二人でお出かけ
北の大地アルベロンドは、広大な自然がどこまでも続く、そんな土地だ。
集落はいくつも点在しているが、店の集まる町は多くない。その中でも、ノヴァリス伯爵邸の程近くにあるデルイエロの町は、アルベロンドを代表する大きな町だった。
レンガ造りの建物が並ぶ町並みは、そのオレンジと雪の色合いが相まって絵画のような美しさである。
フィオレンティナはその景色に息をのみ、ゆっくりと馬から降りた。
「素晴らしいですわ……」
メイド服を諦めた彼女は、リリアンからモスグリーンのワンピースを借りていた。その上からモコモコとした防寒着を着込み、豊かな金髪はゆるく編み込まれて、更にふわふわとした帽子を被っている。
『フィオレンティナ・エルミーニ』だと気付かれないためにも、念には念を入れ、なるべく目立たぬような格好にしてきたつもりだ。
「うちに来る途中、ここへは立ち寄らなかったのか」
「ええ、無我夢中で。手前の町で一泊しまして、そこからはノヴァリス伯爵家へ直行いたしましたの。早くジルベルト様にお会いしたくて」
相変わらず、令嬢らしからぬ行動力だ。
王都からこのアルベロンドまでは、いくら急いでも半月はかかる。そんな距離を供も連れず、女一人で王都からここまでやって来たとは……無鉄砲にも程がある。
「無事だから良かったものの……旅をするなら誰か一人くらい、護衛を付けたほうが良い」
「旅ではありません。わたくしはノヴァリス伯爵家へ嫁ぎに来たのですわ」
「身一つで?」
「ええ。それに――わたくしに付いて来たい者なんて、おりませんもの」
(それは『性悪』だからなのか? それとも、王子から婚約破棄されたから――)
表情も変えることなく呟かれる寂しい言葉に、ジルベルトはなにも返事することが出来ない。
そんなジルベルトの心情を知ってか知らずか、フィオレンティナは黙ったまま先を歩き始めた。
二人は町の入口で馬を預け、リリアンから渡されたメモを片手に店という店をハシゴする。
服屋、雑貨屋、靴屋に化粧品店……そのほとんどが、ジルベルトにとってはじめて足を踏み入れる場所だった。
特に化粧品店は異世界だ。むせ返るような化粧品の匂いに圧倒されて、思わず外へ出たくなる。
「これは何に使うんだ?」
「この粉はブラシで頬にのせて、肌に輝きを与えるのですわ」
「成程。では、これは」
「目のキワにラインを引くのです。目がパッチリと大きく見えるんですのよ」
「そんなことまでやるのか……!?」
(化粧で目の大きさまで変わるとは……!)
つくづく、女性は未知の生き物だ。このようなことをしていては、支度に時間がかかる……というのも仕方がないと言える。
けれどフィオレンティナなんて、化粧など必要ないくらいではないか。現に今、彼女は化粧をしていないように見えるが、肌は陶器のように美しく、何もせずとも大きな瞳。
「フィオレンティナ嬢にも化粧は必要なのか」
「そうですわね……人前へ出る際には、お化粧しておりましたわ」
「今はしていないが?」
「実はあまり、お化粧が得意ではないのです」
フィオレンティナは、ごまかし笑いをしながら本音を打ち明ける。
「顔を覆う感覚が、少しだけ苦手ですの」
「大変だな、女というのは」
「でも……せっかくリリアンが気をきせてくれたのですから、いくつか選ばせていただきますわ」
そう言って、フィオレンティナは愛らしい色の口紅と、先程の粉を手に取った。どちらも、彼女によく似合いそうだ。
「リリアンがお化粧のことまで考えてくれたのが、わたくしはとても嬉しくて」
「……そうか」
フィオレンティナは身一つで馬に跨り、突然アルベロンドまでやって来た。ノヴァリス伯爵家にとっては招かれざる客だ。
着替えくらいは用意すべきかもしれないが、本来なら化粧まで面倒を見る義理はない。
しかしリリアンは、必需品として化粧品をリストアップした。それは貴族令嬢であるフィオレンティナの尊厳を守るためかもしれなかった。
「わたくし、リリアンのことが好きですわ」
「そうか……ここにいる間は、彼女を頼るといい。俺よりは力になってくれるだろう」
メイド服姿を楽しむフィオレンティナと、それを褒めちぎるリリアン。傍から見ると、まるで気のおけない姉と妹のようだった。
帰宅したら、リリアンには改めてフィオレンティナの身の回りのことを頼むことにしよう。フィオレンティナの嬉しげな顔を見ていたら、自然とそう思えてくる。
彼女が、いつまでいるかも分からないのに。