41:僕の推理
二匹目のトカゲの後を追うことで、僕の荒野での生存率は劇的に上がっていた。
トカゲが選ぶ道は常に安全で、その先には決まって光る苔の群生地、つまり水源があった。闇雲に光から光へと渡り歩いていた頃とは違い、その道のりには無駄がなく、僕の体力消耗は最小限に抑えられた。
最低限の安全と水分、そして食料を得たことで、僕の心には初めて、この土地の謎を解き明かしたいという探求心が芽生えていた。
この土地の謎は、大きく分けて二つある。
一つは、僕の体の芯に響き、過去の幻覚を見せる、あの不快な「振動」。
そしてもう一つは、僕という存在に反応して生まれ、僕を執拗に追い立てる、音のない巨人『音無し』だ。
この場所を生き残る師である、このトカゲを観察することでその答えに近づきそうな気がする。しかし、狩りで得た尻尾の肉も、ついに底をついてしまった。生きるためには、もう一度狩りを成功させなければならない。その相手が、僕をここまで導いてくれた師だとしても。
僕は師であるトカゲに、静かな感謝と謝罪を心の中で告げた。
これまでの観察で、僕はトカゲの習性を学び、コダマとの連携をさらに研ぎ澄ませることができた。
狩りは前回よりもずっと静かに、そして正確に行われた。今度こそ、僕は完全に獲物を仕留めることに成功した。
安堵と共に、僕は仕留めたトカゲを注意深く調べ始めた。どうしてこの生き物だけが、この過酷な環境で生きていけるのか?
その答えは、やはり耳にあった。ナイフで慎重に解体していくと、鼓膜の奥に、他の動物にはない奇妙な器官を見つけたのだ。それは、水晶のように半透明で、そこだけ切り離してもかすかに震えている、一対の小さな袋状の器官だった。僕にはそれが何かは分からない。
けれど、この器官こそが、僕を狂わせるあの不快な「振動」から、このトカゲを守っているのだと直感した。
その発見は、僕の思考に一つの確信をもたらした。
あの「振動」は、僕の精神が見せる幻覚などではない。
この土地に常に存在する、物理的な環境そのものなのだ。普通の生き物なら耐えられないほどの、強力な何かがこの環境にはある。だからこそ、トカゲはそれに対抗するための特別な器官を進化させたに違いない。
その夜、僕は焚き火の前で、もう一つの謎について深く考えていた。『音無し』だ。
振動がこの土地の「現象」なのと同じように、『音無し』もまた、この土地の「現象」の一部のはずだ。僕は、これまで観察してきた『音無し』の奇妙な生態を、頭の中で整理した。
第一に、『音無し』は僕が特定のエリアに侵入した時、僕の存在という『刺激』に反応してのみ、砂と岩から生まれる。
第二に、その姿は人間の形だがそれは僕の形を不格好に模倣している。腰や背中に妙な膨らみがあるのは僕の荷物も一緒に再現しているつもりなのだろう。
そして第三に、僕がその場を離れたり、光る苔の群生地に隠れたりして『刺激』がなくなると、まるで役目を終えたかのように、再び砂と岩に戻って消えてしまう。
(あれは、恒久的な生き物じゃない。僕という異物に対して発生する、一時的な現象なんだ…)
刺激に反応して現れ、刺激がなくなれば消える。その法則性に、僕は心当たりを覚えた。
僕は自分の手のひらに残る、古い傷跡に目を落とす。
(体に棘が刺されば、体はそれを押し出そうとする。傷口の周りが熱を持ち、異物を外へ追い出す。そして、棘がなくなれば、傷は元通りに治っていく…)
そうだ、これだ。
僕がこの土地にとっての『棘』で、『音無し』は、この土地が自分を治そうとして生み出した、一時的な力なのではないか。僕という異物を、外に押し出そうとするための。
だとしたら、『音無し』を生み出している、その『体』とは、一体何なんだ?
その考えに至った瞬間、僕の背筋をぞっとするような感覚が駆け抜けた。
僕を苦しめる不快な『振動』は、その巨大な体の『呼吸』や『脈動』なのではないか?
僕から『音無し』を遠ざける『光る苔』は、その体に共生する、何か別の生き物なのではないか?
そして、特殊な耳で振動から身を守るトカゲは、その体の上で生きることを許された、唯一の生き物なのではないか?
僕は立ち上がり、地平線の果てまで広がる広大な荒野を見渡した。そして、戦慄と共に、一つの仮説にたどり着く。
(この荒野は、呪われているんじゃない。この土地そのものが、一つの、巨大な生き物なんだ…)
この僕の壮大な推理に、頭の片隅で、またいつもの勘違い推理じゃないのか、という声が聞こえた気がしたが、なんとなく今回は合っているような気がしていた。




