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8 15歳の三人と国術院

「クラウディアとアドナーン、ナサナエルの三人は、三年に進級する際、新設の国術院月分校、つまり月面国術院へ転学することとする」

 タイガーやカミラにとってそれは突然のお達しであった。

_______________________________


 ハイスクールでは、学年の終わりに生徒たちやその家族を集めて一年間の教育総括を行っていた。但し、生徒たちの将来を考えてのことではなく、あくまで煬帝国の役に立つかどうかを見極めて、様々に命令と指示を与えるための集会だった。当然ながら、タイガーとカミラもハイスクールに呼び出されていた。ただ、クラウディアとアドナーンの成績が良いと知らされていることもあり、タイガーたちはあまり緊張せずにハイスクールに来ていた。

 校長の総括訓話が始まった。

「本校では、今までもなかなかに優秀な人材を輩出してきた。そして、この学年にも逸材がいることは、非常に満足である。中でも、この学年から国術院への編入生を輩出できるに至ったことは誇ってよいことだ。ここにその三人を紹介しよう。クラウディア、アドナーン、ナサナエルの三人である。......煬帝国皇帝にも報告することにしている」

 タイガーやカミラは、もう後の話を聞いていなかった。

「なぜだ。どうして二人の国術院編入がこの時期になるんだ?」

「どこに行くことになるの?」

 タイガーとカミラは当惑してクラウディアとアドナーンを問いただしていた。この基地で権力を持つ教官たちに聞くことが憚られたからだった。その少しばかりうるさい言い合いに教官たちも気づいて、教官の一人がタイガーたちに近づいてきた。

「2年生となってから、彼ら二人は相互に刺激あってのことだと思うが、能力を飛躍的に向上させていたんだよ」

「それで、編入されていくのは、三人なんですか?」

 タイガーは三人目が気になって思わず質問をしていた。上機嫌な教官はその質問に気軽に答えていた。

「ああ。我々煬帝国は、今回アルプス山脈一帯の抵抗勢力を一掃出来たんだよ。スイスアルプスの山岳ゲリラを掃討した際に、ローヌ川上流のジャクランという寒村でのことだが、旅団残党がこもっていた古城で奴らを捕らえたらしい。何でもそこは聖杯城と言われた最後の拠点だったらしいぞ。一年前にここの下層に放り込まれた強制労働者がそいつらだ。彼はその時の子供の一人だよ」

 タイガーはそれを聞いて戦慄を覚えた。

「じゃあ、彼の保護者もここに来ているんですか}

「いや、アルプスの捕虜たちは、子供たちばかりだったらしいぜ」

 教官の説明は、ジャクラン村の聖杯城が陥落したことを意味していた。そして、ナサナエルが聖杯城の大切な生き残りである可能性を、タイガーは理解した。


 次の日、タイガーは三人に言い含めるべきことがあると思い、お祝いの会と称して自宅にクラウディア、アドナーン、そしてナサナエルをも呼び込んだ。

「ナサナエル。よく来てくれた。さあ、なかへ」

 タイガーは、月の表面と上空を見渡せるリビングへと導いた。このリビングは、彼が月面で経済活動をする経済奴隷の中でも、特に幅広く活動をして帝国に貢献しているという理由から、特別な位置に居住スペース設置を許されていることを現していた。ナサナエルは地平線近くの地球と太陽、そして上空に広がる冷たい星々の光に圧倒され、しばらく無言で外を見つめていた。タイガーたちは、ナサナエルの無言の動きを見つめていた。ナサナエルはようやく周囲の目が彼に注がれていることに気づいた。

「あ、お招きありがとうございます」

「よく来てくれたね。ナサナエル」

 タイガーはゆっくり挨拶を繰り返した。ナサナエルは地球光と星明りの陰に照らされる周囲の人間たちが、彼自身を知りたがっていることに気づき、自己紹介を始めた。

「僕の名は、ナサナエル・ラモス・ガルシアと言います。クラウディアとアドナーンは知っていると思うけど、僕はスイスのジャクラン村、と言っても分からないでしょうね。つまりローヌ川の上流にある寒村で捕虜になり、この月に移送された強制労働者の家族です。とはいっても、家族は叔父のみでした」

