(おまけ)ひとりじめ
結婚後ssです。書きたくなったので書きました。
よろしければ…!
カーテンの隙間から、柔らかな朝日が漏れる。
二階の寝室。
一日が始まる前の、静かな時間。
小鳥の鳴き声が耳に届いて、ゆっくりとまぶたを開ければ――すぐそこに広がるのは波打つ金髪。
(フ……顔が埋もれている)
ふわふわとした金髪をそろりとめくり上げれば、砂糖菓子のように甘く可愛らしいフィオレンティナが寝息を立てていた。
彼女はジルベルトの脇に頭をのせて、まだ眠りから覚めないでいる。腕はしっかりとジルベルトに抱きついたままだ。
「……参ったな、これでは起き上がれない」
ジルベルトは頬を緩めたまま、そんな独り言を呟いた。なにも参ってはいないのに。
はなから起きる気などないジルベルトは、そのままフィオレンティナを抱き返した。
アルベロンドにも季節は巡り、待ちわびた春がやってきた。
『雪が溶けて春になったら――デルイエロの町で、結婚式を挙げたいですわ』
フィオレンティナの望み通り、無事にデルイエロの町で結婚式を挙げた二人は、皆から公認の夫婦となったのだった。
そしてようやく、堂々と寝起きを共にできるようになったのである。
フィオレンティナを、思う存分愛せる夜。
目が覚めれば、隣に彼女がいる夢のような朝。
結婚とはなんと素晴らしいのだろう。ジルベルトはこうして幸せを噛み締める日々を送っている。
(はー……起きたくない)
カーテン越しに、外は明るい。屋敷にも、使用人達の物音が響き出した。
となると、そろそろリリアンが起こしにやってくる。『お二人とも、起きてください。いい加減くっつき過ぎですよ』と、規則正しい生活を促しにやってくるのだ。
けれどジルベルトは起きたくなかった。フィオレンティナを抱きしめたまま、朝の時間に抗っている。
だって、新婚夫婦がくっつき過ぎで何が悪い。むしろこの時間くらい見逃してもらいたい。
そもそも、フィオレンティナを独り占めにできる時間など、この部屋の中くらいなのだ。
人気者の彼女は、屋敷にいても町にいても周りに人が群がってしまう。屋敷では使用人達に囲まれ、町では老若男女のアイドルとなり、庭であれば……と思っても犬や馬が寄ってくる。
二人きりの時間が、この寝室以外では皆無なのである。新婚であるというのに。
よって、ギリギリまでこうしていたい。
この時間が唯一、ジルベルトの独占欲を満たす貴重な時間であるのだった。腕の中にフィオレンティナを収めれば、実感が湧いてくるのだ。自分達は夫婦になったのだと。
(起きたくない……起きたくはない、が)
フィオレンティナは、今日も町へ行くと行っていた。日々練習を重ねている自作のパンを、町の子供達に振舞いたいらしい。
そんなことをすればまた彼女はさらに人気者となってしまう。けれど子供達に慕われる彼女を眺めているのもなかなか良いもので、ジルベルトとしては悩ましいところなのだ。
出かけるとなれば、フィオレンティナの支度に時間がかかる。リリアンが、服選びから化粧まであれこれこだわって準備をするものだから、その時間も考慮しなければならないのだ。
ただし、リリアンの手によって仕上がってくるフィオレンティナは、立ち上がって拍手を送りたくなるくらいに素晴らしい。ゆえに支度の時間は削れない。
(仕方がない……起きるか……)
たまにはリリアンが起こしに来る前に起きてやろう。
フィオレンティナの腕をそっと引き剥がすと、彼女が僅かに身じろぎをした。
そしてもう一度、剥がされた腕でしがみついてくる。
(……起きているのか?)
もう一度、フィオレンティナの腕を剥がしてみる。
するとまた彼女はしがみつく。
(これは起きているな……)
寝たフリをしたまま抱きつくフィオレンティナがもう辛抱できないくらいに可愛らしくて、ジルベルトは堪らず彼女にキスをした。
すると彼女も甘えるように、小さなキスを返してくれる。やはり起きていたらしい。
「フィオ、おはよう」
「……おはようございます、ジルベルト様」
「起きていただろう」
「目が覚めていただけですわ」
何度かキスを交わした後、彼女はジルベルトの胸に顔を埋めた。そしてすんすんとこちらの匂いを堪能すると、もう一度きつくしがみつく。
「もう、起きるんですの……?」
拗ねたように呟くフィオレンティナがそれはそれは可愛らしくて、ジルベルトはあっさりと考えを改めた。
「いや、起きない」
キッパリと言い切るジルベルトに、フィオレンティナは嬉しそうに微笑んだ。
この世の幸せを凝縮したような笑顔だ。
ベッドで繰り返されるキスに、朝の時間は溶かされていく。
リリアンの足音を感じる。ブラックの鳴き声も聞こえてくる。それでも、触れ合いのひとときを止めることは出来なくて。
彼女に振り回される日々は続いていく。
こうして迫り来る時間ぎりぎりまで、ジルベルトは甘い独り占めの時間を堪能するのだった。




