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プロローグ

昨日の予約投稿設定をミスっていました。かわりと言ってはなんですが、どこかのタイミングで差し込もうと思っていたカイが旅立つきっかけとなった事件のエピソードを、公開します。

本日20時には、通常のエピソードを投稿します。

僕の人生が変わってしまったのは、乾いた土と、善意と、そして村中のみんなから託された、ほんの少しの希望が原因だった。


僕の故郷は、谷間にひっそりと息づく小さな村だった。穏やかで、退屈で、そして何より、水がなければ生きていけない村。その夏、雨は一滴も降らなかった。畑はひび割れ、井戸は枯れ、人々は日に日に痩せ細っていく。誰もが、空を睨みつけてはため息をついていた。


その頃からだ。僕の耳に、奇妙な『声』が聞こえ始めたのは。

最初は、風の悪戯だと思っていた。遠くの街の噂話や、隣村の夫婦喧嘩。僕はそれを気味悪がりながらも、誰にも言えずにいた。


だが、干ばつが深刻になるにつれて、『声』は一つ、はっきりとした意志を持って僕に語りかけてくるようになった。それは、村の裏手にある山の、古い道が発する声だった。


《……水。もっと、深く。岩盤の下……冷たい、流れ……》


僕は怖かった。でも、それ以上に、村人たちの苦しむ顔を見るのが辛かった。


ある日、村の広場に集められた僕たちの前で、長老が苦渋の表情で告げた。

「このままでは、皆が干からびてしまう。……苦しい決断じゃが、この村を、捨てるしかない」

広場は静まり返り、すすり泣きが聞こえる。その絶望的な沈黙を破ったのは、僕だった。


「待ってください!」

僕は意を決して、長老の前に進み出た。自分の能力のことは言えない。でも、あの『声』が嘘をついているとは思えなかった。

「僕が、水を見つけます。この山のどこかに、まだ水はあるはずです。僕に任せてください」

突然の宣言に、村人たちは驚き、そして……藁にもすがる思いで、僕の言葉に賭けた。僕は、村の救世主として、みんなの希望を一身に背負い、たった一人で山へ向かった。


僕は道の『声』に耳をあわせた。

《……下……暴れる水……》

僕は言われた通り、崖の中腹にある巨大な岩に手を触れた。その瞬間、凄まじい量の情報が、濁流のように僕の魂になだれ込んできた。何百年、何千年という、この山の記憶。そして、岩盤の奥深くを流れる、巨大な地下水脈の轟音。


(すごい……本当に、あるんだ!)

僕は歓喜に打ち震えながら、その流れが最も地表に近い、岩盤の脆い一点を探し出した。そして、村から持ってきたつるはしを、そこに力任せに振り下ろした。


甲高い音が響き、つるはしの柄を通じて、岩の断末魔と、その奥で解放を待ちわびていた水脈の歓喜の咆哮が、直接僕の魂に叩きつけられた。


水は、僕が想像したような、優しい湧き水ではなかった。

轟音と共に、崖が崩れた。僕がこじ開けたのは、ただの穴ではなかった。抑えきれないほどの水圧に耐えていた、巨大なダムの栓だったのだ。


濁流が、僕の足元を洗い、谷間の村へと牙を剥いた。

僕にできたのは、ただ立ち尽くすことだけだった。木々がなぎ倒され、家々が紙屑のように流されていく。昨日まで僕に希望の眼差しを向けてくれた人々の、絶叫が聞こえる。

僕が聞いた山の声は、嘘ではなかった。でも、僕はその声の大きさを、その力の本当の意味を、何も分かっていなかった。


やがて、水が引いた。


僕の目の前に広がっていたのは、故郷の変わり果てた姿だった。そして、泥だらけで立ち尽くす生存者たちの、憎悪に満ちた瞳。


言葉よりも先に、彼らの心が僕になだれ込んできた。

裏切られたという憎しみが、熱い鉄のように僕の胸を焼いた。希望が絶望に変わった恐怖が、氷の針となって突き刺さる。


誰かが呟くのが聞こえた。

「……化け物」


その言葉が引き金だった。昨日まで僕に笑いかけてくれた小さな男の子が、震える手で拾い上げた石を、僕に向かって投げつけた。石は僕の額にかすり、熱い痛みが走る。だが、本当の痛みは、そこから始まった。


《……あいつのせいだ……》

《……お母さん……お母さん……》

《……村を、返せ……》


彼らが口にしなかった全ての感情――失われた家族への嘆き、未来への不安、そして僕への殺意にも似た憎悪――が、声なき『声』となって僕の魂を殴りつけた。僕は耳を塞いだが、無駄だった。『声』は、頭の中に直接響いてくる。


僕は、ただ、逃げ出した。

村人たちからじゃない。僕の中に流れ込み、僕を内側から破壊しようとする、彼らの感情の奔流から。


それが、僕の旅の始まりだった。


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