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34:コダマとの二人旅

丘を一つ越えると、アルメの街の白い壁は、もう地平線の向こうに沈んで見えなくなっていた。

僕は一度だけ足を止め、来た道を振り返る。そこに広がっているのは、穏やかな起伏の草原と、どこまでも続く青い空だけだった。

リラとミーナの快活な笑い声も、市場の喧騒も、もう聞こえない。僕の耳に届くのは、乾いた草を踏む自分の足音と、肩の上で辺りをキョロキョロと見回しているコダマの気配だけだ。


久しぶりの、静かな旅路。それを望んだはずなのに、胸の内にぽっかりと空いた穴を、秋の風が通り過ぎていくような心許なさを感じていた。僕は小さく息を吐くと、再び前を向いて歩き始めた。


旅は、僕が思っていたよりも早く困難に直面した。

丸一日歩き続けてたどり着いた地図が示す川は、かつての面影もなく干上がり、太陽に焼かれた白い石を無数に晒している。水筒の中にまだ水は残っているが、もう飲みたい時に飲めるほどの余裕は無い。喉の渇きそのものよりも、この先も水が見つからなかったら、という想像が思考を鈍らせていく。


「……困ったな。川があると思い込んでた。」

僕は乾いた唇を舐め、川底だった場所に転がる岩に腰を下ろした。

肩の上のコダマも、心なしか元気がないように見える。

僕はもう一度目を閉じ、乾いた土の匂いを運ぶ「風の声」に耳を澄ませてみるが、聞こえてくるのはクスクス笑いのような囁きばかりだ。水のありかを示すような、意味のある声は拾えなかった。アルメでの暮らしで、少し感覚が鈍ってしまったのかもしれない。


その時だった。それまでじっとしていたコダマが、するりと僕の肩から降りて、眼の前の岩へと飛び移った。そして、まるで何かを確かめるように、小さな手のひらを岩の表面にぴたりとつける。

しばらくすると、また隣の岩へと飛び移り、同じように手のひらを当てた。


何をしているのだろう、と僕が見つめていると、コダマはまるで飛び石を渡る子供のように、岩から岩へとうろうろと歩き回っていた。その動きは、ただの気まぐれには見えなかった。

いくつかの岩を確かめた後、コダマはある一つの、特に大きな岩の上でぴたりと動きを止めた。そして、僕の方を振り返ると、その岩を「とん、とん」と強く叩いてみせた。


「……その岩が、どうかしたのか?」


コダマは僕の言葉に答える代わりに、岩の上からぴょんと飛び降りると、僕を手招きするように先へ進む。一つの岩に乗っては僕を待ち、また次の岩へと移っていく。その動きには、もう迷いがなかった。まるで、地面の下を流れる、目には見えない川の流れを辿っているかのようだ。


コダマに導かれるまま、僕は干上がった川底を十数メートルほど進んだ。そこは、小さな崖のようになっており、苔むした岩がいくつも積み重なっている場所だった。コダマはその崖の根元、枯れた羊歯の葉に隠れた岩の隙間を指し示している。


僕は半信半疑でその葉をかき分けた。すると、そこにあったのは、岩の裂け目。そして、その奥から、ほとんど音を立てずに、清らかな水がこんこんと湧き出していた。


「……すごいな、君は」

僕は驚きに目を見開いて、コダマを見る。風の声が届かない場所で、君は、岩の中を流れる水の声を、聞いていたのか。


僕は両手で水をすくって喉を潤した。冷たい水が、渇いた体に命を吹き込んでいく。その傍らで、コダマは誇らしげに胸を張っていた。僕はその小さな頭を、人差し指でそっと撫でた。


その夜、僕たちはその湧き水のそばで野宿をした。パチパチと音を立てて燃える焚き火の炎を見つめながら、僕はアルメでの日々を思い返していた。リラの焼いてくれたパンの味。ミーナの少しけたたましいけれど、心地の良い話し声。共に囲んだ、温かい食卓。

昔の僕にとって、孤独とは当たり前の空気のようなものだった。一人でいることに、何の感情もなかった。でも、今は違う。君たちがいない、ということなんだな。


賑やかさを知ってしまった後の静寂は、ただの静けさではなく、「不在」という名の音がする。その発見は、胸をちくりと刺すような切なさを伴っていた。けれど、決して深く刺さることはなかった。


僕はそっと、自分の隣で火にあたっているコダマを手のひらですくい上げる。石でできた体は、焚き火の熱を吸って、じんわりと温かい。

「……君がいる。だから、大丈夫だ」

僕はそう、自分に言い聞かせるように呟いた。確かな温もりを胸に、僕は静かな夜を過ごした。


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