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雪華蛇の檻  作者: 三屋城 衣智子


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1/5

1、冷たい帰郷

 東京は(もろ)い。

 少し雪が降ったくらいで交通網に大打撃で、全ての移動手段はほぼストップしてしまう。


 大学三年の冬。

 それまでほとんど帰ることのなかった故郷に一度顔を出すことにしたのは、やっとの思いで就職先が決まったからだった。

 運悪くその移動日にかち合った寒波は、東京を白く染め、俺をどこにも行けなくしてしまった。

 そんなにいらつきもせずネカフェに腰を落ち着かせられたのは、心のどこかで、あの白く凍てついた場所に向かいたくなかったからかもしれなかった。


「……前に帰ったのは、いつだったかなぁ」


 目の前のパソコンを見るともなしに弄りながら出たのは、薄情なほどの言葉。

 実際、これまでに帰ったといえば、夏に一度か二度、それも一泊しかせずという体たらくなのだから記憶が薄れているのは無理もなかった。

 少し重たい気持ちに蓋をして、シャワーで疲れを癒した後は明日に備え寝ることにしたのだった。


 翌朝。

 なんとか運転を再開した新幹線に乗車した。

 車窓にはどこもかしこも雪だらけの景色が映るばかりで、目新しさはなくなっていた。


 故郷へは乗り換えが三度ある。

 新幹線から電車、電車から電車、電車からバスだ。

 乗り換えるほどに建物は段々とまばらに、家々の間には田園風景が増えていく。

 バスに乗る頃には、それは雪の積もった木々と道路脇にうずたかく積まれた雪の塊へと様変わりしていた。


 朝に出て、実家のある古鳴村(こなきそん)に着いたのは夕方前だった。

 降り立った停留所の待合小屋はまるで時を封じ込めたように、今にも崩れ落ちそうな建物がただそのボロさだけを更新して(たたず)んでいた。

 上京した頃と何も変わらず、むしろ悪化したようにも見えて……思わずため息が出た。


 どん。

 と、少し体が前に出るくらい背中を叩かれたと思えば、

「よっ、何辛気臭(しんきくさ)いため息ついてんの」という耳に懐かしい声がした。

 振り返ると田舎の村にしては珍しい金髪に近いほどの髪色と、首にぐるぐる巻きにされた渋赤のマフラー、きっちり上までとめられたショートコートと、その割になんの主張だかわからないミニスカ生足にブーツ、といういで立ちの腐れ縁が立っている。


