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心配だから


 ジルベルトとリリアンは部屋の状態を確かめるため、さっそく二階奥の部屋へ向かった。


 子供部屋であったこの部屋に立入るのは何年ぶりだろう。扉を開けると、当時の思い出がありありとよみがえる。

 

 ここは、両親がジルベルトのためを思い用意した部屋だった。

 部屋の中央に立派なベッドが置かれ、備え付けられた本棚にはぎっしりと本が並んでいる。昔は、大きな収納棚に色とりどりの玩具まで揃っていた。


「懐かしいな……」

  

 今見ても、部屋の至るところから両親の強い愛情が感じられた。

 良かれと思って用意された立派な子供部屋であるが、当時のジルベルトは喜んだフリをしたことを覚えている。

 

 実を言うと、幼いジルベルトには広すぎた部屋だった。

 しかし優しい両親の手前寂しいとは言えず、部屋を与えられたその日から一人で眠ることになってしまって。

 

 心細くて、大きな窓からは毎夜のように月を見上げた。一人で寝るのが怖いときは、犬をこっそり招き入れて眠った。


(……おかげで、ジャスミンはよく懐いてくれたが)


 ジャスミンとはジルベルトが昔飼っていた大型犬だ。

 黄味がかったやさしいクリーム色の犬で、ブラックなどと同じくボール遊びが好きだった。寝る時まで一緒だったものだから、ほとんど一日中ジルベルトにべったりとくっついていた。

 その命に、終わりを迎えた時さえも。


(ジャスミン――)


 窓辺の白いカーテンも、ジャスミンと共に眠った大きなベッドも、処分されず手付かずのまま残されてある。

 


「ジルベルト様? どうかされました?」

「……ああ、子供の頃が懐かしくてボーッとしてしまった。すまない」

「そうですね、当時のまま置いてあるようですから……どういたしましょう? そちらのベッドも使えそうではありますが、客間のベッドをこちらに運びますか?」

「そうだな……どうせなら新調してもいいかもしれないが」

「カーテンもまだ綺麗ですけれど、フィオ様のお好みに合わせた変えたほうがいいでしょう」


 長らく空き部屋となっていたが、中は意外にもきれいな状態で保たれていた。修繕が必要かと心配していたのだが、家具を処分し、軽く掃除をすればなんとかなりそうである。

 

 まずは部屋が決まったことで一段落がついた。

 家具についてはフィオレンティナの好みもあるだろうから、彼女に確認を取りながら決めていった方が良いかもしれない――というのがジルベルトとリリアンの意見だ。


「そういえば、フィオはまだ帰らないな」

「まだブラックと遊んでいるのでしょうか?」


 彼女が外へ出たと聞いてから、ざっと一時間は経っていた。まだブラックと遊んでいてもおかしくはないが、今日もアルベロンドは相変わらずの寒さである。そろそろ引き上げても良い時間だ。


「私、お呼びしてきましょうか」

「かまわない。俺が探してこよう」


 


 ジルベルトはリリアンに断りをいれると、庭へフィオレンティナとブラックを探しに出た。

 彼等は外でフリスビー遊びをしているはずなのだ。

 

 しかし真っ白な庭は見渡す限りシンと静まり返っていて、誰の姿も見当たらない。


(すれ違いで、屋敷へ入ったか……?)


 外へ出る前に、リビングを覗くべきだったと後悔した。

 こうして外へ出てみると、指先が痛くなるほどの寒さである。フィオレンティナとブラックも、あまりの寒さに屋敷へ戻ったのかもしれない。


 ジルベルトは向かい風に俯きながら、来た道を戻った。

 ふと見下ろした足元の雪には、ブラックとフィオレンティナのものだと思われる足跡が残されている。

 

 彼女達は何度もフリスビー遊びを楽しんだのだろう、あまり動くことの無いフィオレンティナの足跡と、フリスビーをめがけて一直線に走るブラックの足跡が幾重にも重なっていた。


(――元気だな)

 

 足跡を見ただけで、彼女達の遊ぶ姿が想像できてしまう。あまりにも微笑ましくて、ジルベルトはフィオレンティナの足跡を追いかけた。

 

 その足跡は遊ぶにつれ、徐々に場所を変え――やがて屋敷の方向ではなく、門扉へ向かって伸びている。


「……?」 


 真新しい足跡はどう考えても今朝のものであり、大きさから考えてもフィオレンティナのブーツ跡で間違いなかった。

 

 ジルベルトはもう一度庭へと向き直り、その足跡を一歩一歩辿った。歩く度に屋敷からは遠ざかり、門扉へと近づいていく。


(何故だ?)


 この雪の中、ブラックと屋敷の外へ行こうとしたのだろうか? しかし、何の用があって?

 ザワつく胸を抑えながら、辿り着いたのはやはり門扉の前だった。足跡は、門扉の外まで続いている。

 

「一体、どこへ行こうと……」


 門を出て、ひたすら彼女の足跡を追った。

 小さな足跡は道から外れ、雪原を横切る。

 

 いつの間にか、ずいぶんと歩いてきてしまった。けれど足跡はまだ続いている。屋敷から離れれば離れるほど、ジルベルトの内に芽生えたざわめきは大きくなっていく。


(こんな雪の中、慣れない人間が一人きりで離れては危険なのだが)


 フィオレンティナはまだこの土地にやって来たばかりの人間だ。

 

 今は雪も止んでいるが、もし吹雪いてきたらどうする。屋敷がどちらか、方角が分からなくなったらどうする?

 

 不安が胸に広がっていく。けれど雪に足を取られ、思うように歩けない。気だけが焦って、ジルベルトは一心不乱に歩みを進めた。

 

 

 

 足跡を辿り、やがて行き着いたのは雪原にポツンと佇む大木のそばだった。そこには――


「あら! ジルベルト様?!」

「フィオ……」

「どうされたのですか? このようなところまで」


 木の陰から、鼻を真っ赤にしたフィオレンティナがひょっこり現れた。

 その足元では、やはりブラックも呑気に尻尾を振っている。

 

 突然現れたジルベルトに、彼女達はきょとんとしていた。なぜこんなところにまで現れたのかと、不思議そうな顔で。

 

 ジルベルトだけだ。

 彼女が突然姿を消して、こんなにも焦っていたのは――


 

「どうした、じゃないだろう!」


 思いのほか大きな声が出た。

 

 その瞬間、フィオレンティナの表情が凍りついた。

 ジルベルトからは聞いたこともないようなその声に、ブラックの尻尾もピタリと止まる。


「あ……」

 

(俺は、彼女に向かって、なんという大声で……)

 

 彼女達の反応を見て、やっとジルベルトも我に返った。

 自分自身が一番驚いている。

 なにをこんなに取り乱しているのかと。


「――すまない。心配したんだ」

「も、申し訳ありませんでしたわ……わたくしこそ、そんなに心配をおかけするなんて思いもしなくて」

「一人では危ない。屋敷を出るときは、ひと声かけてからにしてくれないか」

「ええ……」


 深呼吸をして気を静め、フィオレンティナの前に立つ。

 申し訳無さそうにうつむく彼女に、罪悪感が募る。


「……大声を出して、悪かった」


 狭量な自分が情けない。

 余裕のない心は、謝る以外の方法を知らなかった。

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