第46話:偽りの記憶 (Part 1)
【教会・祭壇裏の通路】
狭い通路の中、濡れた石壁をつたいながら、俺はレイラの身体を支えて歩いていた。
重たい空気が肺にまとわりつく。まるで、何かがこの場所を封じていたかのような――静かすぎる闇。
「レイラ、踏ん張れ。もうすぐ……外か、安全な場所に出られるはずだ」
そう口にしてみても、先が見えるわけじゃない。どこに繋がっているのかも分からない、真っ黒な闇の中だ。
レイラは力なく頷いたが、その瞳はまだ焦点を結んでいない。
「……知ってる気がする、この道……」
ふいに呟かれた言葉に、俺は足を止めた。
「知ってるって……? どういうことだ?」
「わかんない。ただ、懐かしい匂いがした気がするの。ここに入った瞬間から……胸がざわついてる」
そのときだった。
壁の奥、どこかから「音」がした。
かすかな振動。風でも、岩の崩れる音でもない。
もっと奥深く、地の底から響いてくるような、不気味な脈動――生きているものの、鼓動のような。
レイラの身体がぴたりと固まった。
「この音……聴いたことがある。すごく昔に……」
言いかけて、彼女は口をつぐんだ。
その瞳に浮かぶのは、混乱ではなく、恐怖。過去に触れてしまいそうな、触れてはいけない何かに気づいた目だった。
俺は咄嗟にレイラを背にかばい、右腕の魔導アームを構える。
「誰かが……いや、何かが呼んでる……。底のない穴に引きずられるような感覚だ」
そのとき、闇の奥から、淡く揺らめくような光が差し込んできた。
その光は誘うように、ゆらゆらと通路の奥へと消えていった。
「……幻覚か?」
いや、違う。
視界だけでなく、空気まで光に引きずられているような妙な感覚。皮膚がぞわりと粟立つ。
レイラは立ち止まったまま、唇をかすかに震わせていた。
「行かなきゃ……あの光の先に……何か、ある」
彼女の声は、どこか憑かれたような調子だった。
「レイラ……?」
俺は思わず呼び止めるが、彼女はふらりと先に歩き出した。自分の意思ではないものに導かれているかのように。
俺はすぐ後を追い、彼女の手を握る。
「ダメだ、一人で行くな。ここは……何かがおかしい」
しかしその瞬間――バチィンッ!
音もなく、何かが弾けた。
俺の視界がぐにゃりと歪み、足元の石床が光の粒となって砕けていく。
「くそっ、これは……!」
意識が引き裂かれるような感覚に襲われる。視界に、記憶とも夢ともつかない断片が、次々に流れ込んできた。
――緑に覆われた神殿。
――誰かが笑っている。
――剣を手に立つ、自分ではない“自分”。
眩暈の中、ふと見えたのは、封じられた石扉。そこに刻まれていたのは、見覚えのない紋章。
その中央に、レイラと同じ瞳の色が光っていた。
「レイラ……それ、お前……」
ようやく視界が戻ったとき、俺の目の前には、巨大な扉があった。
古びた石造りでありながら、生きているかのような圧力を放っている。
その扉の前で、レイラが静かに立っていた。ずっとそこにいたかのように。
「この扉の先に……私が誰だったか、答えがある気がする」
扉の前でレイラがそう呟いたとき、彼女の瞳に淡い光が宿った。
次の瞬間、扉の紋が静かに輝き始めた。
(第4章 第47話に続く)




