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1R 『流れ星』号

 ファンファーレが鳴り響き、歓声が沸く。蒸気機関(エンジン)に火を入れる合図だ。整列している他のマシンはもう火を入れたのだろうか。自分のマシン、『流れ星』号にも火を入れる。蒸気があたりに満ちていく。頭上の気球は膨らみ、今にも空を飛べそうだ。隣の青いマシンの細長い機体は最高速度を重視したものだろうか、とみていると操縦者と目が合った。そろそろだぞ、とでも言いたげに前方を顎でしゃくる。笛の音が響く。所定の高度まで上昇させる合図だ。上下の二段になるように高度は決められていて、『流れ星』号は上だ。今日は風が無いので地面に近い方が有利だろう、と実況の声がかすかに聞こえる。スタートのフラッグが振られ、鐘が鳴らされた。


 ()()()車を回し、バルブを開ける。バオン、と一気に解放された蒸気がクランクを回す。吹き出した蒸気は『流れ星』号をほんの少し押し出した。左右に大きく突き出して吊り下げたプロペラが回り始め、動力機構に問題が無いことを示す。プロペラは寝かせてあり、起こし具合で速度が調整できる。最も、蒸気機関ではあまり意味を成さないが。

「ふう……」

息を吐く。プロペラを一息に起こす。グン、と心地よい加速だ。思わず笑みがこぼれる。何度レースに出てもこの瞬間はいいものだ。前方には3機の先行機がいる。ついさっき隣にいた細い機体は先頭を突っ切っている。しかし、その差も少しずつ縮まっているようだ。

 このレースは2000mで折り返す全長4000mのレースだ。気球舟カテゴリの最高速度は時速200kmにも及ぶ。直線コースなら一瞬だろう。だからこその折り返しであり、技術と曲がり切れるだけの機体設計が必要だ。今でも、ギリギリでの折り返しを求めたがために、折り返しの目印の柱にぶつかる事故が起こる。

 柱が近づく。折り返しのために少しバルブを絞り速度を落とす。依然として前方には3機居るが、ただ1機を除き大きく減速している。あの細長いマシンは速度を落としていない。曲がり切れるのだろうか。いや、人の心配をしている場合ではない。

「旋回!!」

柱に差し掛かる前に右方のプロペラを寝かせる。左のプロペラだけで進もうとするため大きく右に曲がる。マシンは柱に向かう。『流れ星』号のプロペラは大きくせり出しているため幅の認識がしづらい。柱は迫ってくる。行ける、確信を持った。柱には当たらず復路へ差し掛かる。行けた、安心と闘志が湧き上がる。プロペラを起こし進路をまっすぐに取る。最大速度でぶっ飛ばす、それしか頭にない。絞ったバルブを開け放つ。蒸気の奔流はクランクを回し、後方に噴き出て『流れ星』号を前へと押し出す。ほぼ最大速度だ。後ろを振り返る。全機折り返したようだが、差がドンドン開いていく。一機を除いて。

「嘘だろ……いや、最高だ」

 迫る細い影、青い機体。グングンと差がなくなる。750mの表示が見える。速い。バルブに手をかける。負けたくない。500mの表示が風に溶ける。全開放(フルバースト)する。『流れ星』号は加速した。ゴールライン、手が届き、歓声と悲鳴が聞こえた。






 『流れ星』号は散った。一着はあの青く細長い機体の『剣魚(ソードフィッシュ)』号だった。全開放(フルバースト)でプロペラが耐え切れずに剥離し、ゴール直前で激しく失速した『流れ星』号は一着争いだったが除外判定を貰い、賞金は出なかった。むしろ、部品(パーツ)を飛散させる危険行為として罰金を食らってしまったのだ。罰金は払えたが、レースに挑むにはマシンの制作にも、改修にも足りない程度の金しか残らなかった。

「はぁ……」

 小さな町の整備場で溜息を積み上げている。片隅には『流れ星』号の気球以外がそのまま、プロペラが取れたまま置いてあった。来客があったことにも気づかないくらい、放心していた。

「あの、こんにちは」

「……え、あ、ああ、いらっしゃい。なにかご用で?」

あわてて立ち上がる。小さい町の小さい整備場だ。客はほとんどなかった。

「ええ。マシンを、直してほしくて」

見た所、来客者は小ぎれいななりをした紳士といった出で立ちで、ステッキと薄い鞄の他には何も持っていないようだった。

「ええ、構いませんが……マシンはどちらに?」

()()、です」

紳士は隅を顎でしゃくった。そこにあるのは、

「冗談でしょう?まさか……」

「『流れ星』、です。ええ、あの、直して……もらえます?」

『流れ星』に限らずレースマシンは故障したらそれまで、スクラップ行きの運命にある。修理されるマシンは余程の名機か、新造費用よりも修理費用がはるかに安く済む場合のみだ。『流れ星』はプロペラの損傷だが、開閉機構を備えているため修理費用も高額になる。

「いや、金がないんでね。冷やかしなら帰ってくれ。それに、」

言葉を切る。紳士の顔は真剣そのものだった。

「あなたには関係ないだろう?」

紳士は片方の眉を上げ、意外、とでも言いたげだった。

「本当に、そう、ですかね」

「ああ、ない」

きっぱり言い切った。『流れ星』号の関係者は自分一人だけだ。

「悔しく、ないんです、か」

「悔しいが、あれが限界だった、限界を、超えた」

「最後、」

紳士は声をほんの少し大きくしただけだが、効果があった。

「『流れ星』は、『剣魚』よりも先にゴールラインを、超えた」

「でも」

「私よりも、疾かった」

紳士は隣にいた『剣魚』の操縦者だった。

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