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第五節

・割とグロいかも。苦手な方は注意。


・勢いだけで書いてます。誤字があったらサーセン。




毎週火曜に更新予定。経過報告はブログで。


狐火クイックブースト http://ninetailsound.blog90.fc2.com

 地面に、人が埋められていた。何人も、何人も。見渡す限り、そんな異様な光景が続いていた。

 彼らは首から上だけを出して、まるで魂の無い人形のようにじっとしている。……いや、本当にマネキンのような物なのかもしれない。彼らには顔が無い。目も、鼻も、口も、耳さえも無い。顔が無いから、表情も無い。表情が無いと、生きているかどうかすら分からない。でもマネキンにしては、妙に質感がリアルだ。見れば見る程、心がざわつく。

 僕は近くにいた一人に近づいて跪き、その頬に恐る恐る手を伸ばす。触れてみてから、慌てて手を引っ込めた。――体温がある。この人達は、生きている。

「嘘だろ……」

 気色悪い。これは人間の形をした、人間の成り損ないだ。

 彼らは何故埋められているのか、彼らには何故顔が無いのか――今はそんな事はどうでもよく、僕はこんな場所からは一秒でも早く逃げ出したかった。それに妙な胸騒ぎもした。普段は僕の中で眠っている生存本能が、さっきから騒々しく警鐘を鳴らしているのだ。危険だ、と訴えているのだ。

 僕は早足で歩き始めた。周囲に気を配り、背後を確認し、彼らの無機質な顔を極力見ないように、誤って顔を蹴らないようにしながら。適当に進んでいけば、この狂気に満ち溢れた場所を抜け出せるに違いない。そう楽観視出来る僕は、まだ幾許かの心理的余裕を保っているという事だろう。暫くすると次第に焦りは薄れ、代わりに現状を推理するのに必要な冷静さが戻ってきた。

 天候は曇り。陽の光が届かず、何処も彼処も薄暗い。風も無く、じめじめと湿った空気が全身に纏わり着いてくる。靴で踏み締める土の感触は柔らかく、何度も掘り返され、細かく砕かれた物であると分かる。耕された、土。

(畑……?)

 或いは、刑罰のような何かかもしれない。いずれにせよ、この人間もどきを土中に埋めた何者かがいるという事だ。その人物は僕にとって味方となるか、敵となるか――それは会ってみなければ分からないが、可能なら偶発的な接触は避けたい。遠目に観察してみて、危険では無いという確信を得た上でコンタクトを取りたい。

 いつか見た夢、墓守の老人。例えば彼のように好意的であれば良し。その逆であれば、少しでも遠くへ逃げなければならない。


 ドンッ。


 不意に、物音。背後で大きな音が響いた同時に、地面が揺れた。重い物が落ちてきたかのような感覚に、ハッとなって立ち止まった。

 ――何だ、何が起きた?条件反射的に背後を確認しようとした身体に、無理矢理ブレーキを掛ける。その行為を、躊躇う。僕の中で葛藤がある。

 振り返って見てみればいい。でも、見てしまえば後悔する事になる。危険だ。僕の背後にいるそれは、間違い無く僕を脅かす危険な存在だ。何も見ずに全力で走り去るべきだ。いや、危険かどうかは自身の目で確かめた方が良い。動揺、好奇、不安、恐怖、焦燥、孤独。

 逡巡の後、僕は息を殺して慎重に振り返った。

 そこにいたのは、巨人だった。身の丈が僕の二倍以上あるそいつは、灰色の皮膚を獣の皮で覆っていた。口は大きく裂け、不揃いに並んでいる黄ばんだ歯の隙間から吐息が洩れている。神話の世界の住人、一つ目の怪物。けれども、シンボルマークである筈のその大きな眼は潰れていた。

 まず、自分の目を疑った。それから、凍りつきそうになった思考を必死で動かした。「有り得ない」という否定の言葉を胸の奥に閉じ込めた。有り得ない事なんて、今まで何度も見てきたじゃないか。

 ふと、巨人が両手に何かを持っている事に気付く。鎚だ。頭部の両面が平らで木の幹程の太さがある、巨大なスレッジハンマー。並みの人間に扱えるような代物では無い。あれで地面を叩いたから、凄い音がしたのだろう。そう思っていると、巨人が鈍い動作で鎚を持ち上げ、振り下ろした。

「え……?」

 戦慄。

 地面から、赤い液体が噴水のように吹き上がっている。血だ。その周辺に飛び散っているのは、毛髪と、ぐしゃぐしゃに潰れたピンク色の肉片。――何を、潰した?こいつは今、何を潰した?

