002
「ここがあなたの部屋よ。好きに使っていいわ」
僕が女性に案内されたのは、風呂付ワンルームの小さなアパートだった。
ここで僕の暮らしが始まるという事か。
「あ、あのさ……」
「何かしら?」
「まだ僕は何も聞かされてないんだけど……」
「そうね……じゃあわたしの名前は藍川アイサ・スチュワートよ。株式会社セツナドライブの社長をしているの」
「へえ、社長をしてるんだ」
「これでもやり手の資本家なのよ?」
「そうなのか……」
何というか、これは自慢なのかな?
まあ、そのセツナドライブっていうのがどんな会社なのか知らないから何とも言えないんだけど。
「そういえば……さっきもう一人いたような」
「ああ、彼は貴船結慈君よ。わたしの会社で科学調査をやってもらっているわ」
「科学調査……すごいな」
「まあ何というか……そうね、わたしの会社は色々やってるから」
「色々ねぇ……」
科学調査をする会社なんて、一体全体本当に何をしているのだろうか。
まあ、僕には関係なさそうだけれど……とまではいかないのか?
「それで……そうね、次はあなたの事についてって流れになるわよね」
「まあそうだな」
「あなたの生前の名前は『キタガワセツナ』。わたしの会社で働いていた従業員第一号なの」
澄ました表情を、藍川は貫く。全然代わり映えが無い。
「キタガワセツナ……それに、従業員第一号って」
「まあ……それ以上は言いにくいから勘弁して欲しいわね。とにかく、あなたはそういう人間だったって事を分かって欲しいわ」
「なるほど……それだけ聞けただけでも収穫だ。キタガワセツナ……か」
「でもあなたはその名前を使ってはいけないわ」
すると、藍川はいきなりそう言って、厳しい視線を僕に送る。
「えっ?どうしてだよ!?だって僕の名前なんだろ?」
「あなたの名前だからこそなのよ。あなたは一度死んだ人間……その人間がいきなり復活したら世間は大騒ぎになるわ」
「た、確かに……」
そうか、そういえば僕は死んでいたんだった。
死んだ人間が生き返ったとなると、世間は大騒ぎになる。それだけは絶対に避けたい。
「じゃあ僕は何て名乗れば良いんだろう?」
「今のあなたは高梨刹那としてこの世に存在しているわ。だから、あなたの名前は今日から高梨君よ」
「高梨……そうか」
あまり釈然としない苗字だが、今の僕には過去の記憶が全くと言っていいほど皆無だ。
ここは一つ、キタガワセツナを忘れて、高梨刹那になるしかない。
「じゃあ、高梨君には明日から働いて貰うわね」
「……働く?どこで?」
「決まってるじゃない。わたしの会社よ」
「……なるほど」
そういえば過去の僕は、藍川の会社で働いていたんだったな。
もしかしたら、そこで働く内に何かを思い出すかもしれない。もう既に失ってしまった、自分の過去を。
「会社はこのアパートの近くにあるわ。じゃあ明日からお願いね」
そう言い残して、藍川は僕のアパートを後にする。
一度死んで、もう一度人生をやり直す。常人なら普通ありえない事なのだが、逆に考えれば、僕はもう一度人生をやり直せる事が出来る。
僕の第二の人生は、始まったばかりだった。