表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/56

第55話:そして、始まりへ


 最終封印炉が沈黙した。


 それは破壊でも、閉鎖でもなかった。

 魔無核は『循環核』として生まれ変わり、世界に新たな流れをもたらす装置となった。


 空間の歪みが晴れていく。

 崩壊しかけていた魔力の流れが整い、地脈が再構築されていく音が耳に届く。まるで、大地そのものが安堵の息を吐いたようだった。


「……終わった、のか?」


 俺が呟くと、隣でレイラが小さく笑った。


「ううん。たぶん、ここから始まるんだよ。全部」


 彼女の瞳は、もう迷っていなかった。

 封印鍵としてではなく、ひとりの人間として、自分の選んだ未来を見据えていた。


 振り返ると、セラフィナの姿はどこにもなかった。

 最後の術式にすべてを賭けた彼女は、その場に残っていた封印炉の残滓と共に消えていた。


「セラフィナ……」


 彼女が最後に言った言葉が、今も胸に残っている。


 「選ぶ資格がある者だけが、世界を変えるんだ」


 それが、彼女のたどり着いた答えだったのだろう。


 封印炉の最奥に残された魔術式が、静かに光を失っていく。


 ヴェルザンディの影も、そこにはもうなかった。


 だが、彼が何も残さなかったわけではない。


 記録装置には、彼の思想と計画、そして失敗の全容が克明に刻まれていた。

 魔力文明の再興。それは力の再分配ではなく、秩序の再定義を意味していた。


 「人間を制御可能な存在に進化させる」というその歪んだ理念は、けれど一部の者たちにとって“希望”だったことも、事実だった。


 でももう、それは終わった。


 人は、自らの意思で歩いていける。


 未来を、選べる。


       ***


 ――数年後。


 魔力とテクノロジーが融合した新たな都市が、アストラルド帝国の外縁に築かれていた。


 そこでは、魔導炉と再設計された循環核を用いたクリーンなエネルギーが普及し、かつて封印炉が担っていた魔力制御を代替していた。


 ゾルディス連合の領土は、統合政策によりアストラルド帝国の保護下に入り、一部は自治州として再編された。

 封印技術を悪用していた研究施設群はすべて凍結・解体され、過去の過ちを繰り返さぬための監視機構が設置された。


 敵対構造は終焉を迎え、新たな連携と共存の時代が始まっている。


 俺――ツバサ・ミナセは、その都市にある学術機関で、魔術理論の研究を続けている。


 召喚者の寿命は、通常の人間よりも著しく短い。

 発現からおよそ五年から十年。それが限界とされてきた。


 その原因である体内魔力の蓄積に対して、除去・安定化の技術が少しずつ明らかになりつつある。

 完全な解決には至っていないが、未来を繋ぐ希望として、多くの研究者が取り組んでいる。


 俺も、そのひとりだ。


 それと同時に、封印術そのものを教えることはしていない。

 だが、かつて世界を危機に陥れた魔無核という存在と、そこから人類が何を学んだのか――それを伝えることが、今の仕事だ。


「……あのとき、やっぱり君とじゃなきゃ無理だったんだな」


 誰にともなく呟いた声に、後ろから聞き慣れた声が返ってくる。


「え、なに? 今、詩人モードだった? それとも懐古おじさん?」


 レイラだった。


 彼女は今、帝国中枢にある魔導研究機関の特別顧問として、記録の管理と再設計プロジェクトを監督している。


「相変わらずうるさいな……でも、そうやって笑ってるお前を見てると、少し救われる」


「ふふん、もっと言っていいよ。ほら、『君のおかげで世界が救われた』って」


「お前のおかげじゃなくて、俺たちのおかげだろ。……バカ」


 夕焼けに染まる窓の外、かつて《トロイアの断層》があった方向には、新しい塔が建っている。


 その名も、「共鳴の塔」。


 双鍵が開いた未来を象徴するものとして、世界中の魔導士たちが集い、新たな知の集積が始まっていた。


 過去は封印しない。

 痛みも失敗も、すべて未来へ繋ぐ糧にする。


それが、俺たちが選んだ“始まり”だった。


 研究所の机には、レイラから届いた月折結が飾られている。

 渓谷に落下した俺を、あの瞬間に目覚めさせてくれた折り鶴だ。


 あのとき、読むことは出来なかった。

 そして今も、まだ開いていない。


 隣で俺の研究メモを覗き込むレイラが、ふいに笑う。

 その横顔が、まぶしかった。


 ――これを読むときは、決めている。


 俺たちが、この世界に来た意味を、ここで生きる価値を、自分の手で証明できたとき。

 そのときまでは、そっとしまっておこうと思っている。


 その瞬間は、もうすぐそこだ。


 未来が見える。

 レイラがいる。

 明日がある。


 だから俺は進む。

 この手で、今を築きながら。


 月折結の折り鶴を見つめ、俺は静かに、けれど確かに微笑んだ。



(終)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