 巨人は見えない目の代わりに、鎚を用いて地面を探り始めた――巨躯故か、一つ一つの動きが鈍重である。そして鎚の先端が例の人間もどきの一人に触れると、その口元が醜く歪んだ。歓喜の表情を浮かべながら、彼は鎚を大きく振り被った。


 ドンッ。


 土や血液と共に脳漿が飛び散り、その破片が僕の頬にこびり付いた。生暖かい、確かな感触があった。今、僕の目の前で人が――人の形をした何かが死んだ。

 僕は逃げる事も忘れ、その場にへなへなと座り込んでしまった。腰が抜けて足が動かない。茫然自失とは、こういう状態を指す言葉なのだろう。

 巨人は真っ赤に染まった鎚を使って、再び新たな獲物を探し始めた。そうして地面に埋まっている人間もどきを見つけては、その頭を容赦無く粉砕していく。その行いを例えるなら、西瓜割りや土竜叩きのそれに近い。まるで遊びか何かのように、易々と殺人をこなしている。

 ――許されるというのか、このような仕打ちが。許せというのか、このような邪悪を。

 絶望の淵で沸々と湧き上がる、冷たい怒り。だが、この感情は無意味だ。この感情を『義憤』と称して巨人に立ち向かうだけの勇気も、力も僕は持っていない。やってみた所で虫けらのように捻り潰されるのが関の山だ。幸い、彼はまだ僕の存在に気付いていない。お互いの距離は少しずつ離れている。このままやり過ごす事が出来れば……

 その時だった。乾いた笑い声が、僕の鼓膜を刺激した。

「あははははははははっ」

 今度は考えるより先に、目と首を動かして声の主を見ていた。僕の真横に、そいつは埋まっていた。他の人間もどき達と同じように埋まっていた。他と違っていたのは、そいつには顔があったという事。その顔には見覚えがあるし、その声には聞き覚えがある。だが、それも当然の事だろう。何故なら、そこにいたのは――

「そんな……どうして。どうして……」

「あははははははははっ」

 ――そこにいたのは、僕。僕の形をした何か。無表情のまま、機械的な笑い声を立てている。目は虚ろで生気も感じられない。

 驚きのあまり、口から心臓が飛び出しそうになる。そして全身の血が逆流するかのような、激しい拒絶感と不快感。どうして。どうしてこんな奴が、僕の目の前にいるんだ。いらない。僕以外に、『僕』はいらない。


 ドンッ。


 遠くにいた筈の巨人が、いつの間にか僕の傍に立っていた。もう一人の僕の頭が潰されて、その中身が辺りに四散する。噴出した夥しい量の血が僕の全身を汚した。

 僕は両手で自分の首を絞めるようにしていた。そうでもしていなければ悲鳴を上げてしまうだろう。声を発すれば、終わりだ。この巨人は、笑い声に反応したのだ。

「あははははははははっ」

 今度は巨人の背後で、笑い声。そいつもまた、僕と同じ姿形をしていた。巨人は振り向きざまに鎚を振り下ろし、声の主を叩き殺した。

「あははははははははっ。あははははははははっ。あははははははははっ」

 あちらこちらで笑声が響く。全員が、僕の声で笑っていた。此処には既に、顔の無い成り損ないは一人もいない。いるのは僕と、巨人と、沢山の僕達。

 巨人は先程までとは打って変わり、俊敏な動きで彼らを殺していく。殺しても殺しても、彼らは笑い続けている。巨大な鎚に頭蓋を砕かれ脳を潰されるその瞬間まで、色の無い声で笑い続けている。

 ――やめろ。もう、やめてくれ。

 目を閉じて、耳を塞ぐ。すると今度は、頭の中にまで笑い声が聞こえてきた。


 あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは……


「やめろおおおおおおおおおっ!」

 絶叫。瞬間、笑い声が止んだ。沢山の僕達が、皆一様に僕を見た。何も映らない濁った眼差しが、僕一人へと集中する。

 しまった、と思う。もう手遅れだった。巨人が僕を見ている。潰れていた筈の恐ろしい瞳は再生していて、しっかりと僕を見据えている。……怖くて動けない。蛇に睨まれた蛙のような気分だった。脳内麻薬が過剰に分泌され、全身に緊急事態を告げている。何をしているんだ。逃げろよ。立って逃げろ、逃げろ逃げろ逃げろ……!

