5 学年内の階級社会 新たな強制労働民たち
「ここは最下級クラスの来る場所じゃないだろ!」
昼休みとなり、午後はしばらく休みであることをいいことに、1Aつまりクラウディアやクラスメイト達が男子も引き出して、学校に隣接するオープンスペースに繰り出した時だった。
「俺たちが先に来ていたんだぞ」
「そうよ、そうよ」
そう怒鳴ってきたのは強制労働者子息組の1Ωのクラスだった。彼らは先に来ていてすでに中央の少し盛り上がった部分をほぼ全部を占領していた。だが、そのとき1Aのクラスメイト達は、どう見ても喧嘩を吹っかけているとしか言えないような言葉を投げかけていた。
「そこは、いつも私たちが使っているところなのよ」
「お前たちは遠慮しろよ」
単なる争いであれば、これ以上の騒ぎにはならなかった。だが、クラウディアのクラスメイトが発した次の言葉は、両者の対立に火を投げ入れた。
「お前ら、罪人の分際で!」
「な、なんだと! おまえたち、今何と言ったんだ!」
_______________________________
アドナーンたちのクラスは1Aと呼ばれ、商人の子弟、つまり煬帝国のために月での経済活動を支える商人の子供たちが集められていた。このクラス1A~1Dのほかに、強制労働者たちの子供たちが集められているクラスも1Ο~1Ωというように10も存在していた。
_______________________________
「ああ、何回も言ってやるよ。罪人の奴らは大手を振って歩くべきじゃないんだぜ」
「ほお、お前たちは経済奴隷なんだよな。奴隷なら奴隷らしく周りの言うことを聞いていればいいんだよ」
ますますエスカレートする言葉の応酬に、クラウディアは慌てて言葉をかけた。
「みんな、彼らを罪人だなんて、ひどいいい方しなくたって......」
言い合いにらみ合いに参加しているクラスメイト達の目線が、敵意を含んだままクラウディアに向けられた。それを見たアドナーンは思わずクラウディアの前に立ち、その視線を遮りつつクラウディアの言葉を受け継いだ。
「ディアもこう言っているし、そんなに険悪な言い方をすると本当の闘争になってしまう。闘争相手を間違っている......」
だが、アドナーンの言葉は憎しみを満たしたクラスメイトの心に弾かれた。
「アドナーン、お前、あいつらの味方をするのかよ。クラウディアもそうだ!」
アドナーンたちのブレーキがそのままクラスメートたちの勢いを削いだ。それが言い合いを止める形になり、それが場所取りの争いを決着させていた。その代わり、アドナーンたちはクラスメイト達から責められることになった。それは、場所をとれなかったという仲間たちの恨みまで買った結果でもあった。
「アド、お前があんな横やりを入れなければ、俺たちは負けなかったぜ」
「ディア、あんたも私たちの仲間なら、私たちに加勢すべきだったんじゃないの?」
だが、二人は、本格的な戦いを防げたことばかりでなく、二人の秘密の出自に対する思いもあってか、理不尽な言葉に耐えながらも少しばかりの喜びを感じていた。しかも、二人は互いにそれを共有していることを無意識に感じており、それが厳しい攻めの言葉に耐える力を作り上げていた。そして、彼ら二人が、強制労働者子息たちに寄せる思いには、また別の思いもあった。
_______________________________
「おい、奴らのクラス、今日、三分の一が欠席だってよ」
ある日、アドナーンたちのクラスの隣である、強制労働者たちのクラス1Ο(一年O組)に騒ぎが起きていた。家族とともに現場に出ていた生徒たちが十数人が、急に欠席になったということだった。だが、昼休みに聞いたところでは、その十数人たちは家族とともに事故に巻き込まれて行方不明になっているということだった。
「やつら、最下層で事故だってよ」
「え。隣の奴らだろ?」
「そう」
「え、本当に? 隣だからうちらと仲がいいクラスだものね」
「私の知っている彼女が、今日来ていないって!」
1Aのクラスメイト達には初めてのことだった。
_______________________________
タイガーの住居は月面すれすれにあり、月面を見ることができた。それを見るクラウディアたちの目には、幼い時の彼らの記憶がよみがえっていた。
クラウディアとアドナーンが見渡す月面の下、タイガーの住居のすぐ下にはハイスクールや公共施設のある層が続き、その下方に強制労働者たちの住居区、生産区、鉱区が続いていた。その鉱区再下層部では、クラウディアたちがまだ幼い時、クラウディアの両親やアドナーンの父親も犠牲者となっていた。いまだにその鉱区は開発途上であるゆえに事故が頻発し、今もこのように犠牲者が絶えなかった。もし、クラウディアとアドナーンがここへきていなかったら、強制労働者たちのクラス1Ο(一年O組)で欠けていった彼らのように、やはり暗く閉塞した空間の現場で、親たちとともに一家全員が最期を迎えるような人生になっていたかもしれなかった。クラウディアはここまで連れて来てくれたアドナーンの母カミラ、また縁もゆかりもない三人を救ってくれたタイガーに強い感謝と恩義を感じていた。
