誰がなんと言おうと、旦那様が好き!
そこそこいい家に生まれ、美貌にも恵まれ、それなりにちやほやされてきた私の嫁ぎ先が残念だと、世間からは同情を集めていた。
時々、「僕でよければお力になりますよ」なーんて言って近づいてくる女性におモテになる男性から声がかかるくらいだったが、私からしたらそんなことはどうでもいいのである。
そんな男たちに興味はない。
だって、ふくよかで、真っ白な肌で、15も年上で、年の割には髪が薄くて、イケメンじゃない私の旦那様が、世界でいちばんタイプの男性だからっ!!!
周囲からはどうやら醜いように見えるらしいが、私は一目惚れだったので、何も問題がない。
「旦那様、今日も大好きですっ!」
朝からずーっとその腕に引っ付いているのは、もはや日課だった。
「エリリーゼ、朝食が食べづらくないかい…?」
「お食事よりも旦那様と離れない方が大事なので!」
いつものようにその顔を見上げて言い切ると、いつものように困ったように笑われた。
うっ、笑うととても可愛いのが反則だわっ…!
「食事も大事だよ。君にはずっと元気でいてほしいもの」
「それは私だって、そうですわ!」
「ふふふ、それならちゃんとお食べ」
そう言って、私の皿のサラダを少量フォークで刺すと、私の口元まで運んでくれた。
私の口に入る量、気遣い、甘やかし。
「旦那様、好きです!」
「エリリーゼはいつもそう言ってくれるね。はい、あーん」
「だって世界でいちばん大好きなんですもの」
そう答えつつ、口を開けた。
結婚初日から腕に引っ付いて離れなかったので、旦那様はいつからか私に朝食は食べさせてくれるようになった。至福。
使用人たちも慣れたもので、ニコニコしている。
世間で評判の高い若い娘をもらって、旦那様が嫌がられないか心配していた使用人たちは、杞憂で終わったために、使用人が若奥様をとても慈しんでいるのは、ここだけの話。
これだけ好き好きアピールしているのに、旦那様はいまだに不思議そうにする。
「旦那様の好みのドレス、好みの化粧、好みの香り、どれを試しても効果なし!ああん、もうっ、次は何したらいいと思う?」
旦那様が仕事で家を出たあとは、すぐに使用人たちと作戦会議だ。
これももはや日課である。
「旦那様は、なぜこんなに奥様に好かれているのだろうと思っていますからねぇ…」
ふううと息をつく執事長に、私はわーっとクッションに顔を埋めた。
「だからっ、こんなに好きって言っているのにぃ!」
「それが旦那様からしたらよくわからないのでございましょう。旦那様は、女性に支持されにくいのも事実でしたし」
「唯一の伴侶の言うことくらい信じてくれてもいいじゃないのぉ!」
「それは、全くその通りなんですけどねぇ」
はああ、と全員のため息が漏れて、私はブンブンと首を振った。
「こうなったら、今日の夜会でもアピールするんだから!他の男性なんて、目に入らないと見せつけてやります!」
「頑張ってください、奥様!」
こうして、私は決意を新たにするのだった。
「エリリーゼ、お友達のところに行ってきてもいいんだよ…?」
「嫌です。旦那様のおそばがいいです」
「でも、ほら、…君が白い目でいられるのは本意じゃないし」
「夫婦なのに一緒にいない方が変です。旦那様は、私と不仲だと思われたいのですか?」
自分で言ったはいいものの、悲しくなった。
「えっ、本当にそうだったらどうしましょう。旦那様は私と仲良くなりたくないとか?こ、こんなに大好きなのに、嫌われるのはイヤです…。えっ、本当に離れた方がよろしかったですか?」
私がオロオロし始めた途端、旦那様の腕にかけていた手をギュッと握ってくれた。
「そんなことはない。エリリーゼがいいならいいんだ」
「…旦那様がいて欲しいわけではないのですね」
しょぼんと口を尖らせると、うっ、という声が聞こえた。
「エリリーゼは、僕に甘いよなぁ…」
甘いんじゃなくて、大好きなんですっ!
