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雪華蛇の檻  作者: 三屋城 衣智子


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4/4

4、布下の雪華

 強張りを解いてやりたくて、思わず来華(きはな)の肩へと手をかけた。

 前を開けたブラウスがしどけなく落ちて、柔肌(やわはだ)があらわになる。

 そのあちこちに、擦り傷やミミズ腫れのような傷、キスマークのようなものが無数についていた。

 はっとした顔で青ざめた来華が、慌ててブラウスを羽織りなおし前を両手でぎゅっと握った。

「……なんだ、これ。どうしたんだよ……」

 聞かずにはいられなかった、話したくないだろうことへの気遣いは頭の中から消えていた。


 泣く。

 と、思った。

 来華が泣いてしまう、と。

 唇がわなないて、薄く開いては閉じて。

 眉間には苦悶の皺がよって、瞳は薄びらきのまま、下を向いて(うつむ)いている。

 けれど、ひと息吸って。

 ずっと誰かに言いたかったんだろう、堰を切ったように話し始めた。


 来華の家は新興宗教を生業にしていた。

 蛇神信仰を基にした独自の宗教。

 最初は慎ましやかにやっていたらしいが、段々と父親がのめり込んだらしい。

 何かをやらかして、元の場所に居られなくなってこの村にやってきたそうだ。

 来てしばらくは平和に、普通の家族のようにしていたらしい。

 けど父親はその間にもじわりじわり、じわりじわりと、町内会に入って信用を得たりして溶け込みながら、信仰を厚くしつつ、布教にも力を入れていたようで。

 来華が気づいた時には、母親がまずおかしくなっていたらしい。

 それは来華が体験したことから推測するのと、周りの話を合わせると、どうも父親が母親を神への供物にし村内外の信者に下げ続けていたからだった。

 父親がいつから父親でなくなったかは、来華にもよくわからなくて。

 ただ、母親は夜毎消えては朝になるとおかしくなるのを繰り返し続けて。

 そして衰弱の末亡くなった。


 おばさんの葬式のことは、俺も覚えている。

 棺に縋り付いて来華が泣きじゃくっていたから。

 冷たい雨が降っていて、大人たちが「まだお若いのに、病気ですって」などと口々に話していた。


「……次に供物にされたのは私だった。十八まで処女性が必要とかで、セックスはなかったけど……輝樹くんとも、その……」

「言わなくていい、大体わかった」

 これも痩せ我慢だ。

 ぶっ飛ばしてやりたい気持ちが沸々と湧いている。

 だけど今は来華の気持ちが落ち着くのと、どうすればいいかの糸口を考えるのが先だ、と思った。

 ……けどあいつ家に帰ったら一発分殴ってやる。


「そういや、来華の誕生日明日だったか」

「……うん」

「なんで、俺なの」

「……好き、だから」

「んなっ?! ちょ、おま、じゃあなんで」

「だってっ」


 今度こそ本当に来華は泣き出してしまった。

「本当は、私だって気持ち言いたかった。私もですって……でも、こんな状態じゃ、迷惑じゃない」


 高校三年の、三月。

 地元を離れるため、初恋が実るでも儚く終わるでもいいからと、来華に思いを告げていた。

 返事は「お兄ちゃんみたいな人から告られるとか、キモっ」という、なんとも鋭い切れ味で、実は帰った部屋のベッドの上で泣きじゃくった。

 泣きじゃくって、終わらせようとした俺の初恋だった。

 まさか両思いだったとは。


「時間、ないな」


 俺の言葉に、来華が少しの沈黙の後「だから今すぐ、抱いて欲しかったのに」と呟いた。

「おじさん……いるんだろ。その背徳感みたいな中で童貞捨てるのは、ちょっと。つか起きないの?」

「大量に睡眠薬飲ませたよ」

「え、それ大丈夫なのか」

「わかんないけど、もう多分、人じゃないし……」

「そっか……けど、じゃあやっぱ起きたらやばいんじゃ」

「多分……」


 俺は部屋の時計を見た。

 即座に計算をすると、来華の身だしなみを整え出す。


「達也……?」

「俺んち行くぞ」


 俺は家に着くなり来華に玄関で待つように言うと床が濡れるのも構わず家に上がり、居間で寝転び漫画を読んでいた輝樹を殴った。

「好きな奴いたぶってんじゃねーよ、男なら守れや」

「いてっ! はあっ?!」

 そしてすぐさま二階に上がって来華が着れそうな俺の服を見繕い、バックパックに入れると担いで階下へととって返す。

 そんな俺にお袋から声がかかった。

「ちょっと達也! お兄ちゃんなんだから弟を殴ったりしない!!」

「あー、教育的指導だからごめん。んで、俺ちょっとこれから戦ってくるわ。お袋も、できることなら戦えばいいんじゃね? じゃ。またいつか帰るわ」

「え、ちょ……達也?!」

 足早にお袋の脇をすり抜けて玄関へと向かう。

 廊下で、洗面所から出てくる親父に出くわした。

「帰ったのか」

「またすぐ出るけどな。親父、お袋泣かせんなよ」

「……もとより、私は香代子一筋だ」

「ったく、なんかの誤解かよ。それなら解いとけよな」

「……わかった。もう行くのか」

「逃げるが勝ちっぽいから、しばらく帰んねーわ」

「そうか。……気をつけろよ」

「ん」


 玄関からそんなやりとりを見ていた来華が、深く頭を下げた。

 親父も軽く頭を下げる。

 そんな来華の肩を叩いて、

「行こう」

 俺たちは連れ立って実家を後にした。


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