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『性悪令嬢』の記憶(フィオレンティナ)


『フィオレンティナ・エルミーニ。お前との婚約は破棄する!』 


 光り輝く大広間。貴族達が歓談を楽しんでいる最中(さなか)に、王子クラウディオの声が響いた。

 

 ツヤツヤとした黒髪に、少し頼りなさげな甘いマスク。しかしその美しい顔が、こちらに微笑みかけることは無い。

 婚約してから十年、いつしか口もきかなくなっていた彼は、いつも以上に冷たくフィオレンティナを見下していた。

 

 クラウディオの隣には、今にも泣き出しそうな顔で震えるマリエッタ・セルヴァ男爵令嬢の姿があった。

 肩上で切り揃えられた栗色の髪は動くたびにぷるぷると揺れて、彼女のか弱さを演出する。

 王子に肩を支えられ、やっとのことでこの場に立つ姿には、フィオレンティナから見ても庇護欲を掻き立てられるものがあった。

 

『お前は先日、心優しいマリエッタを階段から突き落としたそうだな』

『……わたくし、そのような事しておりませんわ』


 一応否定はするけれど、この場は一方的に責められて終わることになる――そのことを、初めからフィオレンティナは分かっていた。


 王子クラウディオも、近付いてくる男達も所詮マリエッタの操り人形。フィオレンティナが何を言っても無駄なのだ。


『嘘を言うな。現場を見た者もいる。それにマリエッタを害そうとしただけではない。王子の婚約者でありながら数多の男達を誑かし――』

『まったく身に覚えはございませんが』

  

 事実無根ではあるのだが、王子の婚約者である『性悪令嬢フィオレンティナ』は、悪事に悪事を重ねてきたらしい。


 このように大勢の前で断罪され、否定の言葉も届かないのであれば、もうこちらに打つ手はなかった。

 あの両親なら王族を敵に回すつもりは無いだろうし、王子に婚約破棄された可愛げの無い娘など見放すに違いない。


『今まで目を瞑ってきたが……こうなっては、もはやフィオレンティナを庇うことは出来ない。然るべき罰を受けてもらおうではないか』


(なにを仰るかと思えば……庇って下さったことなんて、一度だって無かったのではなくて?)


 こちらの気も知らず、得意気に話をすすめるクラウディオの声が疎ましい。

 しかし彼にとってフィオレンティナは、愛しのマリエッタを殺めようとした極悪人だ。長年、婚約関係にあったとしても到底許せるはずがなく――


『罰……ふふ、そんなにわたくしが邪魔ですのね。婚約はそちらから命じたものだというのに、勝手なおかた』

『な、何を言う……無礼な!』

  

 課せられるのは死刑だろうか。それとも幽閉だろうか。あるいは――

 なんにせよ、もう死んだって構わなかった。このように狭く苦しい王都に縛られた暮らしなど、まったく未練もないのだから。

 すべてを諦めたフィオレンティナはクラウディオを見据えたまま、その()とやらを言い渡される時を待った。

 しかし……

 

『お待ちください、クラウディオさま。どうかフィオレンティナさまをお許しくださいませ。私はこうして無事なのですし……』 


 マリエッタはクラウディオの袖をツンツンと引っ張り、可愛らしく訴えた。どうかフィオレンティナの罪を軽くしてくれと。

 

(えっ……なんですの? この女は)

 彼女はフィオレンティナを陥れた張本人であるはずなのに。


『マリエッタ……お前はなんて優しい女なのだろうな』

『私は、ただフィオレンティナさまが怖いだけ……お会いしたくないだけなのです』


 貧しい男爵令嬢であったマリエッタは、次期王妃の座を狙う野心の強い女だった。

フィオレンティナを陥れ、クラウディオの隣を手に入れた今、フィオレンティナの命なんてどうでも良いだけかもしれないが、どうやらフィオレンティナの命まで奪いたいわけではないらしい。


(わたくし……もしかして、これからはマリエッタに会わなくて済むのかしら?) 


 風向きが変わった。

 フィオレンティナの瞳に、希望が宿る。


『本来なら死を持って償うべき罪の数々……マリエッタの温情により、王都追放を以て償うべきものとする!』


 シンと静まり返った大広間に、クラウディオの声がこだました。


 



 

「――様、フィオ様」

 

 まぶたに光を感じて目を開けると、リリアンの顔が飛び込んできた。

 彼女はこちらを心配そうに覗き込んでいる。


「え……リリアン……?」

「おはようございますフィオ様。お休みのところすみません、心配でお声がけしてしまいました」

「わたくし、寝ていたの?」

「ええ、うなされながらお眠りでしたよ。なのにいきなり笑ったと思ったら、『はい、喜んで!』……って叫ぶものですから」

「そ、そうですのね……」


 フィオレンティナは夢を見ていたらしい。よりにもよって断罪されたあの日の夢を。


 王子クラウディオから王都追放を宣告されたあと、フィオレンティナは大喜びで王都を飛び出したのだった。


 両親へは『ノヴァリス伯爵家との縁談をお願いしたい』と最後の我儘を申し出れば、直ぐさま書状も用意された。

 断罪された娘など、早く厄介払いしたかったのだろう。『性悪令嬢』と揶揄されていた娘が素直に王都を去ったことで、エルミー二侯爵家は今ごろ胸を撫で下ろしているに違いない。

 

 金になるものは売り払い、馬に跨り、街を中継しながら、憧れの地であったアルベロンドをひたすら目指した。

 ただ、ジルベルトに会いたくて。

 


 こちらを見下ろすリリアンのキョトンとした顔に、思わずホッと胸をなで下ろした。

 夢は終わった。今が現実。ここはアルベロンドで、もうノヴァリス伯爵家の客間だ。


「良い夢ですか? それとも悪い夢だったのですか?」

「そうですわね……良い夢ではありませんでしたわ」

  

 最後はあの牢獄のような王都から開放されたのだから、悪い夢でもなかった気もするけれど。

 こうして熟睡したのは久しぶりだったかもしれない。窓の外を見上げてみれば、もう随分と日も高い。


「眠り過ぎましたわね……もうお昼近くになるんじゃありませんこと?」

「フィオ様はきっとお疲れだったのですよ。王都からずっと馬で移動されていたのでしょう? 一日中寝ていても良いくらいです。けど、心配ですからお食事くらいは召し上がるようにとジルベルト様が仰ってましたよ」

「ジルベルト様が、わたくしの心配をして下さっていたの……?」


(嬉しいですわ……!) 


 じわじわと、胸の奥から熱い気持ちが溢れてくる。

 こうしてジルベルトのことを考えると、熱いもので胸がいっぱいになって、居ても立っても居られなくなる。

 心配してくれているジルベルトに、早く会いたい。会って、この嬉しさを伝えたい。

 フィオレンティナはベッドから飛び起きた。

 

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