 タイガーはジャクラン村と聞いて何かを思い出したようにナサナエルを見つめた。

「ジャクラン村、そこには隠された聖杯城があるよね」

「え?」

 ナサナエルは非常に驚いた表情をした後、顔を引きつらせ怪しむようにしてタイガーを見つめ、それ以上は何も話すまいと誓ったように無言になった。タイガーはそれを見てほぼ確信していた。目の前の少年はジャクラン村に最後まで残された聖杯城の、落城の際の生き残り、しかもおそらく戦死した旅団幹部の子息に違いなかった。

「驚かせてしまったようだ。私も自己紹介をしよう。私の名は、タイガーケイナンという」

 タイガーはそう言うと、雑音発生器を作動させ、ナサナエルの耳元に口を寄せてこれからのことを伝えた。

「まあ、ここでは、私があんたの味方であることを伝えておこう」

 味方と聞いて、ナサナエルは再び驚愕の目をタイガーに向けた。タイガーはその反応を確かめると、全体に向けて話し始めた。

「これで、皆、心の準備ができたようだ。さあ、これから話すことは絶対に帝国側に知られてはいけないことだから。これは心の奥底にしまっておくべきことだ」

ね」

「まず、ナサナエル。あんたは明らかに聖杯城の守り手の生き残りだ。生まれながらに、強い念波エネルギーを持っているはずだ。だからこれからも必ず生き残ることを考えなければならない。私の言う意味が分かるか? あんたは未来に我々の思いと使命とを繋がなければならない存在だぞ」

 その夜、タイガーは三人それぞれにとって大切な、そして知られてはいけない秘密を指摘しつつ伝えたのだった。

_______________________________


 月の国術院は、クラウディアたちが通っていたハイスクールとはちょうど反対側の極地方の新たな開発基地の一角にあった。そこは、新たな開発地域とはいえ、ほとんど地球のコロンビア連邦領域上空へ攻撃を加える爆撃艦の発着基地だった。そして、月の国術院の卒業生は、本国の国術院卒業生と同様に、そのまま煬帝国軍の士官として派遣されることになっていた。もちろん月の卒業生たちはもともとが強制労働者の子息や経済奴隷の子息であるゆえに、忠誠心を疑われやすく、彼らの家族が脱出不能な月の地下深くに人質に取られることも予定されていた。


 国術院もハイスクールの一種であるため、クラウディア、アドナーン、ナサナエルは三学年に編入された。既に、その学年にはさまざまな種類の生徒たちがいた。クラウディアたちのような人間は彼ら三人だけで、他は、煬帝国で多数を占めるようになったクリスパーアーレスと呼ばれるデザインチャイルドや、同じく最近になって遺伝子操作と魔術・呪詛術で誕生した新人類がいた。彼らは、それぞれの特徴から水明族、土塊族、火炎族、木精族と呼ばれる4種族だった。それぞれが呪詛術や魔法・魔術に秀で、宇宙空間でも短時間なら耐えうる身体能力を持つようにデザインされており、そのために鬼の様な形相と分厚い皮膚、いかつい身体を有していた。そして、デザインチャイルドのクリスパーアーレスとともに、彼らは五行鬼と呼ばれていた。


 新学期となった。始業を告げる式典が行われた翌日、いくつかのクラスにわかれた国術院第三学年では、さっそく身体・能力測定が行われていた。測定項目は、身長・体重・握力、跳躍力、反射能力などの基礎的体力の他に、副教科学習の際に必要とされる呪詛魔力、洞察力、観察力、詠唱能などが測定された。クラウディアたち三人は一般的人間であるためか、反射能力は優れていたものの基礎的体力はほかのクラスメートの半分以下のレベルだった。また、洞察力や観察力は優れていたものの、呪詛のための魔力や詠唱能などはこれまた他のクラスメートの半分程度にも達していなかった。

