9 更紗 「things start moving」
(9)
カツカツ、カツ、カツカツ。…カツ……カツ。トントン。…、だめだ。
耳からイヤホンを取り出して、立ち上がる。
廊下に出て、受付の先生に「ちょっと電話してきます」と言って外に出た。瞬間に、冷たい風が体をすり抜けていって、上着を持ってこなかった事に軽く後悔する。
「さっむ。」
意味なく出てきてしまった自分を呪いながら、とりあえず駅の方に足を向けて動いていた。叡山電鉄と京阪の合流する出町柳駅はこの時間、学生と社会人で入り混じっている。
沢山のスーツ姿の社会人だったり、制服を着た学生、多分大学生だと思われる明るい髪の集団。沢山の人の流れを裂いて進むように駅に備え付けられたコンビニに入る。
コンビニに入ると聞きなれたcmソングと共に数多くの「今別に必要ではない商品達」が私を迎え入れる。何も買う物なんてないのに自然に私は飲み物のコーナーから、まだ余った水筒の中身など気にすることなく、ホッとレモンを引き抜いていた。
「138円になります。シールでよろしかったですか?」
初老の女性が流れるようにレジを打ち込んでいく。
「すいません、イートインでお願いします。」
「かしこまりました。では、141円になります。」
イートインスペースは道沿いの窓際にあった。1つのカウンターに4つの椅子が備え付けられており、そのすべてが別々の方向を向いていた。その内の一つに腰を掛ける。
『負けた奴は好きな女の子に告白する事!』
由奈とバス停で分かれて、駐輪場に置きっぱなしにした自転車を取りに行った時、省吾の姿が見えて、私は咄嗟に隠れてしまった。
体育館で、ネットを挟んで聞こえていた声も姿も、とても久しぶりなきがする。
――もう、どうでもいいと思ってたのになぁ。
見方のシュートがリングに嫌われる姿を見ながら、チラリと反対の男バスに目を向けていたあの頃は、それが嫌だった。自分は本当にどうしようもない人間なんだと思っていた。
体育館に行かなくなって、ネット越しに会うような機会もなくなって、そうしたらあんなに私の視界にいたはずの省吾は綺麗さっぱりと消え失せていた。多分そんな物なんだろうなと思った。こうやって、私の生活から徐々にそれが普通になっていって、そのうち心からもいなくなるんだと思っていた。
「はぁ。」
それにしても、どうして彼が一緒にいたんだろう。
あの瞬間、私が身を隠したのは省吾の事があったからだ。でも、それと同時に彼の隣にいた男子に見覚えがあったからだった。
――山田竜也。
ラグビー部だった人。
女バスで外周をしている時、よくグラウンドで1人で練習している所を見た。男子なのに髪の毛が長く、サイドもかなり上の方まで借り上げているので、その人相も相まって、悪い意味で目立っていた人だ。
そして――。
――省吾と仲良かったんだ。
忘れたい過去が、胸の中で広がって舌先がピリッとする。
「はぁ。」
深い溜息を吐いて、席を立つ。
だから、本当に偶然だった。
窓の外に彼がいた。
鞄を背負って、バーガーショップに入っていく山田竜也の姿がそこにはあった。
どうしてだろう、足は自然に動き出していた。