だか分からないが、その風景を見ているとすごく新鮮な気持ちがする。本当に何故だか分からないが。
「来たわね高梨君。あなたの席は貴船君の隣よ」
最も奥の席に座り、藍川は僕に指示する。何故あんな指示のしにくい場所にわざわざ座っているのだろうか、いささか疑問ではあるけれど。
「刹那さんおはようございます!体の調子はどうですか?」
そう言って、僕に話しかけてきたのは貴船だった。
「ああ、おはよう。そうだな……まあ普通だな」
「そうですか、それはよかった!もしかしたら誤作動が起きてるんじゃないかと心配してましたよ」
「誤作動……ああ……そうか」
そういえば今の僕は人間ではなく、今の僕はサイボーグだったんだ。
その事を、すっかり忘れていた。
「多分……大丈夫だと思うよ。煙とかも出てないみたいだし」
「そうですか……なら大丈夫ですね」
顎に指を当て、貴船は首を縦に振る。
「そういえばさ……貴船は何で白衣を着ているんだい?」
オフィスには多少浮いている格好に、僕は疑問を抱く。
それに今は真夏。どう考えてもクールビズを無視した、暑苦しい格好だった。
「えっ?……ああ、これっすか?僕は科学調査を専門にしてるので……と言っても、科学調査を必要とするような案件はごく少数なのであまり活躍の場はありませんが……」
貴船は何故か照れながら、後頭部を手で擦る。
そういえば、昨日藍川がそんな事を言っていた気がする。科学調査か……具体的に何をするんだろう。少し、気になるところだ。
「ああ、そうだ!そういえば刹那さんの体の説明をしてませんでしたね!」
「体の説明……ああ、なるほど」
僕の体は今、機械仕掛けで構成されている。自分の体の事くらい理解しておかないとな。
「まずエネルギーなんですが、人間のように食物を食べてもエネルギーにはなりません。基本電気エネルギーなので充電が必要です」
「充電ね……改めて自分がサイボーグだって事を感じさせてくれるよ」
「まあまあそう言わずに……それで、日中は外出していれば自動的に太陽光発電モードに切り替わります」
「ほう……それはエコな機能だな」
今流行のエコ男子。その最先端が僕という事に……はならないか。
「ただ夜間はコンセントから充電を行ってください。コードは背中の手の届くところにセッティングしてあります。ちょっと今背中を触ってみてくれませんか?」
「背中?……おおっ!本当だ!」
服の上から背中を探ってみると、確かに何か突出している物がある。今度は服の下から探り、手に触れた物を引っ張ると、出てきたのはコンセントに差し込むためのプラグだった。
「コードは最大一〇メートルまで伸びます。収納する時はコードを少し引っ張ると巻き取られる仕組みになってますよ?」
「……それって掃除機のコードじゃないか」
「おおっ!さすが刹那さん!!そうなんです!実はそのアイデア、掃除機を見て考え出した物なんですよ」
「やっぱりそうなのか……」
正直、ちょっと考えれば誰でも分かるのだが。しかし、掃除機と同じだなんて……何だか複雑な気分だ。
「充電の方はそれくらいですかね。あとは……あっ、そうそう。それと人指し指を三回擦ってみてください」
「人指し指を三回?……おっ、何か光った」
「フラッシュ機能です。電球の倍近く光りますから、夜間は広い範囲を照らす事が出来ます。僕がおまけで付けておきました」
「フラッシュ……なるほど」
確かに夜間には困らないかもしれない。だが、一体他に何に使えるんだこの機能は。
これでは完全に、懐中電灯ではないか。
「機能はこれくらいですね……あと説明しておくとしたら、水は濡れても大丈夫ですが泳ぐ事が出来ないのと、耐熱温度は一〇〇〇度までである事と……それくらいですかね」
「泳げないのと……一〇〇〇度まで耐久可能って事だな。オッケー」
貴船の説明をある程度理解する事は出来たが、やはりこの体には若干不便な所がありそうだ。
生身の人間に出来る事が、サイボーグでは出来ない。でも逆に、生身の人間に出来ない事を、サイボーグでは出来る。
メリットとデメリット。この体を、器用に使っていかないといけないようだ。
「貴船君から説明は受けたかしら?」
すると、奥の席から藍川の声が不意に飛んでくる。
「まあ、ある程度は」
「じゃあ大丈夫ね。高梨君、早速仕事よ」
「いきなりだな……」
「仕事もチャンスもいきなりやってくる物なのよ。それを掴んでこそ、真のやり手なのよ」
「おお……」
正論をつらつらと並べる藍川に対して、僕は何とも言えない。
正論に反対は出来ないからな。
「行くわよ高梨君。案内するわ」
「お、おう」
「あっ、いってらっしゃい!」
貴船に見送られ、僕は藍川に連れられて仕事場へと向かう。
一体、どんな仕事が待っているんだろうか。