 地べたに座り込んでいた僕が我に返って立ち上がるまでに、若干のタイムラグがあった。そのラグが、そのまま死に直結する隙となった。巨人は両手に握っていた鎚を投げ捨てると、信じられない速度でこちらへと接近した。丸太のような腕が伸びて、僕の頭を片手で掴んだ。万力のような力が頭部を締め付けてくる。無我夢中で振り解こうとするも、膂力に差があり過ぎた。それは蟻が象に挑むのに等しい。


 みしっ、みしっ……


「ぐあ、ああっ……」

 骨が軋む音。激痛。――ああ、駄目だ。何も考えられない。


 みしっ、みしっ……


 グシャッ。


   ***   ***   ***


「うわあああああっ!」

 明け方。まだ宵闇が残る時間帯に、僕はベッドから飛び起きた。

(……夢。夢?)

 あれも、僕の夢なのか。あれ程までに凄惨な夢が、果たして有り得るのか。俄かには信じられず、自分の頭を触ってみる。――大丈夫。ちゃんと頭の形をしている。

 安心すると同時に、おもむろに胃の辺りから不快感が生じた。続いて眩暈と、舌の根が痺れるような独特の感覚。僕は口元を押さえて自分の部屋を出る。そのまま急いでトイレへと駆け込み、便器の中へ向かって思い切り吐いた。そうして胃の中にある物を全て排出してしまってから、荒い息を整えながら自問した。

 ――耐えられない。耐えられるかよ、こんな毎日。こんな馬鹿げた生活、一体いつまで続ければいい?僕が死ぬまで、ずっと?

「死……」

 汗まみれの身体を抱くようにして、呟く。いつか夢の中でそうしたように、『死』という概念について再び思いを巡らせる。

 悪夢を見るようになってから、既に二週間以上が経過していた。始めの内は目覚めるとすぐに忘れていた夢の内容も、最近は事細かに覚えているようになった。忘れられるのなら、どれだけ幸福だったか。燃やされて、切り刻まれて、磨り潰されて。殆ど現実と相違無い感覚を伴ったまま、僕は何度も何度も殺された。何度殺されても、終わりが見えない。それは筆舌に尽くし難い苦しみだった。こんな事が続けば、僕は……今此処にいる現実の僕は、夢に殺される。そうでなくとも頭がおかしくなってしまうだろう。第一こうやって正気を保っていられる事、それ自体が奇跡に近いのだ。自分の精神が思っていた以上に頑健だったという事実に驚かされるばかりである。普通ならとっくに発狂して――いや。

「既に狂っているのかもしれないな、僕は」

 今なら、あの老人の言葉に少しだけ共感出来る。それとも彼は、今の僕を超える苦痛を味わってきたのだろうか。そこまでは分からない。

 と。トイレのドアをノックする音が聞こえた。

「兄ちゃん……?兄ちゃん、大丈夫?」

 僕は吐瀉物を水で流してからドアを開けた。そこにはグラスを持った夏希が立っていた。

「はい、お水。ゆっくり飲んでね」

「ん……、サンキュ」

 グラスを受け取り、飲み干す。じわりと全身に染み渡る。

「兄ちゃん、今日は学校休みなよ。顔が真っ青だよ?……それに凄い汗だし」

 パジャマ姿の夏希は、心配そうに僕を見た。どうやら僕は、相当に憔悴しきった顔をしているらしい。

 ――妹に気を遣わせるなんて、情けない。少しでも気丈に振舞っておこうか。

「平気だよ。それより夏希、こんな時間まで起きてたのか?」

「ううん、寝てたよ。寝てたけど、兄ちゃんの叫び声で起きたの」

「あっそう、そりゃ悪かったね。ほら、僕はもう大丈夫だから、さっさと寝ろよ」

 夏希にグラスを返してから、その肩を押し退けてトイレを出る。

 すると突然、夏希が声を荒げた。

「だっ……大丈夫な訳無いじゃん!毎晩毎晩夢にうなされてさ、こんなの絶対に変だよ!」

 ――全くもって、その通りだ。大丈夫な訳が無い。そんな事、僕が一番理解している。それでも。

「こら、夜中なんだから静かにしろ。お母さん達が起きるだろ」

「で、でも」

「いいから。兄ちゃんは平気だから、気にすんな。……おやすみ」

「兄ちゃん……」

 まだ何か言いたげな夏希をその場に残し、僕は自分の部屋へと戻った。


 日常が、侵食されていく。

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