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ランプに照らされて

 フィオレンティナがそのままヘーゼルの様子を見に行くというので、ジルベルトも共に行くことにした。

 

 犬達のために暖められた小部屋では、毛布の上でヘーゼルが寝息を立てている。その身体へピッタリと寄り添うように、生まれたての子犬達も行儀よく並んでいた。

 

 生まれたのはブラックに似た黒い子犬が三匹と、ヘーゼルに似た茶色い子犬が二匹だ。今のところ、母子共に経過としては問題無さそうである。


「ふふ……ふにゃふにゃとして可愛らしいですわね」

「ああ。名はどうするか」


 ノヴァリス伯爵家では、馬や犬、生まれてきた動物には色に(ちな)んだ名をつけていた。黒だからブラック、茶色だからヘーゼル。単純だが、皆が覚えやすい。

 

 黒い名前と、茶色の名前――ジルベルトはしばらく考えたあと、隣のフィオレンティナを見下ろした。

 彼女は目を細めて子犬達を眺めている。本当に動物が好きなのだろう。

  

「君も名をつけてみるか」 

「えっ?」

「居合わせたのも何かの縁だろう。それに、君のおかげで出産も慌てずに済んだ。いわばヘーゼルにとって恩人のようなものだ」

「恩人……わたくしが……?」


 ヘーゼルの出産は、フィオレンティナの予言もあって準備も万端にして迎えることができた。これにはヘーゼルだけではなく、屋敷の者一同が感謝している。もちろん、ジルベルトも同じ気持ちだ。


「ブラックも、君にはとても懐いているようだ。どうか彼らの子に名を与えてはくれないか」

「まあ……光栄ですけれど良いのかしら……」


 フィオレンティナはしゃがみ込んだまま腕を組むと、目を閉じて考え込んだ。

『エルミーニの薔薇』が、生まれた子犬の名前を必死になって考えている。


 ジルベルトも一緒になってしゃがみ込み、隣からその様子を眺めた。

 小さく形良い唇が、ああでも無いこうでも無いと独り言を呟いている。犬の名前など軽い気持ちで付ける者も多いのに、フィオレンティナは実に真剣で。


「えらく真剣なのだな」

「だって……名付けられたら、この子達は一生その名で呼ばれますのよ。責任重大ですわ」


(こんなにも我が家の犬のことを考えてくれるとは……)

 

 犬を愛するジルベルトは、その真剣さに胸を打たれた。その一方、これほどまでに責任を感じさせてしまったことに心苦しくもある。


「そう悩むことも無い。君が呼びやすいと思う名前でかまわないんだ。何度も名を呼ばれることが、犬達にとっては一番嬉しい」

「そうですわね……では、この子」


 フィオレンティナは、一番端でスヤスヤと眠っている茶色の子犬を指差した。まだ目は開かないが、少々タレ目の優しげな顔の子犬だ。


「茶色いから『シナモン』、ではいかが?」

 

 茶色いからシナモン。

 色に(ちな)んだ名前だ。


 ジルベルトは一瞬、驚いた。 

(誰か彼女に、我が家の名付け方を教えたか……? それとも、単に偶然か?)

 

 ただ少し考えてみれば、我が家では黒い犬をそのままブラックと名付けているくらいだ。わざわざ教えなくとも、勘の良い彼女は名付け傾向を推しはかり、こちらに揃えてくれたのかもしれない。

 

「――いいな。分かりやすくて呼びやすい」 

「ふふ、決まりですわね……今日からあなたはシナモンですのよ」


 フィオレンティナは満足げな表情を浮かべると、子犬が起きないくらいに小さな声で、「シナモン」と呼びかけた。

 名付け親になったことが、相当嬉しかったようだ。

  

(……穏やかだ)

 柔らかな声に、情のあるあたたかい眼差し。ランプに照らされた彼女は、優しい表情に満ちていた。


 このような人間が、ゴシップ誌に書かれてあったようなことをするだろうか。

 

 そもそも、ファーストキスの責任を取れなんて無茶苦茶なことを言う令嬢が、男を誑かすことなど出来るだろうか。

 指輪ひとつ付けておらず、化粧品を買うにも遠慮するような人間が、男達の財産に執着していただろうか。

 そして、マリエッタ・セルヴァの命を狙ったとかいう、あのことも。目の前で柔らかく微笑む彼女が、人を殺めるようなこと出来るだろうか――

 

(それとも……激情に駆られるほど、クラウディオ王子のことを好いていたのか……?)


「な、なんですの?」


 ジルベルトは、無意識にフィオレンティナのことを見つめていたらしい。

 見つめられた彼女は、赤い顔をして狼狽えている。


「……いや、すまない」 


(本当に、君は『性悪令嬢フィオレンティナ・エルミーニ』なのか?)

 

 いっそ、本人に聞いてしまおうか。

 あの記事に書かれてあるのは本当のことなのか。


「君は――」

「……もしかして、ジルベルト様もそろそろ眠くなりまして? 実はわたくしもですの。ずっとこの子達についていたいくらいですけれど……」


 ジルベルトが口を開いたちょうどその時、二人の声が重なった。

 よく見れば彼女の瞼はとろんとしていて、眠気をこらえているようにも見える。

 

(眠くて当然か……)

 彼女は身一つで馬に跨り、王都から遠路はるばるやって来た。

 到着したその日は、夜通しヘーゼルの出産を見届けて、翌朝はブラックの遊び相手にもなり、そのあと街へ買い出しに出かけて、それに……


「君には無理をさせたな。もう寝ることにしよう」 

「無理などしておりませんわ。でも、なんだか無性に眠くて……」 

「身体が限界を迎えているのだろう。部屋でゆっくり休むといい」


 【王都追放】――

 王都を離れ、やっと身を置く場所ができたことで、張りつめていた気持ちが緩んだのかもしれない。

 

 ジルベルトは彼女の背を支えると、共に小部屋を後にした。


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