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雪華蛇の檻  作者: 三屋城 衣智子


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3/4

3、過去への訪問

 来華(きはな)の家は、俺の家からさらに奥まった坂の上にある。

 昔の土地持ちの屋敷だったのか、立派な門柱と門扉、その向こう側には親子三人で暮らすにはでかいんじゃないかという家屋が立っていて、白い漆喰の壁は冬になると雪の照り返しを受けてまばゆい。

 けれど周りを木に囲まれているからか、いつでも少しだけ薄暗い印象を受けた。


「遠慮せずに上がって」


 スリッパを出してくれながら来華が言う。

 俺は子供の頃ぶりの訪問に少し緊張しながら、気取られまいと何でもないように濡れた防寒着を脱ぎそのスリッパを履いた。


 昔ながらの家特有の、木と土と古い調度の匂いがする。

 玄関には前の持ち主が置いたままにしたのか年代物そうな木製の靴箱があって、その上には蛇の置物が飾ってあり、脇には雪のついたスコップが立てかけてあった。


「……なぁ」

「どうかした?」

「いや、なんでもない。お邪魔しまーす」


 長い廊下を案内され、応接間なのだろう床の間のある和室へと通された。

 昔、遊びに来ていた時は自室に通されていたから、この部屋を見るのは初めてだ。

 古い家なこともあるんだろう、床の間があり、掛け軸とやはり蛇のような置物が飾ってある。

 こちらは何というか、上半身が男で足が蛇のようになっているわりと新しげな木製のもので、正直なところ趣味が悪く感じた。

 机の上には既にお茶と菓子とおしぼりが置いてあった。


「誰か来てたのか?」

「ううん。呼ぶ前に準備しておいたの」

「ふーん」


 そこまでして俺を迎える意味がわからなくて、返事が適当になる。

 二人ほぼ同時に向かい合って座り、おしぼりを手に取った。


「こうして一緒にいるのも久しぶりだね」

「だな。昔は結構一緒に遊んでた気がするけど」

「いろいろ遊んだよね。庭木の刈り上げ競争とか」

「やったなぁ。確かテレビで見たんだよな色んな形にしてあるの。で、やろうぜってなって」


 用意してもらった菓子をつまんで食べながら、懐かしい光景を思い出す。


「おじさんに怒られたんだよね。庭師さんにしてもらったばっかりで、さらに刈り込んでめちゃくちゃになっちゃったから」


 来華がくすくすと笑ったあと、お茶をこくりと飲んだ。


「そういえば、覚えてる? 洞穴(ほらあな)。内緒で連れてってくれたことがあったじゃない」

「あったあった。森んとこの」


 バス停近くの森の、少し入り込んだところの崖の裏。

 とてもわかりにくいところにあったその洞穴は、上級生がみつけて、それぞれが色々なものを持ち寄って秘密基地にしていた。


「あれ、すごく嬉しかったんだよね、私」

「んなもん大したことじゃないだろ」


 突然言われて照れてしまい、受け答えがぶっきらぼうになる。


 あの頃。

 何故か来華は段々はぶられはじめていて、間を取りなそうとしても誰も耳を傾けてくれなくなっていた。

 そうして今振り返ってみると、決して嬉しがってもらえるようなことはしちゃいなかった、と思う。

 来華も大事で、だけど生まれた頃からの付き合いみたいな奴らも大事で、爪弾きにもされたくなくて。

 虐めたりはしなかったが、結局俺は、俺たちの集まりに来華も混ぜるのを諦めた。


「私には、とっても大したことだったよ」


 まっすぐな瞳が見つめてくる。

 思わず視線を逸らした。


「ね、なんで久しぶりに帰って来たの」

「あー。就活の報告」

「就職、決まったんだ。どこ?」

「あっちの会社」

「そか」


 沈黙が落ちる。

 ふと目の前の来華が、コートを脱いでないことに気が付いた。


「お前、何でコート脱いでないの」

「あ。そうだったね」


 何故かおぼつかない手元で、こわごわとでもいうように一つ一つ、ゆっくりとボタンを外していく。

 コートの中から現れたのは、高校の制服だった。


「今日部活でもあったのか?」


 大晦日に熱心なことだなぁと思いながら尋ねる。

 来華はさらにブレザーを脱ぎだし、机をまわって俺のそばへとにじり寄ってきた。


 近い。

 手があぐらを組んでいた太腿に置かれて、俺は思わず後ろに手をつき少しのけぞった。

 残っていた方の手が、スローモーションのようにブラウスのボタンを外していく。

 谷間、次に肌着はなくて、多分ブラジャーの縁飾り、が顔をだす。


「ねぇ、抱いて?」


 薄く色づいた唇が蠱惑的に動いた。

 ぶるりと背中が震えた。

 頭の中は沸騰している。

 閉じたままのボタン二つを残して、手が人差し指を先頭に俺の装甲薄いロングTシャツの胸元にやわく当たり、ゆるりとなぞり落ちた。

 あらぬところに熱が集中しはじめている。

 まずい。


 なけなしの理性を総動員して、俺は口を開いた。


「や……だよ。俺お前に振られたじゃないか。それに……」

「それに?」

「玄関のスコップ、あれ俺んちのだろ。輝樹(てるき)来てたんじゃねぇの? 弟の彼女に手ぇ出すほど困ってない」


 これは痩せ我慢だ。

 彼女なんていないし風俗なんて利用したこともないが、エロい意味でも兄弟になるのはごめんこうむりたかった。


「輝樹くんは、そういうんじゃないよ」

「なっ、でも輝樹は!!」

「しっ。大きな声出さないで、奥の部屋にいるお父さんが起きちゃう」

「いるのにやろうとしてたのかよ」

「薬で眠ってもらってるの」

「は?」

「だって。……じゃないと私があの人にやられちゃうから」

「なっ……な、なんでだよ父親だろ」

「でもそっか、ダメか。彼女できちゃったかな、東京だもんね……綺麗な人いっぱいだったろうしなー。じゃあさ、達也を私が食べていい? お父さんが言ってたの、力を持てば食べたものを私の中に取り込めるって。取り込めるなら出せると思うの。明日になったらさ、十八になるしお父さんが私を食べるって。あ、むしゃむしゃ食べるんじゃなくて、私に溜まった欲望の力? みたいなのをお腹から吸収して取り戻すって言ってたかな。私も処女が散れば人じゃなくなるんだって。だから私が食べて産んであげる、そしたらずっと一緒でしょう?」


 艶やかに微笑んではいるが、もう来華の目の焦点はあっていなくて。

 肩がカタカタと小刻みに震えていた。


『彼女に手を出しませんでしたか?』

 唐突に、昔、神社に迎えに来たおじさんに言われた言葉がよみがえった。

 そうだ、そうだった。

 変なこと言うおっさんだな、と思ったのに忘れていた。

『私の来華を守ってくれてありがとう』

 あれは、そういう。

 不甲斐なさに目の前が真っ赤になった。


 でも意味がわからない、もらわれっ子だなんて話聞いていない。

 来華のおじさんもおばさんも実の親だったはずだ。

 特におばさんなんて来華にそっくりで、よく「似てるでしょ、自慢の娘よ」と話していたのに。


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