宝物
翌朝から、さっそくフィオレンティナの部屋作りが始まった。
主導するのは、メイドのリリアンだ。そして隣には、当たり前のようにエプロンを身につけたフィオレンティナが立っていた。
手には雑巾、足元にはバケツ。ふわふわの金髪は、例によって赤いリボンでまとめられている。
「フィオレンティナ様はやらなくていいってお伝えしたんですけど……『私もしたい』って、きかないんですよね」
「だってわたくしの部屋ですもの。わたくしもお掃除しませんと……!」
フィオレンティナは、この古ぼけた部屋がいたく気に入ったようだった。
昨日はデルイエロの町から家具職人まで呼んだわけだが、結局は彼女の意向を尊重し、ベッドもカーテンもそのまま部屋にあるものを利用することになっている。
家具職人に頼むものは鏡台だけになってしまった。けれど、それにも関わらず彼は「フィオレンティナ様にぴったりのものをご用意しますよ!」と良い笑顔で去っていった。性悪令嬢フィオレンティナ・エルミーニの素顔に出会えたことで、満足してくれたようである。
ジルベルトとしては、せめてあと絨毯だけでも新調させてくれとフィオレンティナに頼み込んでいるところだ。彼女は不服そうな顔をしているけれど。
「絨毯も、このままで構いませんのに……」
「フィオに、このような絨毯の上を歩かせるわけにはいかない。かなり傷んでいるだろう。あちこちに爪痕が――」
昔、この部屋に入り浸っていた愛犬ジャスミンは、絨毯をよくガリガリとやっていた。地面を掘って何かを隠したかったのか、それともただ遊んでいただけだったのか。
幼いジルベルトはジャスミンのやりたいようにやらせてしまっていたため、絨毯は薄くなったり、ほつれていたり……今見ると酷い有様である。
「それもジルベルト様の大切な思い出ではありませんの?」
「思い出も大事だが、ここで寝起きするのはフィオだからな……君を、あまりボロボロの部屋に住まわせたくは無い」
本当なら、ベッドもソファもテーブルも、すべてフィオレンティナのために買い替えたいくらいだった。自分の使っていたものを彼女に使わせるというのも、なんとなく気が引けている。
「それではジルベルト様、フィオ様、古い絨毯は剥がしてしまいましょう。床も磨きたいですし」
リリアン先導のもと、屋敷の男達が集められた。
男達は、部屋の中央にある大きなベッドをぐるりと取り囲む。
「えっ……皆さん……な、何をするつもりですの?」
「何を、ってフィオ様。ベッドを持ち上げませんと絨毯が剥がせないじゃないですか」
「まさかベッドを移動させますの!?」
「いいえ、持ち上げるだけですよ。皆さんいいですか、片側ずつ……せーの!」
「やめ――!」
なぜか妙に焦りを見せるフィオレンティナを尻目に、力自慢の男達はベッドを軽々と傾けた。
するとベッドの下からは、見慣れたものが現れる。
「あら……? ベッドの下にボールが」
そこには、ブラックが好みそうなボールが転がっていた。犬のための、軽く小さなボールだ。
しかし、これはブラックのものじゃ無い。
赤、青、緑――ころころと、ボールがみっつもよっつも、いつの間にかベッドの下に転がり込んでいたようだった。
(……いや、違うな。ボールが転がり込んだというよりは)
「これは……ジャスミンがここに隠していたな」
「ジャスミンって、ジルベルト様がまだ子供だった時に飼われていたとかいう犬ですか」
「ああ。ジャスミンはこの部屋に入り浸っていたからな。彼女も、ブラックと同じくボール遊びが好きだった」
どのボールにも、ジルベルトは見覚えがある。いつの間にか無くしたと思っていたボールばかりだった。
それがまさかベッドの下にあったなんて思いもしなかった。しかもジャスミンの手によって。
「……宝物だったのだろうな」
「宝物?」
「フィオが言っていた。犬にとって、慣れたボールは宝物であると。ジャスミンは宝物をここに隠したのかもしれない」
何故かずっと気まずそうに身を縮めていたフィオレンティナは、瞳をパチパチと瞬かせる。
「床をガリガリとしていたのも、宝物であるボールを埋めたかったんじゃないか」
「……その通りですわ。きっと、ここが一番、安全で安心な場所でしたから」
フィオレンティナは、まるでジャスミンの気持ちまで分かっているかのように頷いた。
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