表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/36

9 副教科選択

「あんたたちはあくまでハイスクールの学生だ。だから、午前中は必ず主教科の授業が行われる。自然科学、社会科学、数学・情報理論、語学、というように。だが、国術院であるから、当然に国術の学びの時間がある。これから各自3つ以上の国術の科目を選択することになる。どんなものがあるかというと、神邇(ジニ)操術、魑魅魍魎(ちみもうりょう)操術、舞踊、化粧、吸血、白兵戦、狩猟、豊穣、接触奉仕、選眼、潜入埋没、艦隊陣形術、陸戦陣形術、呪詛術、詛読術というようなものだ。これらは、煬帝国の展開する軍事力の陸海空のどれかに直結する科目、つまり選んだ課目によってどの軍事力の一翼を担うことになるかが決まる。皆、ハイスクールでは全能力を発揮させるムーンボウルを経験してきたはずだ。だから、各々の適性と好みによって、まずは思い思いに選んでみろ。それがおそらくあんたたちにとって最適の選択であるはずだ」

 新学期は始まったばかりだった。師範の説明によれば、副教科を選ばなければ全体のカリキュラムが決まらないこともあり、能力測定の次にはこの関門を通らなければならなかった。それにしても、選ぶ対象は多岐にわたっていた。


 学問の体形で最も古いものとして呪詛がある。これは神邇(ジニ)、精霊、魑魅魍魎の類に対して願いを伝え、執行させる古代からの術法であった。他方、同等に古代からの術法に魔法、魔術というものがあった。魔法は強大な念波をそのまま活用して物体や神邇、精霊、魑魅魍魎を動かす術法、魔術は念波をいったん媒体と呼ばれる物体や精霊などを介在させてそれらを活用する術法である。

 神邇(ジニ操術、魑魅魍魎操術、精霊操術と呼ばれるものは呪詛と媒体を動かす魔術とを応用展開した中世の術法であり、ある所では呪詛術、呪法、陰陽道、呪術とも呼ばれている。

 化粧、舞踊と呼ばれる技は、直接には術法と無関係なのだが別に述べる詛読術において、視覚的、感覚的、肉体的に共鳴を盛り上げ強める効果のある技である。

 そして、復活した煬帝国で発展したのが詛読術である。これは国術であった霊剣操の共鳴を利用した操術で、霊剣操の共鳴を媒体を動かす操術である呪詛術と融合させた術法である。輪廻によって諦観と寂静に至った人間たちの間で、互いに不特定の相手を媒体として、互いに心の中の思いや詛を読み合って絡み合わせ快感に至って一体感を作り上げ、共鳴にいたらせるもので、化粧による魅惑と舞踊による高揚を取り入れ、非常に邪悪で堕落した宗教行事儀式を作り上げていた。

 これらすべての術法が、かつて煬帝国総督だった鳴沢の副官ビルシャナが師範として教授している科目で、ビルシャナによって操られる後宣明帝夫妻のもとで新しい煬帝国の国の形を作り上げるものとして全ての科目が活用されており、それらの方面を主に学んでいるのが、クリスパーアーレスと言われるクローン人間たちだった。


 上記の術法とは別に、新人類たちが主に身に着ける術法として古来からの呪法があった。

 吸血と呼ばれる呪法は、人間たちを媒体とした魔術で、吸血を通して土塊族などの人間たちを意のままに操作する術法であり、術者を吸血鬼と呼ぶ。これらは主に火炎族の一部が得意とする分野として発展していった。

 豊穣術と呼ばれる呪法は、木精族が身に着け、水明族など多くの新人類の農業生産活動を強めるもので、これらの使用者はのちに王族と呼ばれるようになった。

 接触奉仕と呼ばれる呪法は、マッサージに似た手のわざで、媒体である被施術者の身体に接触愛撫することで、媒体の思考を諦観と寂静とに置き快感に至らせる術法であり、火炎族のごく一部が学ぶようになった。

 武術と呼ばれる呪法は、武器や武具を媒体とし、それらの能力をアップすることで戦闘を強める戦闘術であり、土塊族が利用するようになった。


 さらに、別の副教科として、白兵戦、千里眼、潜入埋没術がある。これらは、アサシン個人のわざとして国術院が古くからアサシンに体得させていた技である。ほかに、新しい術として、煬帝国の今までの戦術経験から作り上げられた、艦隊陣形術、陸戦陣形術も国術で教えられるようになっていた。


「クラウディアやアドナーンは、ほほう、艦隊陣形術を選んだのか? ナサナエルは陸戦陣形術?」

 師範の意外そうな顔に、クラウディアもアドナーンも顔を見合わせた。彼らにとって、選べる副教科はなかなかなかった。

「僕たちの身体的能力は、他の学生たちに比べると著しく劣っているんです」

 アドナーンのあきらめたような答えに師範はすぐには否定せず、別の面からの提案をしていた。

「まあ、そう言える側面があることは否定しない。うむ、三人とも一般的な人間だったよな。一般の人間はこの国術院の学生に限ってみると、クリスパーアーレスや新人類に比べて繊細な肌と繊細な指先、関節の動きができる。その点から言えることだが、表現力は他の学生より抜きんでているぞ」

