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雪華蛇の檻  作者: 三屋城 衣智子


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2/5

2、記憶雪かき

「お、達坊(たつぼう)じゃねぇか!」


 いつの間にか実家に程近いところまで来ていたらしい、数軒どなりの吉田のじじいに声をかけられた。

 夜の前、最後の雪かきだろう。

 その手にはプラスチック製のスコップが握られている。


「雪かきお疲れ! ジジイなんだから体も労れよ」

「うるせぇ、まだまだ現役よぉ」


 言いつつじじいは自分の腰をトントンと叩いた。

 ふと見ると門柱(もんちゅう)のところに見慣れない、長めの紐か何かで作った輪のような、陶器のオブジェが下がっているのが見えた。


「なぁじじい、これ門柱にかけてると危なくね?」


 思わず手を伸ばす。


「それに触んじゃねぇ!!」


 怒鳴られ驚いてじじいの方を見る。

 けれどそこにはいつも通りの顔をしたじじいがいて、あの怒鳴り声はなんだったのかと混乱する。


「んなことより帰ってきたからにゃお前も明日っから精出せよ!」

「うげ」

「わはははははは」


 ひとしきり笑うと、吉田のじじいは雪かきを再開したらしかった。

 訳がわからないまま、考えるのをやめて明日の雪かきへと気持ちは移っていく。

 ざくっ、ぼふっという音がひたすら繰り返される。

 意識を向ければ、それはあちらこちらから永遠にも続くように聞こえていた。

 雪国の冬だ。


 立ち止まった俺の腕を、口を引き結んだ来華(きはな)がそっと引き寄せてきて我に帰る。

 コートの肘部分を摘んで(うなが)すようにそろりと歩き出した来華に合わせ、俺はゆっくりと雪を踏むのを再開したのだった。


 実家の少し前の分岐で来華と別れた。

 中学高校になるにつれなんとなしに出来た俺たちの暗黙は、まだ生きていたらしい。

 ただいま、と告げ開けた玄関扉の先には「遅い!」とげきを飛ばしてくる母親、という少々げんなりする現実が待っていた。

 大学生の息子が年末に帰ってきても、特段変わることのない夕食が俺を出迎える。


「見たわよあんた、まだあの子と付き合ってるの」


 ついでに、親兄弟のいらない口も、だ。


「お前、彼女出来たのか」

「父さん。母さんが言ってる付き合うっていうのはそういう意味じゃないよ、多分。だって兄貴モテないじゃん」


 弟の輝樹(てるき)が余計な口を挟む。


「うるせーな。そういうお前はどうなんだよ」

「俺は彼女いるもんね」


 高一にもなればそうか、と小学校卒業したての嬉しそうな笑顔が脳裏をよぎる。

 あれからそんなにも時間が経ったのか、と兄貴としての情の薄さに内心で苦笑した。


「私はあの子嫌いよ」


 鋭い声にお袋の方を見る。

 いつになく険しい顔で、それ以上何も言えずただ黙って作ってもらったご飯を平らげた。

 嫌い、という言葉が来華に対してだったのか輝樹の彼女へだったのかを、聞くことはできなかった。




 夢の中で声がする。

『信じる神様が違うだけでなんで一緒に遊べないんだよ!!』

 懐かしい。

 やっぱりお袋に何か言われた後だったと思う。

 反発して家を出て、来華を連れ去って村の神社のお社に隠れたことがあった。

 俺はとても憤慨していて、来華は戸惑っていたっけか。

 懐かしい、夢だ。

 あの時迎えに来た来華のおじさんに、なんて言われたっけ。

 確か……なんだったかな。

 懐かしい……。




「さっさと起きる! もう雪かき始まってるわよ」


 頭を(はた)かれて目が覚める。

 薄ぼんやりとした視界のはじで、母親の背中が部屋のドアをくぐるのが見えた。

 キッチンに降りていくと、明日の準備だろう重箱がダイニングテーブルの上に置いてあった。


 おにぎりに漬物、それと味噌汁をかっこんでもう一度部屋へ戻ると防水防寒着を着込んだ。

 玄関に残っていたスコップを持ち出ると、夜のうちにまた降ったんだろう、埋まるくらいの雪が積もっていた。

 それでも親父が避けたのか、玄関周りの雪は脇に積み重なっている。

 今は駐車場の雪かきをしているらしい。


「親父、輝樹は?」

「……彼女の家を手伝うと言って、出て行ったよ」


 一丁前にしやがって。

 俺はそんな弟への対抗心だの羨望だの恨みがましさだのの鬱憤(うっぷん)を晴らすべく、屋根の雪を落とすために梯子を探し除雪に精を出した。


 気づけば薄曇りの中、日が上に近くなっていた。

 少し前に輝樹がぐったりしながら帰ってきて、玄関へと吸い込まれていった。

 周りを見回すと、大部分の雪かきが終わっていて、疲れて家へと入ったのか親父の姿は見当たらなくなっている。


「こんなもんかな」


 玄関先で独り言ちた。


「お疲れ様」


 声をかけられた方を見ると、足元は昨日そのままに、コートがスカートの裾まで覆う長さに変わった来華が、門扉の前に立っていた。

 相変わらず寒そうだし、心なしか表情にちぢこまりがあるようにも感じた。


「おー、つっかれたわー。つかお前んとこ雪かきは?」

「もう終わった」

「そっか」


 少しの沈黙が落ちる。


「な、それ寒くねぇの」

「ふふっ、達也ってば相変わらずだね。寒いに決まってんじゃん? けど、女子の可愛いは気温との戦いなの」

「わかんねぇや」

「わかんないだろうねー。でも、わかんないからいいんだ」


 笑いながら、来華はさらにわからないことを言った。


「雪かき終わった?」

「ん? あー、もういいだろ、終わり終わり」

「軽いなぁ。おばさんに怒られない?」

「屋根はおろしたからいーの」


 俺は玄関へスコップを放り入れると、着替えてくるから待ってろと言った。


「そのままでいいからさ。今から、うちんち遊びに来ない?」

「え? ああ、まぁいいけど」


 戸惑いながら返事をする俺に、来華は、再開してとびきり一番の笑顔を見せた。


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