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雪原のプロポーズ


 住民達に銃口を向けられた王家の遣いは、「この件は上に報告する!」と捨て台詞を吐きながら逃げ帰っていった。


(報告でも何でもするがいい)

  

 上に報告されたところで、この土地への影響などたかが知れている。そもそも王家からの恩恵など、ほぼ無きに等しいものであったのだから。

 こちらとしては正当防衛をしたまでであって、また王家の遣いとやらが来るようであれば、再び全力で追い払うだけだ。フィオレンティナを守るためにも。

 

 奴等の姿が見えなくなったところで、住人達はやっと銃を下ろした。

 ジルベルトも同様に警戒を解くと、ようやく馬から飛び降りる。


「フィオ……なんともないか」

「は、はい。わたくし……なんと申し上げていいのか……」


 馬から降りたフィオレンティナはポロポロと大粒の涙を流しながら、ジルベルトにしがみついた。

 しゃくりあげながら上手く言葉が出ないフィオレンティナを、ジルベルトはその腕で抱きしめる。


「……この土地のことなら彼等より我々の方が有利だ。あの男達よりも先回りできて本当によかった」

「わたくし、目を疑いましたわ。まさか、ジルベルト様が追いかけてきて下さるなんて思いもしませんでしたもの……」


 男達は、『王家の遣い』とは名ばかりの下種(ゲス)であった。

 あのままフィオレンティナを連れ去られていたらと思うと、再び腸が煮えくり返りそうになる。

 

「あのような奴等について行くなど――もう、絶対にしないと約束してくれ」

「え、ええ。誓いますわ」

「絶対にだ」

 

 ジルベルトは念を押すと、フィオレンティナの頭を撫で、頬を撫で、背を撫でた。

 彼女の無事をこの手で確かめるように。

 

 撫でるたびに、彼女は目を嬉しそうに目を細めてくれる。ジャスミンを彷彿とさせるような愛しい表情が、ジルベルトの心を和ませた。


(……可愛らしい)

 

 彼女の瞳にはまだ涙が残っている。潤んだ瞳も、濡れた睫毛も、少し乾いた唇まで、そのすべてが可愛らしい。

  

 彼女のお陰で昂っていたものも幾分か落ち着き、喜びを噛み締めているところで――腕の中のフィオレンティナはひょこっと顔を上げ、おもむろに口を開いた。


 

「あの……ジルベルト様。お聞きしてもよろしいかしら」

「何だ?」

「わたくし達、いつ結婚しましたの?」


 期待に満ちた彼女の顔に、ジルベルトは凍りついた。

 

 そうだった。

 怒りで我を失っていた、というのは言い訳であるが、先程はフィオレンティナ本人に説明もないまま、彼女のことを勝手に『妻』扱いしてしまっていたのだ。

 彼女が期待するのも当然である。ジルベルトは慌てて頭を下げた。


「了承も取らず、すまない! 勝手にフィオのことを『妻』などと言った」

「いえ、構いませんわ。それこそがわたくしの望みですもの」

「しかし正確にいえば、君はまだフィオレンティナ・エルミーニだ」

「え……?」

「すぐにでも『妻』にしたいと思うが――つまり、まだ『妻』ではない」

「どういうことですの?」


 腕の中で、フィオレンティナは小さく首を傾げた。

 

 結婚証書まで用意された二人は、すぐにでも国の決めた方法で結婚することが出来る。

 しかし、フィオレンティナが用意した結婚証書は、まだノヴァリス伯爵家の屋敷にあった。

 ジルベルトが証書へ記名をして、そのあと教会へ提出して、受理されて――そうしてやっと、二人は夫婦となれるのだ。

 

「そうですの……わたくし、てっきりジルベルト様の妻になれたのかと思いましたわ」


 事情を理解したフィオレンティナは、しょんぼりと俯く。見るからに残念そうで胸が痛い。 

 ジルベルトはそんな彼女の前に跪くと、大切な宝物に触れるかのように美しい手を取った。


「結婚はする……が、その前に自分の言葉で求婚をしたい。君はずっと、言葉を伝えてくれていたのだから」

「ジルベルト様……」

「フィオ。俺はこのように鈍くて融通の効かない男だ。でも、君のことは生涯愛すると誓う」


 涙の止んだフィオレンティナの瞳に、再び涙が溜まっていく。



「どうか俺と結婚して欲しい」



 フィオレンティナは、今にもこぼれ落ちそうな涙を堪えながら、口をギュッと結び――何度も何度も大袈裟なくらいに頷いた。

 

「ええ……喜んで! わたくしも、ジルベルト様を生涯愛すと誓いますわ!」 

「お、おい……!」

 

 我慢の出来ないフィオレンティナは、ジルベルトに勢い良く飛びついた。

 

 不意打ちのことにバランスを崩したジルベルトは、フィオレンティナごとそのまま雪の上へと倒れ込む。

 雪まみれになりながらも、彼女が構わず抱きしめるから――あまりにも幸せで、嬉しくて、ジルベルトは笑いが止まらなくなってしまった。

 

「はは……! フィオ、俺はもう一生このままでもかまわない」

「まあ……!」


 いつに無く機嫌の良いジルベルトに、フィオレンティナが呆れている。

 そんな彼女も愛おしい。

 

「よく見たらジルベルト様、こんなにも薄着ですわ! 早く帰りませんと! 風邪を引いてしまいますわよ」

「こうしてフィオが温めてくれたら良い」

「ジ、ジルベルト様……! 」

「俺はずっとこうしていたい」

 

 幸せをかみ締めるジルベルトと、そんな彼の変化に戸惑うフィオレンティナ。

 二人を遠巻きに見守る住人達まで、幸せそうな笑みを浮かべる。


「ジルベルト様があんなに笑ってるなんて……!?」

「ジルベルト様おめでとう!」

「フィオレンティナ様おめでとう!」

「おめでとう!」「なんていい日だ!」


 どこからともなく、二人を祝福する拍手まで起こり始める。

 

 振り積もった雪に、通り過ぎでゆく冷たい風。

 あたりは凍えるほど寒いのに――その寒さを感じぬくらいあたたかな空気に包まれて。 

 一面真っ白なアルベロンドの雪原には、住民達による祝福が延々と響き渡ったのだった。

 

 

次話、完結となります(おそらく…)

投稿にお付き合い下さっていた皆様、本当にありがとうございました!

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