んもう〜、離れるのは寂しいアピールも通じなかったぁ!
こうなったら、嫉妬でもしてもらう!?
他の男に言い寄られているところを見せつける…、いや、だめね。
エリリーゼには僕以外が似合うよ、なんて言って、身を引かれるのがオチだわ。
そんなの、望んでない。
というか、旦那様は嫉妬とか、そういうのはしてくれなさそう。
私のことは、随分年下だからと甘やかしてくれているのだろうし。
はあ〜あ、前途多難。
「旦那様、化粧を直してきますわ」
「ああ、行っておいで」
そう言って、旦那様は穏やかに見送ってくれた。
その横顔がほっとしているように見えて、私は胸がチリリと痛んだ。
やっぱり、年下がお好きではないのかしら。
もしくは、体が気に入らないとか?
うわああん、今日のドレスだって、旦那様が前に褒めてくれたものに似せて作ってもらったのに。
今日も、敗戦かぁ…。
とか、ぶつぶつ思っていながら廊下を歩いていると、目の前に影が差して、足を止めた。
そこには、以前に求婚してきていた男性が立っていた。
旦那様と結婚する前の話だけれど。
「やあ、こんばんは。エリリーゼ嬢」
「…もう人妻ですので、そのように呼ぶのはお控えくださいませ」
「ああ、そうか。そうだよね、ごめんね」
人好きの笑顔で笑っているけれど、私はちーっともときめかない。
女性陣はきゃあきゃあいうのでしょうけれど、私、渋みのない若造、好きじゃないのよねぇ。
キラキラしているところも、居心地悪い。
旦那様だったら、そばにいてくれるだけで安心するのに。
しかも、勝手に名前で呼んでくるところが本当に嫌い。
そんな仲じゃないのに、旦那様に誤解されたらどうしてくれるのよ。
自分の願望を押し付けないでちょうだい。
…って、まんま私のことかしらね。
とにかく、早く旦那様のところへ戻りましょう。
「ねえ、エリ…、ユーバイツァ夫人。いつまで婚姻関係を続けるの?」
横をすり抜けた時、聞き捨てならないことを言われて、思わず振り返った。
「無礼ですよ。我がユーバイツァ家と旦那様に喧嘩を売っていらっしゃるのですか?」
「いや、違うよ。ただ、君が心配なんだ」
「あなたに心配されるようなことは、何一つございませんが」
「でも、君は結婚してからよくない噂しか聞かない。冷遇されているなんて話も聞くし」
本当に心配そうにしているから、こちらが同情してしまう。
そんなの、美女と野獣とか言って、人のことを扱き下ろしたい連中の戯言じゃない。
そんなことも区別がつかないなんて、おめでたいわね。
だから魅力に感じないのよ、あなた。
旦那様だったら、「言いたい人には言わせておくくらいがちょうどいいからね」と言って、相手にもしないのに。
そう、旦那様は何を言われても笑って受け流すだけだ。
どれも間に受けたりはしない。
だから、私の気持ちも、受け止めてもらいにくいというのに。
「ユーバイツァ夫人、僕に手伝えることがあるならなんでもするよ」
そうやって、もうとっくに結婚した相手に未練がましいところも最悪だ。
本人がそれをわかっていなさそうなところが、余計に苛つく。
やめてよ、そうやって縋ろうとするの。
振り向いてもらえないのに、追いかけようとするところ。
自分を見ているみたいで、嫌になるじゃない。
泣きそうになった時、その人に手首を掴まれて、ゾワッとした。
嫌っ!旦那様以外に触らないで…!
振り解こうとした時、今一番聞きたくて、聞きたくなかった声が後ろから響いてきた。
「エリリーゼ、どうかしたかい?」
「…っ」
どうして、今なのかしら。
こんなところ、見られたくなかった。
他の男に言い寄られて嫉妬させちゃう?なんて、一瞬でも考えるんじゃなかった…!
