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狩人の瞳(フィオレンティナ)


「止まれ」


 ジルベルトの低い声が響いた。


 こちらへ向けられた目は見たこともないほど鋭く、猟銃をかまえたまま男達を睨みつけている。

 先日メリッサに向けられた怒りとは比べ物にならないくらいに、彼は静かで。それでいて気味が悪いくらいに落ち着いていた。

 

(ジルベルト様……なぜ、ここに)


 デルイエロの町の誰かが――メリッサが、彼に伝えたのだろうか。フィオレンティナとしては、黙ったままアルベロンドを去ってしまいたかったのに。

 

 理不尽に降りかかる火の粉から、ノヴァリス伯爵家とデルイエロの町を守りたかった。辛い思いをするのは自分ひとりで充分だった。

 けれどジルベルトがこのようなことをしてしまっては意味がないではないか。

 

 でも――


(嬉しいですわ……)


 ジルベルト様。ジルベルト様。

 名前を叫んで駆け寄って、抱きついてしまいたい。

 彼の姿を見ただけで、胸があたたかなものでいっぱいになっていく。

 真っ暗だった視界も、急に明かりを取り戻した気がした。

 

 この状況が危ないことに変わりはない。むしろ、ジルベルトにも危険が及んでしまっている。

 けれど、助けに来てくれたことがこんなにも嬉しいなんて。


「お前――まさか、ノヴァリス伯爵家のジルベルトか」

「そうだ。フィオレンティナをこちらへ帰せ」

「帰せ? フィオレンティナ様が帰るのは王都だ。こんな場所にもう用は無い」


 銃口を向けられているというのに、危機感のない男達ときたら相変わらずな態度でジルベルトを刺激する。

 そんな舐めた態度をとっているから――

 

「ひっ……!」


 ジルベルトから容赦なく放たれた銃弾が、男の髪をかすめた。白い雪の上に、千切れた髪がハラハラと落ちていく。


「な、何をする!」

「次は当てる。フィオレンティナを渡せ」


 ジルベルトはまったく動じることなく、淡々と銃に弾をこめる。カチャリと弾を押し込んで、『当てる』準備も整ってしまった。


「こ、こんなことをして許されると思っているのか! フィオレンティナ様はクラウディオ殿下の婚約者だ。お前のような田舎貴族に手が届くお方では無いのだぞ!」

「そんな彼女に、お前達は何をしようとしていた」


 ジルベルトは先程までの卑劣なやり取りを聞いていたようだった。

 ガチャリと、銃を握る手に力が籠る。


「それに、フィオレンティナは王子クラウディオの婚約者ではなどでは無い」

「婚約破棄を知っているのか。しかし、クラウディオ殿下は再びご婚約することを望んでいらっしゃる。これから王都に帰って、ご婚約を――」

「フィオレンティナは俺の妻だ。もう誰かと婚約することなど出来ない」

「は……?」


 

 俺の妻。男達は固まった。

 フィオレンティナ自身も耳を疑う。


(ど、どういうことですの……?)


「我々は結婚した。彼女はフィオレンティナ・ノヴァリスだ」 

「馬鹿馬鹿しい……そんなもの、どうとでもなる」 

「馬鹿馬鹿しくなど無い。国によって定められた方法で、合意をもって婚姻関係を結んでいる。それを覆すとでも言うのか、王子の一存だけで」


(国に定められた方法で……?)

  

 フィオレンティナは思い出した。エルミーニ侯爵家を飛び出る際に作った、婚約証書の存在を。

 あの時は無我夢中で、ノヴァリス伯爵家との縁談を両親に頼み込んだ。彼らも、フィオレンティナを王都から追い出したい一心ですぐに一式を用意した。正真正銘の婚約証書だ。

 確かにあれを提出してしまえば、すぐにでも夫婦となれる。


(もしかして、あれを使って下さったの……?)

 

「お前、勝手なことを……」

「勝手なのはどちらですの? 一方的に婚約破棄をしておいて、都合が悪くなったからまた婚約したいだなんて……王子のすることではありませんわ」


 フィオレンティナはやっと口を開いた。

 もう、なにを言っても怖くは無い。


「わたくしはこちらに残りますわ。王都になど帰りません」

「フィオレンティナ様……」

「だってわたくし、もうジルベルト様の妻ですもの」 

 

 周りを見渡してみれば、いつの間にか、男達を住民達が取り囲んでいた。駆けつけてくれたのだ、フィオレンティナを救うために。


「皆さま……」

「フィオレンティナ様、あの子が心配して待ってますよ。また町へ顔を見せてやってくださいな」


 あの子――とは、町を出る前に落ち合った少女のことだろうか。

 目の前であのような恐ろしい光景を目の当たりにして、さぞかし怖かったに違いない。


「あの少女は大丈夫でしたの……?」

「ええ。だってフィオレンティナ様が町を守ってくださったではないですか。悪いのはこの男どもです。二度と来られないように懲らしめてやらなければね」


 そう言うと、住民は男達に向かって銃口を向けた。よく見れば皆、猟銃を手にしている。


「ジルベルト様ほどではないですが、我々も銃の腕には自信があるのですよ。日々、獲物を仕留めておりますからね」


 周りを取り囲んだ住民達は皆、次々と銃をかまえた。


「お、お前達、このようなことをしてどうなるか分かっているのか……?」

「そちらこそ。『王子の命でやってきた男達が町を荒らしていった』と王に知れたら、あなた方はどうなるのでしょうね」


 住民の挑発に、男達は青ざめる。

 向けられた銃口の数は圧倒的で。あっという間に、形勢は逆転してしまった。

  

 


(皆様……ジルベルト様……)


「フィオ、来るんだ」


 銃を下ろしたジルベルトが、こちらを真っ直ぐに見つめている。

 どこまでも追いかけて来るような、そんな瞳がフィオレンティナを射抜く。


 つい先程まで、絶望の淵に立たされていたのに。

 彼の呼び声が信じられないくらいに嬉しくて、感情が間に合わなくて――動くことが出来ない。


 そばに行ってもいいのだろうか。

 こんなに、幸せなことがあっていいのだろうか。


「フィオ、おいで」


 ジルベルトの声が優しい。

 前世の記憶から刻み込まれた、愛しい声。


「ジルベルト様……!」


 堪えようとしても、涙は留まってくれそうにない。

 フィオレンティナは溢れる涙を我慢することなく、ジルベルトの元へと駆け寄った。

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