第52話:第三の封印炉 《トロイアの断層》
断層帯の深部へと続く魔導トンネルを、俺たちは黙って進んでいた。
空気が変わる。肌を刺すような微細な魔力の粒子。誰かに見られている感覚。ここが、最後の封印炉なのだと、身体の奥が告げている。
「ツバサ、あれ……!」
レイラが指差す先に、巨岩の裂け目から露出した魔無核の構造体が見えた。大地そのものに組み込まれた、複雑な魔導式。血管のような魔力ラインが脈打ち、地響きにも似た音を発している。
「これが……第三封印炉、《トロイアの断層》……」
俺の声に応えるように、空間が震えた。
そして、その中心に静かに立つ人影があった。
黒のローブに身を包み、背筋を伸ばしたその人物は、俺たちを一瞥すると、ゆっくりと口を開いた。
「よく来たな、ツバサ・ミナセ、レイラ・クロフト」
聞き慣れた声。しかし、今までのどんな対峙とも違う。重みがある。恐怖でも威圧でもなく、確信という名の圧力が、言葉そのものに宿っていた。
ヴェルザンディ――すべての計画の発案者。魔無核再興計画の中心人物だ。
「お前たちは、既に選ばれていた存在だ。ただ、それを拒む自由は与えられなかった。……私たちは、『選択肢を削ることで真理へ導く』方法論を取ったにすぎない」
ヴェルザンディの瞳は、何の迷いもなかった。
「お前は、人の自由意志を踏みにじった。それを導きと呼ぶのか?」
俺は詰め寄る。だが、ヴェルザンディは首を横に振る。
「踏みにじったとは思っていない。可能性を絞るという選別を行っただけだ。結果として、ツバサ・ミナセ、お前はここに立っている。自分の意志で」
「そんな詭弁で納得するかよ……!」
怒鳴った俺の横で、レイラが顔をしかめるように頭を押さえた。
「……また、記憶が……脳に、直接……何かが流れ込んでくる……!」
ヴェルザンディが手を上げると、封印炉のコアが脈動し始めた。周囲の空間が歪む。レイラの額に浮かぶ紋章が、淡く輝いた。
「やめろ……何をしてる……!」
「彼女の中に眠る“封印鍵”の情報を同期させている。忘れた記憶を、取り戻す段階だ」
レイラの瞳が、光を帯びて変質していく。
「レイラ……!」
呼びかけようとした瞬間、青白い閃光が走り、俺は吹き飛ばされた。壁際に叩きつけられ、意識が揺らぐ。
「ツバサ……!」
それはレイラの声ではなかった。
宙を滑るように、セラフィナの影が割り込んだ。彼女は魔導式を再構築し、暴走しかけたエネルギーを逸らした。
「今のうちに、離脱を。私は、ここで時間を稼ぐ」
「おい、無茶だ――!」
「ツバサ・ミナセ。お前たちには、選ぶ資格がある。私には……もう、それしか信じられるものが残っていない」
レイラの瞳から、涙がこぼれた。
記憶の奔流が、彼女の中で何かを変えようとしているのが分かる。
「私は……私が何者なのか、分かった気がする。私が“鍵”にされた理由。ツバサ、あなたの側にいた理由……」
「レイラ……!」
セラフィナが振り返らずに告げた。
「次に目覚めるとき、彼女は選ぶ存在になっている。双鍵の完全覚醒だ。……行け」
俺は、レイラの手を握った。
彼女の手は、微かに震えていたが、その指はしっかりと俺の手を握り返してきた。
「……まだ、終わってない。俺たちの意思で、終わらせるんだ」
ヴェルザンディは何も言わず、ただその場に立ち尽くしていた。
その背には、絶対的な静寂と、揺るがぬ理想の影が宿っていた。
だが、俺は知っている。その理想が、どれだけ多くのものを犠牲にしてきたかを。
それでも、まだ遅くはない。次で、すべてを決める。
(第4章 第53話へ続く)




