55:斥候式洗濯術
連日の厳しい訓練で、僕の服は泥と汗で見るも無惨な状態になっていた。それを見かねたのか、その日の朝、ダリウスは唐突にこう告げた。
「今日は休みだ」
初めて与えられた休息という言葉に、僕の心は一瞬、軽くなった。だが、ダリウスはすぐに続けた。
「溜まった洗濯物を片付けるぞ」
そう言って、彼自身の着替えと僕の服をひとまとめにして、僕の前にどさりと置いた。休息。けれど、僕の頭はすぐに切り替わった。これも斥候としての重要な訓練の一つに違いない。生活の全てが、修行なのだ。
「任せてください!」
僕は力強く宣言し、洗濯物の山を抱え、意気揚々と小川へ向かった。コダマが僕の肩の上で、不思議そうな顔をしている。
小川に着くと、僕はコダマに宣言した。
「コダマ。これはただの洗濯じゃない。僕が編み出した、最高の洗濯術を見せてやる。名付けて、『斥候式洗濯術』だ!」
コダマは僕の肩の上で、僕をじっと見つめている。きっと僕のやる気を応援しているのだろう。
「まずは、最適な拠点の選定だ」
僕は『風の声』に耳を合わせる。水の流れの速さ、川底の石の配置、水温、日当たりの角度による乾燥効率…。あらゆる情報を収集し、分析する。
「あそこの流れは濯ぎに最適だが、足場が悪い。こっちは日がよく当たるが、風が抜けにくい。…よし、あそこだ」
僕は、汚れを落とすための平らな岩、濯ぎに最適な水流、そして乾かすための日当たりの良い枝、その全てが揃った完璧な場所を見つけ出した。
「次は、汚れの分析と、それぞれに最適な洗浄法の選択だ」
僕は洗濯物を一枚一枚広げ、汚れを吟味する。
「この泥汚れは森の土だな。粒子が粗くて繊維の奥に入り込んでいる。まずは水流で表面の土を落としてから、繊維を傷つけないように、石鹸をつけた布で優しく叩き出すように洗うのが正解だ」
「こっちは汗染み。見えにくいが、放っておくと黄ば
みの元になる。これは、普通の石鹸じゃ落ちない。特別な灰を混ぜて作った石鹸で、染みの根を浮かせてから、ゆっくり揉み出す必要がある。熱い湯は絶対にだめだ。染みが布に焼き付いて、二度と取れなくなっちまうからな」
「この緑の染みは草の汁か。色素が強いから、下手に擦ると広がるだけだ。ここはまず、染みの周りから石鹸をつけて、汚れを布の中心に集めるように洗うのがコツなんだ」
「よし…これより、洗濯を開始する!」
僕は一枚一枚の汚れと向き合い、最適な方法で洗い上げていく。ダリウスに教わった体術の動きで無駄なく洗い、水音すら立てずに濯ぐ。小さな火を熾し湯を沸かす。
僕の動きに、洗濯という日常の営みは存在しない。そこにあるのは、斥候としての知識と技術を応用した、静かで、完璧な一連の動作だけだった。
そして、最後に残った最重要目標…ダリウスのパンツに取り掛かる。師の信頼に応えるため、これを完璧に洗い上げなければならない。僕は仕上げとして、川で最も流れの速い『激流ポイント』で最終的な濯ぎを行おうとした。
その瞬間だった。つるり、と僕の手が滑った。あろうことか、ダリウスのパンツはあっという間に激流に飲まれ、川下へと猛スピードで姿を消してしまった。
顔面が、さっと青くなる。僕は即座に任務を『洗濯』から『目標の追跡・回収』へと切り替えた。水の流れを読み、川岸に残された僅かな痕跡を追い、僕は斥候としての全能力をかけ、たった一枚のパンツを必死に追跡するのだった。
夕暮れ時。
ずぶ濡れで疲れ果てた僕が、なんとか回収したパンツを手に小屋へ戻ると、ダリウスは囲炉裏の前で、僕が先に洗い終えていた、ふかふかのシャツを畳んでいた。帰ってきた僕の様子を見た彼は、呆れるでもなく、怒るでもなく、ただ肩を震わせていた。
「…まあ、たまにはいい。斥候の技術をパンツ一枚のために使うこともあるだろう」