 この結果により、三人はほかの同学年メンバーから格好の話題にされることとなった。

「なんだ、この時期にわざわざ編入されるから、どんなに素晴らしい奴が来たのか、と思ったぜ」

「なんだよ、身体能力が全然劣るやつらじゃないか」

「こんなモヤシが、なぜわざわざ編入されるのか?」

 散々な言われようなのだが、国術院師範が「最もふさわしいところに三人が編入された」と指摘したことにより、ほかの生徒たちも刺激を受けたのも確かだった。さらに、三人は彼等に対して堂々と接していったことは、彼らに三人と対峙してやろう、実力差を示してやろうという行動に出ることは避けられなかった。

「ひ弱な人間が、俺たちに匹敵するのか?」

「見かけも小さい。環境適用力もない。これで兵士になるのか?」

「じゃあ、俺たちが補習してやればいいじゃないか。俺たちが面倒を見ろということじゃないのか?」

 迎える側の国術院生たちは、陰ひなたで様々に言い合っていた。それは、三人にとっても面白くない事態だった。特に、俊敏さに自信のあるクラウディアは我慢がならなかった。

「あんたたちが、私たち三人の補習をしてくれるのね。じゃあ練成場で早速お願いするわ」

「ほほう、口だけは立派だな」

 こうして先住組の国術院生たちは、人間三人とともに練成場に入った。

「では、まず、三人に背格好の近いクリスパーアーレスがお相手しよう」

 そう言って前に出てきたのは、仙煕アーレス、鴻章ホンチャンアーレス 祺瑞(キズイ)アーレスの三人だった。それを見たクラウディアはアドナーンに目配せすると二人で立ち上がった。

「あんたたち三人なら、私とアドで十分だわ」

「馬鹿にされたもんだなあ。じゃあ三人で一気に勝負がつくぜ」

 それぞれが剣や棒、槍を持つと、五人は一気に立ち廻り始めた。アドナーンは早口で霊剣操を詠唱すると相手側三人の武器が一斉に取り上げられてしまった。

「なにをした?」

 アーレスの三人はあっけに取られていた。他方、クラウディアは恨めしそうにアドナーンを見つめていた。

「アド、私も詠唱しようとしたのに」

「なんで僕と一緒に詠唱しなかったんだ?」

「あの、少し忘れちゃったんだ」

「出だしは?」

「あの......忘れちゃった」

 アドナーンとクラウディアがそう言い合いしつつも、武器を取り上げられたアーレス三人はアドナーンとクラウディアによって剣を喉元に突き付けられて、勝負がついていた。


「アーレスは兵士のはずだよな。これじゃあ役に立たないじゃないか」

 そう言いつつ火炎族や水明族、土塊族、木精族たち4人は、集団で三人を囲んだ。

「あらあ、じゃあ、まとめて相手をしてあげるわ」

 クラウディアは勝気な表情を浮かべながら、ふたたびアドナーンに目配せをして立ち上がった。アドナーンは再び霊剣操を詠唱するとともに、クラウディアもまたアドナーンからくるひらめきのような言葉をもとに、霊剣操の文章を思い出しながら詠唱をした。これによって、新たな4人もまた剣を取り上げられていた。

「何が起こったんだ?」

 4人が顔を見合わせると、そこに師範が入ってきた。

「オロチ・コアムイ、デラウドロ・ケンコロラルー、ドラウグル・ミルシテイン、インドレイ・キーン、ベドラン・エカンドロ。もう止めよ。あんた達には敵わない相手だ」

「師範、何が起こったのでしょうか」

 彼らは口々に師範に質問をぶつけていた。

「アドナーンの口にした長い口上が聞こえなかったか? あれは霊剣操だ。ただ、あんたたちは覚えられないだろう。だから、アドナーンには敵わない。しかも、クラウディアまで詠唱すると、そこには共鳴という現象まで生じてしまう。それに、彼らの後ろには、念波エネルギーを以上に強く発するナサナエルがいる。こうなるとあんたたちが束になってもかなわないだろうよ」

 師範の説明に、先住組の国術院生たちは黙ってしまった。こうして、三人は国術院生たちに受け入れられることとなった。


 ただ、アドナーンには不満があった。 

「ディア、あんたは口だけは立派じゃないね。口上が全く覚えられないなんて、物覚えが悪すぎる」

 アドナーンがこういうと、クラウディアは彼を睨みつけていた。

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