旦那様の方を見ると、珍しく硬い表情で私を見つめていた。
それから、ふくよかな体型をずんずんと揺らしながら、早足でこちらへと近づいてくる。
「私の妻に、何をしているのかな」
それは今までにないほどに低く、地を這うような声で、私は目を丸くする。
「貴公は、人の妻に手を出す趣味でもあるのかな?」
「そ、そんなんじゃ…!」
「今、この光景はそうとしか見えないが?」
そう言って、男の手首を掴んで、旦那様はギリギリと締め上げた。
普段、温厚な旦那様の怒っているところをはじめて見た…。
「その手を離したまえ」
旦那様にそう言われて、男は素直に手を離した。
私は解放されたのと同時に、旦那様に首に抱きついた。
はしたないけど、許してほしい。
「エリリーゼ…!?」
「……旦那様以外に触られた私を、許してくださいますか?」
「許すも何も…、君のせいじゃ」
旦那様の焦った声が聞こえてきて、手首だけが違和感に感じる。
「旦那様以外の人に触られるなんてイヤです…っ。最悪、早く帰って、お風呂に入りたい…」
泣きそうな声でしがみつくと、2人の息を呑む音が聞こえた。
ああ、もうっ、旦那様に好きってわかってもらうどころか、我儘で面倒な年下の女になっちゃったじゃない…!
でも、イヤなんだもん。
私が触ってほしいのは、旦那様だけだもん。
義務でもなんでもいいから、妻として扱ってくれる旦那様がいいんだからっ。
その柔らかい体に顔を埋めていると、旦那様が首に回している私の腕をそっと掴んだ。
あ、離されちゃう。
そう思った時、さっきまで掴まれていた手首を上書きするように、旦那様は優しく撫でてくれた。
「一人にして悪かったね。帰ろうか、エリリーゼ」
大事そうに何度も何度も撫でてくれるから、自然と頬が赤くなるのだった。
「旦那様、もっと触ってください。あんな人に触られたなんて、一生の不覚です。最悪です」
「彼はそこそこいい男という評判だけれどねぇ…」
「人妻にあんな態度をとってくる時点でありえません」
「それはそうだね」
旦那様は困ったように笑いながら、帰りの馬車の中もずっと手首に触れていてくれた。
ううう、どんな理由でもいい…!
旦那様からこんなにいっぱい触ってもらえるなんて!
あいつ大嫌いだったけど、許してないけど、でかしたわ!
「エリリーゼは、本当に僕のことが好きなんだねぇ…」
感慨深そうに言う旦那様に、私は思いっきり頷く。
「はい!大好きです!」
「もっといい男のところに嫁がせてあげられなくてごめんねと思ってきたんだけど」
「私が世界で魅力的に感じているのは、旦那様だけです!」
「ふふふ、そうみたいだねぇ。僕の奥さんにはどうやらそう見えているらしい」
旦那様は可笑しそうにくすくす笑いながら、私の方を向いた。
「ずっと不思議だったけれど、やっぱり今もそれがどうしてだかわからない」
「旦那様…」
「でも、わかる必要もなかったのかもね。だって、エリリーゼが僕のことを好きだという気持ちだけでよかったんだものね」
「私が好きだっていう気持ちを、いつまでもなんでだろうと思われるのは、寂しいです」
私が小さい声でそう言うと、やっぱり旦那様は困ったように笑った。
「そうだよね、ごめんねエリリーゼ。たくさん好きだと言ってくれてありがとう。僕も君に返せるように、これから努力していくよ」
「旦那様に好きだとわかってもらえれば、それで十分です」
「あれ、僕からの好きはいらなかったりする?」
とんでもない爆弾発言が飛んできた気がして、私は一瞬思考が停止した。
え、っと、今なんて?
「もしかして、一方的に好いている方が好みとかだったり…?」
「しませんっ!旦那様にも、私のこと好きになってほしいです!私、欲張りなのでっ!」
つい必死になってそう言うと、旦那様は優しく目を細めた。
「なら、よかった」
ううう、その笑顔が可愛くて、私は心臓が張り裂けそうですぅっ!!!
「旦那様、大好きです!」
私は、相変わらずその腕の中に飛び込むのだった。
了
お読みくださりありがとうございましたっ!
209日目。




