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27:さくせん会議

(……静かだ)


昨夜、すべてを吐き出したせいか、今朝は少しだけ頭が軽かった。

窓から差し込む朝日が、床に落ちた僕の影を長く伸ばしている。


この旅を始めた時、僕はただ逃げていた。故郷を飲み込んだ濁流と、村人たちの憎悪から。僕に向けられた『化け物』という声なき声から。だから、誰とも関わらないと決めた。人の心は、僕にとって毒でしかなかったから。静かな場所で、誰にも聞かれず、誰の声も聞かずに生きていく。それが、僕にとっての唯一の救いだと思っていた。

風の声と道の声だけが、僕の世界のすべてだった。孤独は、僕を守るための盾だったんだ。


(……なのに、いつからだろうな)

アルメに来て、すべてが少しずつ変わってしまった。

リラの工房で、機械の部品たちが上げる小さな悲鳴に耳を澄ませた時。

ミーナの屈託のない笑顔に、忘れていたはずの温かい感情を思い出した時。

そして……コダマが目覚めてくれた時。


守るべきものができた。帰りたい場所ができた。だから、僕はもう一度、昔と同じ過ちを犯したんだ。

(また、一人で何とかしようとした)

故郷の村で、僕が『救世主』になろうとした時のように。昨日、あの採掘現場で、僕がたった一人で『正義』を成そうとした時のように。でもうまくいかない。僕の力なんて、剥き出しの暴力の前ではあまりに無力で、ただ苦痛を増幅させるだけの呪いでしかなかった。

(僕は、何も変わっていなかったんだ)


絶望しかけた僕を繋ぎ止めてくれたのは、リラとミーナだった。呪われたこの耳のことを、すべて話した。怖かった。また、あの時のように拒絶されるんじゃないかって。でも、二人は僕を受け入れてくれた。僕の弱さを、当たり前のように分かち合ってくれた。

「一人じゃ、どうしようもないんだ」と、震える声で絞り出したあの言葉は、僕がこの旅で初めて口にした、本当の心の声だったのかもしれない。

僕はそっと立ち上がり、窓の外を見つめた。その先にある、声の死んだ場所を。


コンコン、と控えめなノックの音がして、扉の向こうからミーナの元気な声が聞こえた。

「カイ兄ちゃん、起きてるー? リラ姉も呼んでるよ! 会議の時間だよ!」

そうだ。もう一人じゃない。怖い。もちろん、今も。でも、不思議と、あの時のような絶望はない。この呪いだと思っていた力は、今、仲間たちのための『目』であり『耳』なんだ。

僕が扉を開けると、ミーナはにっと笑って、僕の腕を引っ張った。

「さあ、行こう! まずは腹ごしらえして、それからサイラスさんをやっつける方法を考えるんだから!」


宿屋の一室。テーブルの上には、一枚の地図が広げられている。


「では、『アルメの水を取り戻せ大作戦』、第一回さくせん会議をはじめまーす!」


パン! と元気よくテーブルを叩いたのは、ミーナだった。昨夜のしんみりとした空気はどこへやら、彼女の目はキラキラと輝いている。その快活さが、僕たちの沈みがちだった心を無理やり引き上げてくれるようだった。


テーブルの中央に座らせてもらったコダマに向かって、ミーナはにこりと笑いかける。

「まずは議長さんからご挨拶を。ね、コダマちゃん!」

コダマはこてん、と不思議そうに首を傾げた。


「よし、議長さんの許可も出たところで! まずはカイ兄ちゃんから、敵の情報をぜーんぶ教えてもらおうかな! リラ姉はそれを聞いて、何かすごい道具でやっつける方法を考える! 私は……えーっと、応援と、情報収集がんばる!」


ミーナの勢いに、僕とリラは思わず顔を見合わせて苦笑した。でも、その明るさのおかげで、部屋の空気は重苦しさから一転し、前に進むための決意に満ちていた。

「……ありがとう、ミーナ」

僕が礼を言うと、リラも頷いた。

「そうね。じゃあカイ、あなたが昨日見たものを、全部詳しく教えてくれる?」

リラの目はもう感傷に浸ってはいない。技術者としての鋭い眼差しだ。


僕は頷き、昨日見た光景――堰の具体的な構造、傭兵たちの数や配置、そして彼らから感じた暴力的な『声』の質――を、冷静に、正確に二人に伝えた。僕が一人で見てきた戦場を、仲間と初めて共有する瞬間だった。

僕の話を聞きながら、リラは地図の上を指でなぞっていく。


「岩と丸太でできた、粗雑な堰……。カイ、この地図を見て。本来ここを流れる水の量は相当なものよ。もし、そんな杜撰な堰を考えなしに壊したら……最悪の場合、鉄砲水が起きて下流の村に被害が出てもおかしくない」

リラの指摘に、僕は息をのんだ。自分の怒りだけで動いていたら、新たな悲劇を生んでいたかもしれない。


「でも」とリラは続けた。

「あなたの話だと、堰の西側は大きな岩盤だったんでしょ。この地図の等高線と水流を見る限り……その付け根あたりは、地盤が少し脆いはず。もし、そこに正確な衝撃を与えられれば、堰だけを壊せるかもしれない」

正面からぶつかるのではない。戦闘ではなく、『破壊工作』。リラの言葉は、僕たちに現実的な道筋を示してくれた。


「なるほど! でも、その弱い場所に行くまでに、見つかっちゃ意味ないよね」

ミーナが、心配そうに言った。


その時、彼女は何かを思い出したようにポンと手を打った。

「あ、そうだ! 宿屋にいつも朝ごはんを食べに来る荷運びの兄ちゃんたちが、最近『上流の現場は警備が厳しくて嫌になる』ってグチってたよ! それに、夜にお酒を飲みに来る船乗りの人たちも、サイラスさんのところの傭兵はガラが悪いって噂してた! 私がそれとなく聞いてきてあげる! みんな、私には何でも話しちゃうんだから!」


得意げに胸を張るミーナ。彼女の日常と、誰とでもすぐに打ち解ける明るさが、僕たちにはない強力な武器だった。

これで、ピースは揃った。ミーナの情報で、傭兵が最も手薄になる「時間」を特定する。リラの分析で、堰を崩すための最も効果的な「場所」を絞り込む。そして、僕の能力で、その場所にある岩盤の最も脆い一点を「正確に」見つけ出し、最小限の力で破壊する。


一人では決して立てられなかった計画が、今、完成した。僕は、一人では感じることのできなかった、確かな希望と仲間への信頼を胸に、リラとミーナに深く頷いた。

(計画は決まった。でも、その成功率を少しでも上げるために、もう一つだけ、確かめておくべきことがある……)

僕は、傭兵たちが命懸けで守り、サイラスが執着する、あの鉱石そのものに隠された謎へと、意識を向けるのだった。


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