第32話:裏切りと裏切り (Part 5)
レイラは空を見上げていた。
ときどき水平線に明かりが灯ったり消えたりしていたが、それが何なのかまでは分からなかった。
明滅する二つの光が、急下降したかと思ったら、次には急上昇していた。
けれど、もっと気がかりなことがあった。
今日も朝から聞き込みに回った。
そして、あるひとつの事実が判明したのだ。
夕方、とある家の前で落胆していると、耳の尖った優雅な女性が声をかけてきた。
「どうしたの? 気分でも悪いの?」
人間種、獣人、エルフ族が混在して暮らすゾルティス連合。
差別のないゾルディスは、レイラにとって居心地のいい場所だった。
召喚者だからといって、だれも奇異の目で見たりしない。
孤児院で過ごした日々、偏見と差別にさらされてきたレイラにとって、この世界は優しさと残酷さが交錯する場所だった。
そんな複雑な思いが胸に渦巻き、レイラの涙腺は今にも崩れそうだった。
「気分が悪いなら、うちで休んでいきなさい。ほら、いらっしゃい」
その一言をきっかけに、レイラは見ず知らずのエルフの女性の前で、恥ずかしさも忘れて大粒の涙を流してしまった。
「あらあら、どうしたの」
エルフの女性はレイラを優しく抱きしめ、自分の家に招き入れた。
そこでひとしきり涙を流したレイラは、胸の内をすべて話した。
自分が召喚者であること。
地球に戻れないこと。
ツバサとの手紙のこと。
峡谷で会ったこと。
そして、月折波のことまで。
黙って聞いてくれたエルフの女性は、レイラにこう尋ねた。
「レイラ、その紙、今もってる?」
レイラは小さく頷くと、くしゃくしゃになった紙を恥ずかしそうに手渡す。
エリスフェアは、笑顔で受け取ると、しばらくその紙を見ていた。
「月折波ね……。もう廃れてなくなったって思ってたわ。レイラが疑心暗鬼になるもの仕方ないわね」
そう言うと、「言葉で説明するより、見た方がいいかもね」と呟き、奥の部屋に行って、すぐに戻ってきた。
そして、手にした白い紙をテーブルに置いて、文字を書き始めた。
エルフ文字を知らないレイラには、はじめて見た日本語同様、全く分からなかった。
「あの、何を書いているんですか……エリスフェアさん」
「内容はね、今はいいのよ。問題は、これなの」
そう言って、冊子を取り出した。
エリスフェアさんは、その冊子を開き、あるページで指先を止めて、レイラに見せた。
最初こそレイラはきょとんするばかりで意味が分からなかったが、二つの紙に書かれた文字を見ているうちに気がついた。
「う、うそ!? まったく同じ文字が書かれている……」
「正解。これは月折波という魔紙。もともとは、相手と自分の覚書として使うのが正しい使い方だったんだけど。あるときから魔力で仕様が変わり、やり取りした手紙の内容が、この記録冊子に映し出される仕組みを考えた人がいたの」
「それって、知らない誰かが、二人の手紙の内容を知ることができるってことですよね?」
レイラは焦るように早口で投げかけた。
「悪用すれば、そうなるわね。理由は分からないけど……」
「……そうですか。ありがとうございます」
レイラは俯き、小さな声で答えた。
エリスフェアさんは、レイラの肩に軽く手を置くと、「ひどい目にあったわね。かわいそうに……でもね、レイラ。疑うより信じるほうがとても難しくて、困難なの。そのことは忘れないでね」と優しい声で伝えた。
そして最後に、一枚の紙をレイラに渡した。
「これは?」
「“月を結ぶ”と書いて月折結。これは、心と心をつなぐ紙でもあるのよ」
そう言って、話を続けた。
「月折波と同じように使える紙。でも、一枚しかないの。文通には、一通あれば十分でしょ? もちろん、私を信じてくれるなら、の話だけどね。……でも、レイラなら、きっと大丈夫」
レイラはエリスフェアさんの胸に飛び込んだ。そして何度もお礼を言って、帰りは手を振って別れた。
その紙が今、レイラの手元にあった。
たった一通の紙だけど、優しさの詰まった紙だった。
ふたたび、視線を前に向けたとき、遠く光っていた謎の光はもう見えなくなっていた。
その光が何だったのか、レイラにはまだ知る由もなかった――。
(第3章 第33話に続く)




