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43:石が示す道

『音無し』との戦いを終え、僕は光る苔が照らす岩陰で休息を取っていた。眼の前の砂の上で熱と振動を放ち続ける不思議な石を眺めながら。

僕が『響晶石』と名付けたそれは水晶の結晶のように片方が尖っていて、特定の方向に成長したような形をしていた。


石の熱がようやく和らいだ頃、僕はカバンから別のものを取り出した。以前トカゲを解体した時に見つけた、あの奇妙な耳の器官だ。こちらは心の中で『振晶体』と名付けていた。布の上で二つを並べてみる。


一つは無機質な鉱物。もう一つは生物の器官。見た目は全く違う。けれど、共通点があった。どちらも、水晶のように半透明で、そして、生きているかのように、ごく微かに「振動」している。振晶体の振動は、まるで何かを受け流しているかのように穏やかだ。対して、響晶石の振動は、何かと共鳴しているかのように力強い。


「…トカゲの耳は、この土地の声をいなすためのもの。そして、こっちは、土地の声そのもの…コダマ、どう思う?」

『響晶石』に興味深く手を伸ばしていたコダマは、ちらりとこちらを見たが、またすぐに目の前の石に興味を戻した。コダマは『響晶石』を軽くつついたり、じっと触って振動を確かめているようだった。少し強くつついて、『響晶石』が向きを変える。するとコダマは驚いたように飛び退り、僕の方を見上げた。


(…ん?…)


見たところ、何か変化があったようには思えない。

僕はそっと手を伸ばして『響晶石』に触れてみた。


(…振動が変わっている…)

僕は『響晶石』を持ち上げ、手のひらの上でゆっくりと回転させてみた。すると、ある特定の向きで、石の振動が明らかに強いものに変わった。そこから向きを変えるとだんだんと振動が弱くなり、さっきと真逆の方向にした時が一番弱くなった。

この石は何かを指し示している。


「でかしたぞ! コダマ!」

僕の手のひらの上の『響晶石』を自分も見たいのか僕の体をよじ登って来ていたコダマに話しかけた。


強く脈打つ方角。それは、この広大なカルデラの中心部だった。

僕が「巨大な生き物」の心臓部だと推測する場所でもある。

そして、僕が本来進むべき東も、大まかにはそちらの方向だった。つまり、最短ルートは最も危険なルートでもあるということだ。


「さあ、どうするかな、コダマ」

手のひらまでたどり着いてまた、『響晶石』をつついているコダマにに話しかける。

「最短距離で危険地帯に突っ込むか、安全だけど遠回りをするか。君はどっちがいい?」

コダマはじっと僕を見ていた。どちらでもいい、僕に任せる、ということだろう。

「…そうか…だよな。僕だって、もうあんな不快な思いはごめんだ」


僕の旅は、ここから精密な航海に変わった。

まず、一旦南へとまっすぐ進路を取った。時々立ち止まって『響晶石』の振動を確かめる。荒野の中心方向を確かめると、同時にその時の振動が少し弱くなっているのを確認した。そこからもうしばらく歩き、更に振動が弱くなった場所で、僕は再び東へと向き直る。

しばらく東へ進み、響晶石の振動が再び強くなり始めたら、それは危険な中心部に近づいている証拠だ。僕はすぐに進路を南へと変え、石の振動が穏やかになるまで距離を取る。そして、また東へ。

中心という巨大な障害物を常に左手に見ながら、南へ、東へ、と直角に折れ曲がるように進む、それは遠回りな、しかし比較的安全な道のりだった。


とはいえ、脱出は容易ではなかった。まるで僕の意図を察したかのように、この土地の抵抗が激しくなっていく。カルデラの縁に近づくにつれて地形は険しくなり、そして何よりも、『音無し』の出現頻度が明らかに増していた。時には二体、三体と同時に現れ、僕の行く手を阻む。


「…歓迎されてるなあ、僕たち」

皮肉を口にしながらも、僕は冷静だった。巨大な生き物が、僕という『棘』を体外に排出しようと、最後の抵抗を見せているのだ。

僕は、これまでの経験の全てを総動員する。光る苔の安全地帯を渡り歩き、トカゲから学んだ地形の読み方を活かし、そして『音無し』の習性を利用して罠にかけ、一体ずつ排除し、確実に道を切り開いていった。


すでにまっすぐ東に向かって進んでも『響晶石』の振動は強くなることはない。光る苔の安全地帯を渡り歩き、トカゲから学んだ地形の読み方を活かし、そして『音無し』の習性を利用して罠にかけ、一体ずつ排除し、確実に荒野の縁へと道を切り開いていった。


カルデラの縁を登る最後の試練は体力との勝負だった。

僕は一歩、また一歩と上を目指す。何度も指が滑り、足場が崩れ、落下しそうになる。単純な作業に挫けそうになるたびに、懐のコダマの重みが、僕を現実に繋ぎ止めてくれた。

嘆きの荒野の横断は、渇きや『音無し』には悩まされたが、ほぼずっと平地だった。ギリギリの食料での生活によって、使われることが少なかった、肉体を上へと押しやる筋肉は衰えていた。

立ち止まっているだけで、脚がプルプルと震える。それでも、僕は上へ上へと進み続けた。


そして、ついに僕が崖の縁に手をかけた瞬間、奇跡が起きた。僕の頬を、数日ぶりに「風」が優しく撫でたのだ。


《…水牛がうんちの山を作ってる…とっても強い匂い…》


久しぶりに聞いた風の声。僕はほっとした。自然に笑顔が出た。

目の前には、今までとは違う緑の風景が広がっていた。

風の波が渡る草原。その向こうには小さく建物があるようだ。左手遠くには暗い緑の森がずっと先の山脈まで続いていた。


それから僕は、振り返って嘆きの荒野を眺めた。それはもう、ただの不気味な荒野ではなかった。

その広大な光景は、畏敬の念すら抱かせる巨大な生命体として、僕の目には映った。


「じゃあね」

僕は、また会うことがあるかどうかわからない存在に別れを告げた。


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