第49話:偽りの記憶 (Part 4)
セラフィナの視線が霧の奥に消え、ヴェルザンディの気配も薄れていく。
重い沈黙の中、俺たちは再び歩き出した。
あの場で戦っても、得られるものはなかった。力をぶつけ合えば、かえって大切なものを見失ってしまう気がしていた。
だが、器……? 俺たちが……?
頭の奥で、ヴェルザンディの言葉が何度も反響する。
封印炉心の脈動は止まり、次の場所、『セント=ガルス』へと導かれていくのは、もはや抗えない運命だった。
それでも、自分の足で向かうしかない。答えを探すために。
***
セント=ガルス遺構は、予想以上に荒れていた。
高地に位置するその地は、氷混じりの風が吹きすさび、白く濁った空がどこまでも重い。
崩れた石の回廊。破られた封印陣の痕跡。すべてが長い眠りから覚めかけているように見えた。
「ここが……次の封印炉心のある場所……」
レイラの声には、微かに怯えが混じっていた。
無理もない。彼女の身体の中には、あの『鍵』の片鱗が確かに宿っている。
「気をつけろ。何かいる」
俺は立ち止まり、霧の中を見渡した。武器はない。頼れるのは、己の勘と気配を読む力だけだ。
――ギギギ。
影は、『鍵』の存在を嗅ぎ分けるようにレイラのほうへとにじり寄る。
「駄目だ、このままじゃ……」
焦りで喉が焼けるようだ。
そのとき空気が、凍った。
「照準、展開。拘束結界、起動」
空気が張り詰め、一瞬で影の動きが止まった。
宙から降り立つように、白銀のローブが舞い降りる。
「えっ……セラフィナ!?」
俺とレイラは同時に声を上げた。
「誤解しないで。私が守るのは『鍵』の安定……お前たちじゃない」
冷たい声だった。けれど、その行動が俺たちを守ったのもまた事実だった。
「……まだ俺たちを、駒として扱う気か?」
「駒かどうかを決めるのは、お前自身の記憶だ」
セラフィナが静かに魔法陣を収束させると、拘束された影は淡く溶けていった。
「この遺構の奥には、かつて“星核炉”と呼ばれた封印がある。そこに触れれば……お前たちの過去が、目を覚ます」
「その記憶が、俺たちの“正体”ってことか」
「ええ。そして、それが世界の選択にも繋がる」
その言葉に、俺は小さく息をのんだ。
「セラフィナ、お前は……どこまで知ってる?」
彼女は目を伏せ、一言だけ残した。
「すべてを知っていたら、こんな選択はしなかったかもしれない」
風が吹いた。
その背中は遠く、けれどどこか痛々しかった。
氷のような静けさの中、俺たちはついに、真実の眠る遺構の扉を見上げていた。
(第4章 50話に続く)




