第2話 初接触
その男を視界に収めた瞬間、僕は警戒態勢をとった。
……こいつは何者だろう? とりあえず問いかけるか。
「お前は何者だ」と言いそうになったが、堪えて丁寧な口調で話す。
「あなたは何者でしょうか?」
しっかりと相手の目を見て話すことは基本だ。これはマナーだからな。
「おっと、そんなに警戒されるなんて心外だなぁ。僕は兄さんに言われてここに来ただけだよ」
先ほどと言葉遣いがまるで違う。何だか軽い感じがするような……。
そのことに不信感を抱きつつ、男から情報を引き出そうと気になったことを尋ねる。
「なぜここに来たのでしょう? あなたの兄の指示とは?」
ここで素直に答える奴は愚者だ。普通なら、答えを濁すか嘘の情報を吐くかのどちらかをする。……なので相手が真実を話してもそれを疑ってしまうのだが。結局、信じることはない。だが、聞かないよりは聞いた方が良いことは確かである。
「それはね……あ、これは言ってはいけないことだった」
残念だ。あと少しでいけそうだった気もするけどな。
「まあいいや。これを言わないと意味がないだろうし、言っちゃおう!」
……いいのかよ。さっき「言ってはいけないこと」と言っていたのに。
そんなことを思ったが、口には出さない。心変わりして情報を吐かなくなるかもしれないからだ。
「簡単に言うと、僕は君を村に招待するために来たんだ」
僕を村に招待する……? 何の意図があるのかが一切分からないな。そもそも僕を知っていることもおかしい。
「さあ、僕の村に来ないかい? これからどうするか悩んでいたんでしょう?
それなら好都合じゃないか」
……! 僕が悩んでいたことを知っている、だと……。
一体いつからこの男はいたのだ? この話も実に怪しいし……。でも、今後の方針を定めていないことは確か。
僕がこの提案に乗るか真剣に考えているのを、男は黙って見ていた。仕掛けてはこないらしい。
……どうしたものか。
*
数分悩んだ末、不本意だが提案に乗ることにした。不本意だがな。
本来なら断るべきことだろうが「断ったらどうなるのか分かっているよね?」という男の圧に屈してしまった。……まだまだ僕も未熟である。
「よし、早速だけど僕らの村に行こう! ……2時間くらい歩くけど大丈夫かい?」
男が大丈夫か訊いてきたが、答えはNoだ。全身の痛みは少し和らいだものの、2時間は歩けない。
「大丈夫ではありません。2時間は流石に無理です」
「そうか……。じゃあ少し待ってて! 絶対に逃げないでよ!」
この身体で逃げられるわけがないということは、あの男も分かっているだろうに。……きっと念には念を入れているのだろう。
それから1、2分ほど経ち、男が戻ってきた。……荷車と共に。
その荷車は木でできてり、相当古いことが分かる。スペースは1人の成人男性が足を伸ばしても少し余裕がある程度に大きい。
「いやぁ、よかったよかった。念のために荷車を持ってきてよかったよ。本当によかった」
余程「よかった」こそを伝えたいのか、「よかった」を連呼してきた。正直言って煩わしい。
そして、おそらくこの荷車もこの事態を想像して持ってきたものだろう。なかなか用意周到である。
「さあ、乗って乗って! 僕が荷車を引いて村に運んでいってあげるよ!」
テンションが高いな。僕はこのテンションについていけそうにない。
全身の痛みを誤魔化す為に、全く関係ないことを考えながら荷車に乗る。乗り心地は、お世辞にも良いとは言えなかった。
「では、しゅっぱ~つ!」
男は威勢のいい声を上げ、荷車を引いて進む。速度は申し分ない。僕が歩くより断然速いからな。
「そういえば名前を言ってなかったよね。僕はティグリス。年齢は27歳だよ」
思っていたよりも年齢が高かった。てっきりもっと若いと思っていたぞ。
「僕が名前を教えたから、次は君の番だよ」
僕の名前? これは言わなければいけないのだろうか。まあ、相手も名乗っているし、こちらも名乗っておこう。それが礼儀というものだ。
「……《《僕》》の名は《《レイ》》。年齢は12歳です」
そう言った時に男の眉が一瞬だけピクリと動いていたのを、僕は見逃さなかった。
実は零が意識がある状態でこの世界の人と接したのは今回が初めてです。