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第44話:罪と追撃 (Part 4)


 レイラは、硬直するツバサの背中を見つめていた。


 教会の祭壇を見つめたまま、ツバサは時が止まったように立ち尽くしていた。

 何かに縫い止められた人形のように、肩も指先もわずかに震えたまま動かない。


 その視線の先には、堕ちた天使の残骸。

 片目を開いたままのその存在が、静かにツバサに語りかけている。


「……また、来たのか……」


 聞こえてきた声は、深い井戸の底から響くような濁った音だった。

 意味を問うこともできず、レイラはただツバサの名を呼ぼうと唇を開いた。


「ツバサ……」


 しかし声にはならなかった。


 胸の奥が痛む。

 不安。焦燥。そして、理由のわからない恐れ。


 彼に近づこうと一歩足を踏み出した瞬間、視界がゆらりと歪んだ。

 光が、魔石のステンドグラスを通して、彼女の顔を照らす。

 そのときだった。


 見知らぬ天井。


 レイラの意識が、一瞬にして現実から引き剥がされた。


 夢ではなかった。だが、確かに「ここではないどこか」。

 そこは古びた木の壁と、窓から差し込む温かな光があふれる、粗末な部屋だった。


「……ここ……知ってる……」


 幼い自分が、ひとりぼっちで小さなベッドに座っている。

 声を出さずに泣いていた。

 あれは、孤児院。レイラが育った、あの場所。


 あの頃の私は、誰とも目を合わせなかった。

 名前を呼ばれるのが怖かった。忘れられている方が楽だった。

 でも、本当は誰かに「だいじょうぶ」って言ってほしかったんだ。


 ――なのに、

 私はその言葉をどう受け取っていいかも分からず、ただ黙ってうつむいていた。

 今ならあの声が、どれほど救いだったか分かるのに――。


 誰も自分の名前を呼ばなかった日々。

 ただ黙々と食器を洗い、他の子供たちと距離を取りながら過ごしていた少女時代。

 でも、その日だけは違った。


「……だいじょうぶ?」


 ひとりの少年がいた。

 彼女より少し年上。汚れた服、擦りむいた手。

 なのに、笑顔が妙にまぶしくて。


「……泣くと、つられちゃうよ、俺」


 その声。

 その目。


「……ツバサ……?」


 いや、違う。年も、服装も、声の質もツバサじゃない。

 でも、なぜか心が叫んでいた。『ツバサだ』って。

 忘れようとしても忘れられない、あの笑顔。


 風が吹いた。

 光が強くなり、記憶が途切れる。


 次の瞬間、レイラは再び、あの教会の冷たい空気の中に立っていた。


「っ……!」


 思わず息を呑んだ。

 心臓が早鐘を打つ。


「なに……今の……夢じゃない……でも……」


 ツバサが、少しだけこちらに振り返った。

 その目に、涙がにじんでいるように見えた。


 レイラは理解した。


 彼だけじゃない。

 自分も、この教会、この存在、この光……すべてに、何かを呼び起こされている。


 そしてそれは、「今ここで起きていること」だけじゃなく、

 もっとずっと前から、二人の間にあったものなのだと。


「……私たち……前にも、どこかで……会ってた……?」


 言葉にできない記憶の残響が、胸の奥を静かに震わせていた。

 それは運命そのものだったかのように――。



(第4章 第45話に続く)


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