「そうなんですか」

「だとすれば、二人で舞踊をも選んでみたらどうか?」

 師範が勧めてきた教科は、断れないことになっている。なぜなら、国術院は煬帝国の国づくりのために様々な側面を教えているからだった。師範から見れば、クラウディアもアドナーンもともに躊躇していても舞踊に向いているように感じられたのだろう。

「躊躇しているのか? それなら実際の講義の場に連れて行ってやるよ」

 師範はそう言うと、クラウディアとアドナーンばかりでなくナサナエルも同行して舞踊の強化の講義を見に行くことになった。


 舞踊は、体育館のような比較的広い部屋で行われていた。クリスパーアーレスの男女たちがくるくると回りながら、何事かを繰り返し詠唱していた。さらに見ていると、ペアとなった男女がダンスのように組み合って踊り始めた。だがそれだけではなかった。ペアだった男女は組み合う人数を増やし、不特定の人数でまとまると肩を組んで集団の踊りを披露すると、彼らはクラウディアたちに目を付け、真似してやってみろと持ち掛けた。

 最初は女性たちだけの踊りだった。クラウディアもその最後の列に並んで持ち前の運動神経の良さを生かし、周囲の動きに合わせて体を回転させたりくねらせたりし始めていた。するとアドナーンは、意識することもなく誘われるようにクラウディアの踊りに絡み始めていた。ナサナエルはあっけに取られて二人の絡みあうような踊りを見つめていた。いつの間にか、クラウディアとアドナーン以外の踊り手たちはクラウディアとアドナーンの周囲に立つだけになり、二人だけがそのサークルの中でなまめかしい踊りをし続けていた。ナサナエルはその異様さに気づいていたものの、手を出してよいのかどうかわからず、躊躇していた。

(それが罠だ)

 ナサナエルは突然タイガーの指摘を思い出した。ここで介入しなければ、いや二人を囲むサークルに入り込めなければ、二人を再びナサナエルの許へ、タイガーたちがいる側に取り戻すことができないと感じていた。

 無理を承知でサークルの中に飛び込むと、サークルを作り上げているクリスパーアーレスたちの諦観と寂静がナサナエルの頭の中に伝わり、その諦観と寂静に浸りきった心の中に得体のしれない快感がモヤモヤっと立ち上がりはじめた。

「は、早く離脱しないと......」

 こう思った時、ナサナエルはクラウディアとアドナーンの二人によってサークルの外に引き出されていた。われに返ったナサナエルは、二人の目を見つめ、先ほどまで踊りに興じていたように見えていた彼らに、何らかの変化があるのかを考えた。

「僕はどうしたんだ?」

「僕たちが踊っているときに、囲んでいる皆の中にあんたが走りこんできて、いきなりくるくると舞い始めて僕たちにからもうとしたんだよ。それに気づいて僕たちは踊りを中止したんだ。それでもあんたは僕たちにしがみつくようにして崩れたんだよ」

 クラウディアとアドナーンには、倒れたことに何か原因のような何事かは、一切なかったように見えた。そのように物事が見えていない三人の背後から、師範が口をはさんできた。

「ナサナエルが崩れるように倒れたのは、念波におぼれたんだろうな」

「念波におぼれた?」

 ナサナエルは師範が言うことが理解できなかった。その反応を見ながら、師範は話をつづけた。

「本来なら、その念波に体が感応して念波の躍動に自分自身を預けてしまうものなんだがね。霊剣操の共鳴も念波が絡む側面があるが、踊りでも念波が渦巻き、踊り手すべてがそれに巻き込まれて我を失うように心が動く。それがいわゆる共鳴だよ。だが、あんたは念波に乗れずにおぼれたんだろうね。だから、皆驚いて踊りを止めたんだよ」

 師範はそう言いながらナサナエルを慰めるように眼を向けた。その後、おもむろにクラウディアとアドナーンを一瞥しつつ、言葉をつづけた。

「だが、皆が踊りを止めて共鳴の念波が消えた後であっても、あんたたち二人は見事に息を合わせて踊れていたね。そもそも二人には念波の波動が感じられなかったけどね。二人の間に念波が感じられなかったのに、あれほど一致して・・・・まるで共鳴を......いや、違うな。しかしなぜあれほど息を合わせられるのは素晴らしい。共鳴の新たな段階か?」

 師範はそういって三人に手を振りつつ、部屋をでていった。ナサナエルは師範を目で送り出すと、クラウディアとアドナーンに目を移し、二人の息ピッタリな点を考えた。

「ディア、アド。二人には何があるんだろうね。共鳴はなかったよね。え、あんたたち二人は幼馴染だからやっぱり気が合っているのかな?」

(これは秘密さ)

 タイガーがナサナエルに秘密を伝えた際の、声と言葉をナサナエルは思い出していた。

(彼ら二人の間には、”こんがらがり”entanglement があるのさ)

 タイガーの言葉の意味は、ナサナエルには謎のままだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