第3話 森
荷車に乗って運ばれるのは格好が悪いな……と、どうでもいいことを思いながら景色を眺める。
見渡す限り変わらない風景が広がっているが、咲いている花が違うことや、木の有無などの多少の変化はある。
男――ティグリスが向かっている方角は太陽が沈んだ方向と逆。つまり、東ということだ。
……この世界の方位が元の世界と同じなら、という前提だが。
東の方向にある村。それがティグリスと僕が向かっている場所である。
どんな村なのだろう? 村ということは小規模だよな。
村に行くのは初めてなので、本にあった情報でしか想像できない。この世界の技術がどうなっているのかも分からないので、尚更想像しにくい。
……あ、前方に森が見える。あの森よりは小さくて明るそうだな。
それから、ティグリスと僕は森に突入した。
*
うーむ、あの森と全く違うな。
それが森に突入してから数分後に思ったことだ。この森は明るいし、動物もなかなかの頻度で見かける。川には魚がいるし、木には実が生えていた。
初めに行く森はあの森ではなくてこの森の方がよかった、と思うくらい環境が異なっている。
まさかここまで違うとはな。驚いたぞ。
……ちなみにここの森も地面に起伏があって歩きづらいのだが、草原を歩いていた時と同じ速度で歩いているティグリスにも驚いた。
それはさておき、荷車から景色を眺める。草原とは打って変わって、飽きない風景だ。やはり、様々な植物や動物がいるからだろうか?
そして、ここにも青白く光る木苺のような木の実や黄色の桜桃がある。他には赤色の山葡萄のような木の実や、緑色の小さい蜜柑のような木の実などがあった。
……あ、ホーンラビットがいる。毛色は茶色で大きめな体躯、そして2本の角が特徴的なホーンラビットだ。二つ角があるので「二角ホーンラビット」と呼ぶことにしよう。
二角ホーンラビットはこちらを見つめると、反射的に奥の方へ向かっていく。
嗚呼……。せっかくの獲物に逃げられてしまった。まあ、この身体では仕留められるものも仕留めれないのだが。
そんなことを思った瞬間、二角ホーンラビットが逃げた方向に赫色の閃光が迸った。
今……何が起きた?
僕には突然赫色の閃光が迸ったようにしか見えなかった。どこから発生したのかも分からない。
「デュアルホーンラビットが逃げた方向に向かうよ」
この状況で平然としているティグリスがそう言い、速度を上げて二角ホーンラビット――ではなく、デュアルホーンラビットが逃げた方向に向かっていく。
それから十数秒後。デュアルホーンラビットがいたと思われる場所に着いた。そこの地面は深く抉れていて、デュアルホーンラビットの姿は全く見えない。跡形も無く消し飛んでしまったようだ。
「あ~あ、今日の食卓がいつもより豪華になると思ったんだけどなぁ~」
この光景を見て僅かながらに恐怖を覚えた俺は、この男の呑気な様子が信じられなかった。
あの閃光が俺らに飛んできたら木っ端微塵になるんだぞ? それでも全く恐れていない……まさか――!
僕はその考えを頭から弾き出す。こんなことを考えている場合ではない。僕らは例の村に向かっている。早く村に行きたい俺からしたらこの時間は無駄でしかない。
僕はティグリスに早く歩みを再開するように呼びかける。
「ティグリスさん。デュアルホーンラビットが木っ端微塵になったのですから、歩みを再開したらどうですか?」
「おっと、そうだったね。つい魅力的な食材を見かけたから狩ろうと思っちゃって」
食材……デュアルホーンラビットを初めから食材としてしか見ていないのか。そんな思考をしているということはやはり――
「じゃあ、再び出発するよ~」
底が知れない奴。そんなこの男を見て、俺は血が久方ぶりに滾ってきたのを感じた。