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第25話 憤怒の使徒

 衝突地点から半径およそ10mの範囲が球状に消し飛んでいる。それを見たレイと少女が初めにとった行動は……相手に仕掛けること。


 半球状の穴を月華げっかが照らす。そこを領域の区切りとした攻防が始まった。


 少女は炎の鳥や水の龍、風の虎を生み出してレイにけしかける。それを避け、時にはどこからか現れた黒い大鎌で斬りつけながら、月華に照らされる半球状の穴の奥にいる少女に向かっていく。


 だが、そう簡単にはいかない。上空からレイの頭より一回り大きい岩が何個も降ってくる。また、前方からは炎の槍に風の鎌などの様々な魔法が飛来してくるので、防御するのに専念しなければならなくなった。


 三体の魔法によって生み出された獣と、絶え間なく飛んでくる魔法攻撃に対応するのは難しくない。しかし、目指す場所に向かいながらだと難易度は跳ね上がる。


 こちらから攻撃しようかと考えるレイだが、すぐにその案を却下した。


 少女は周囲に障壁らしきものを張っているため、こちらから攻撃するのは得策ではないからだろう。


 ……あの障壁さえ破ればこの場所からでも終わらせられることが分かっていながら、実行に移すことができないのが焦ったい。


 だが、破るには接近しなければならないので結局は向かわなければならない……という終わることのない連鎖が発生してしまう。


 現在の中途半端な状態ではすぐに終わらせることが叶うわけがないので、色々と考えを巡らせているが、良い案が思い浮かばない。


 それは少女の方も同じだった。このままだとジリ貧になるだけだと分かっていながらも打開策が見つからないのだから。


 こうして両者が拮抗しているうちに、どんどん時間が過ぎていく。このままだと、レイはタイムリミットがやってきて詰んでしまう。


 そうならないためにも早く終わらせなければ……。


(私の実力はこんなものなのか? 至上の器を与えられていても?)


 器が未だに欠陥品のままだという事実を認めたくない銀髪紅眼の少年(レイ)は、このような事態になっているのは己の実力ちから不足だという誤った認識をする。


 レイは、その思考こそが打開策を見つけられない原因の一つになっていることを気づかない。故に、「詰み」へと向かっていく。


 そんな時、銀髪紅眼の少年(レイ)の脳裏にとある記憶が浮かび上がった。


   ◇


「君には私の力の一片を授ける。これを使いこなすことができれば、更なる強さを手に入れることができるだろう」


 艶のある黒髪(濡羽色の髪)を揺らしながら、狂気に満ちた血のように紅い瞳を向けて男はそう言い放った。


『その強さとは……「真の強さ」なんでしょうか?』


 ()()()()()()()()()()()()が男に問いかける。


「それは違う。私が君に授けるのは『真の強さ』というものではなく、ただの『暴力』という(一つの強さ)だ」


『暴力、ですか……』


「そうだ。だが、その暴力(ちから)を『真の強さ』にすることができる。どうするのかは無い頭で考えろ」


 無い頭というのは比喩でもなく、ただの事実。そのことが魂のような存在にとっては限りなく寂しかった。


『私には……肉体が授けられるのでしょうか?』


「さあな、私が知ったことではない。それを知るのはご主人様(マスター)だけだ」


 それから間も無くして黎明がやってきた。美しい朝日が漆黒の城を照らす。暗い世界にも、朝はやってくるのだ。


   ◇


(そうだ。私にはあのお方の力がある。それを使えば……)


 あの時に授けられた力。それを解放する時が来た。


 銀髪紅眼の少年(レイ)はその力を解放するための詠唱を始める。


「我は大罪を犯した その大罪は犯してはならぬ禁忌 歩んではならぬ一筋の道

 裁きという名の報い それを受ける前 逃げ出す我 その禁忌は心の中に」


 飛んでくる魔法を舞うようにして避けながら詠唱を続ける。


「月夜に遠吠えが響く 白銀しろがねの毛を月華が照らす」


 詠唱を邪魔するためか、飛来する魔法が激しさを増した。だが、少年レイはそれを大鎌で斬ったり弾いたりして被弾を防ぐ。


 その様子を見て、このままだと埒が明かないと思った少女は魔法を放ちながら口を動かし始めた。


「龍が月に向かってかけると 一角獣は大地をける」


 気づけば木は燃え、地が抉れている。その惨劇が魔法の威力を物語っていた。


「禁忌を犯した我は知る この大罪の名を――」


 感情のない紅く虚ろな目に、初めて激情が宿ったように見える。


「大罪解放――憤怒ふんどの罪」


 遂に、解放されてしまった。この大罪が。かつて暴虐の限りを尽くし、猛威を振るった大罪が。


 少年レイは解放を終えると、即座に別の詠唱を紡ごうとした。しかし、辺りが業火に覆われて地獄と化したため、中断して空へ舞う。


 一瞬でも遅れていたら今頃は自身が焼死体になっていただろう、と内心で冷や汗をかく。それと同時に、名状しがたい感情が湧き出てきた。


 それは、怒りか哀しみか。はたまた、別の感情なのか。


 感情についてはからっきしなレイだが、この少年は違った。


嗚呼ああ、これが怒り、喜び、哀しみか! それらが全て混ざった感情は何とも言い難いものなのだろう)


 たぎる激情をかてにして力を得るために、再び詠唱を始める。


「我が道をはばむ者居れば 壊してやるのが世の情け」


 少女は炎の塔を幾つも生成し、少年の逃げ場をなくしていく。


「怒り狂い燃える心 おのが自覚するは憤怒ふんどの感情」


 地面は業火に覆われているため、燃えかけている木に飛び移る。


「燃え滾る感情 身を任す我 破壊の限り 尽くすのも我」


 木に乗ると少女によってすぐに燃やされるため、別の木に移らなければならない。


ささげよ 我らが王に ささげよ 王の主に」


 周囲の木が軒並み燃やし尽くされ、少女からどんどん離れていく頃、詠唱は終盤へ。


「“染まれ――『憤怒の使徒(アポストルス・イーラ)』”」


 遂に憤怒の使徒が、再び舞い降りた。 

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