来華(きはな)。寒くねーの、お前」

達也(たつや)、それ会話になってない」


 変わってないなその唐突さ、と笑う来華の表情が一気に俺の心をここへと引き戻したように感じた。


 停留所から離れようとした時、不意に声をかけられた。


「あれ? ひょっとして君?」


 見たところ、俺がいない間に越してきた住人なのか知らない顔の男。

 俺ではなくて来華へと、その視線は向かっている。


「知り合いか?」


 尋ねる俺を押し退けて、その男は来華の方へ近づくとその腰へと手をやった。

 何やってんだこいつ。


「ふうん。いいじゃん?」

「誰ですか、離してくださいっ」


 来華が身をよじる。

 見ていられなくてその手が離れるように間に割って入りながら、来華の体が遠ざかるように押し離した。


「失礼じゃないですか、突然」

「あ、ごめんごめん」


 薄ら笑いを浮かべ、片手を上げながら相手が遠ざかっていく。


「何だったんだあいつ。大丈夫だったか?」

「うん。ありがと」

「交番行った方がいいんじゃないか」

「人違いしたんじゃないかな。そんなんで交番行くのも手間だよ」


 それより早くいこ、と来華にせっつかれ歩き出した。


 実家へと、少し埋まる足もとを昔取った杵柄(きねづか)でずかずかと進める。


「荷物少なくない?」

 背中のバックパックを見て、来華がうろんげな目で指摘してきた。


「二泊して元旦の夜には帰るからな」


 隠すのもおかしな話だからと正直に告げると、その目は溢れんばかりに見開かれる。

 元々二重な上、今はおそらくマスカラか付けまつ毛でボリュームアップをしているのだろう瞳が、今にも落ちそうだ。


「そういえば、お前よくバス停で待てたな」

「連絡くれたじゃん」

「そうだったか?」


 幼稚園の年少組で引っ越してきた来華とは、家が近所で一家で挨拶にきて以来の付き合いだ。

 この辺りでは男女も年齢も関係なく遊ぶから、仲間の内の一人だったしよく話もしたと思う。

 一応俺の高校卒業時にメッセージアプリを交換してはいたが、そこまで色々話したか? と思い返す。

 が、上京してから格段に知り合いが増えやり取りも煩雑になり過ぎて、誰とどんなやり取りをしたかをよく覚えていなかった。

 きっと、その中に来華もいたんだろう。

 何人かにはいついつに帰るというようなことを、確かに連絡したような気もした。


 バス停から少し歩けば村唯一の商店がある。

 近くまで行くと、昔から変わらないおでんつゆの匂いが漂ってきた。


「な、寄っていかね?」

「いいよ」


 俺の提案に、来華は返事をしながら歩く方向を変えた。

 ののこバァが営む木村商店は、駄菓子屋とちょっとしたスーパーと酒屋と屋台が魔合体したような店だ。

 品物はちょっとずつ置いてあるだけだし広くはないから、普段から客はまばらで。

 ただ駄菓子の品揃えは割と豊富で、俺たち村の子供はおやつと言ったらここに来て何か買ってはイートインスペースで広げて食べていた。


「おっす! ののバァ生きてるかー」

「お迎えが遅刻してっからまだ居るよ」


 ドアをくぐると、ちょうど品出しをしていたらしく棚前に曲がった腰が見えた。


「ちびおでんひとつ頂戴(ちょうだい)。来華は何にする? 俺が(おご)ってやるよ」

「いいの?」

「奢った分だけ(うやま)ってくれたまえ」

「ののバァんとこの値段で恩着せられてもなぁ。けどまぁ、奢られてしんぜよう」


 俺の冗談に、胸をそらして威張りながら来華がノってきた。


「ののバァたい焼きちょーだい、クリーム」

「失礼な子たちだねぇ。客の立場だってこと感謝しな、アンタらが物買ってなくてアタシがスナイパーだったらズドンだよ全く」


 指をピストルの形にして憤慨(ふんがい)したあと、某漫画の三角丸四角のおでんを模した串を丁寧に盛り、保温庫からたい焼きを取り出すと、ののバァは「暑いから気をつけて食べな」と渡してくれた。

 大晦日だからか、他に客はいない。

 席を適当に決めて二人で腰を下ろした。


「いただきます」をどちらともなく口にする。


「一口ちょうだい」


 言うやいなや来華が俺のおでん串を持っている方の手を引き寄せて、かぷり、と一番上のこんにゃくを一口(かじ)った。


「間接キス」

「っな」

「なんちゃってー」


 俺が慌てふためく間にもさらにガブガブと齧りあげ、結局こんにゃくは間接するはずだった面ごと消失した。

 ぺろりと平らげた口から少しちろりと舌が覗いた後、唇がおでんのつゆと少しの脂っ気でつやりとてった。

 昔振られたはずなのに、もしかして気があるんじゃ……なんていう妄想をしかけて、やめた。

 目の前で「おいしー」と目を輝かせながらたい焼きも平らげている来華は、昔から数少ない友人の誰にでもこんな風に気安く接していた気がしたからだ。


 残りの玉子とちくわを食べきって、俺たちはののバァの商店を後にした。


 お久しぶりです!

 短編集へ収録しようと思っていたら、10000字を超えてしまったので連載形式にすることにしました。

 タイトルは「せっかじゃのおり」と読みます。

 私にしては珍しく、うっすら仄暗いお話ですが、打ち破らんとするお話でもあるかと思います。

 全5話となりますが、お楽しみいただけたら幸いです。

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