いつのまにか、タイガーがクラウディアたちのうしろに来て、彼女たちと同じように月面を眺め続けていた。それは、クラウディアやアドナーンの苦しみを、少しでも早く緩和させてやりたいという感情から来ていた。タイガーから見ても、彼の前にいる少年少女は、同学年の少年少女たちが突然いなくなったというショックを経験し、それが幼い時に経験した突然の親族の死を思い出すことに繋がり、目立って口数の少なくなっていた。
「月面は、昔から静寂だった。風もなく、嵐もなく、流れも渦もない。だから、月面には何も見るべきものが無い。外を見つめ続けていると、見つめている私自身が、そしてあんた自身がこの寂静に囚われてしまう錯覚にとらわれる。まるで、輪廻に囚われた煬帝国の帝国民たちが寂静の中にからめとられていくように。だが、月面の下では確かに見つめなければならない動きがある。それは時の流れの中で、現実となっている。私たちは、それから目を放してはいけない。それが必ずいつか実を結ぶための積み重ねに繋がるはずだから。啓典の主が必ず白日の下にさらす時が来る。我々はそれを待たなければならない」
タイガーの語る言葉の意味には、決してあきらめはなかった。だが、その声は語っている内容にもかかわらず、絶望とあきらめがこもり、力を失いつつある人間の疲れ切ったそれだった。クラウディアとアドナーンもまた、タイガーが語った言葉が、闇に惑う二人の心にかすかでも光をともすことさえ期待してはいなかった。彼ら二人を救ったタイガーでさえ、帝国にとってみればに儲けのために働く商人、いや、経済奴隷にすぎなかったから。二人は、足元のはるか下で重ねて起きている事故とその犠牲に対して、なにもしてあげられない無力感をタイガーが感じていると、悟った。
そして、タイガーの言葉にもかかわらず、クラウディアとアドナーンは、まだまだこれからも自らの無力と絶望とを味わい続けるのだろうと暗く思うのだった。
_______________________________
そしてその三か月後、ふたたび同じ規模の事故が起きた。それによって、別の強制労働者子息たちのクラスでも大きな欠員が出た。そして当然のように二つのクラスは一つに統合された。
その後も、1年生たちは惨事によって徐々に彼らの人数とクラスとが減っていく状況を何度か経験した。その結果、商人たちのクラスの隣やそのほかの空き教室となった教室の窓から外を見るたびに、彼らは犠牲者たちの現実を認識した。しかも、このような事態の繰り返しのすえに、強制労働者か子息の10個あったクラスは、ほぼ一年経った頃には5つにまで減っていた。それほど彼らは損耗することが当然のように扱われていた。
そして、一年がたった。一年生は新学期には、二年背になることになっていた。そしてこの時、新たに強制労働者たちが大勢収容されたという知らせが、二年生を含めたハイスクールのみならず、街中に知らされた。
地球では、煬帝国の征服事業が最終段階を迎えていた。
アカバ要塞陥落によって帝国は滅びたはずだった。真の支配者と思われた鳴沢は、黙示録の証人二人の犠牲によって地へと飲み込まれていった。同時に、宣明帝夫妻も行方不明となりこれで帝国は終わったはずだった。
だが、アザゼルは再び現れた。カムチャッカのアバチャ火山の火口に現れたアザゼルは、長白山の火口を開けてそこから後宣明帝を地に出現させることで再び煬帝国を動かした。二人の証人を失っていた旅団はあっけなく崩壊し、残党はコロンビア連邦へと落ち延びていった。だが、コロンビア連邦軍は、台湾から太平洋戦線、中東で圧倒され続け、欧州や海を隔てた米州大陸でも劣勢になりつつあった。
もちろん、旅団の残党は単に滅ぼされるだけではなかった。捲土重来を期し、逃げるのではなく積極的に帝国の中へと潜入する者たちもいた。しかし、コロンビア連邦軍が第二フネドアラ会戦とハワイ海戦とで陸海主力を失った後、欧州は次々に征服され、コロンビア連邦は連邦本国の上陸まで許していた。それでも、コロンビア連邦軍はロッキー山脈、アンデス山地での防衛戦争で勝利をつづけ、アラスカ奥地とニカラグア奥地、そしてスイスの奥地にそれぞれ設けた一大軍事基地を根拠地として反転攻勢に出ていた。
他方、煬帝国の占領地が欧州やコロンビア連邦にまで及ぶにつれて、多くの強制労働者たちが月へ次々収容されるようになった。既に東はルソン、台湾、東瀛、太平洋諸国、西は欧州、中東、欧州と北アフリカから南へ征服されていた。そして、今回の強制労働者たちはアルプス山中のゲリラや南北アメリカ大陸の海岸部からだった。征服地において得た大量の捕虜たちは、帝国にとって湯水のごとく使い捨てにできる人的資源にすぎなかった。
こうして、大勢の強制労働者たちが、先住者たちが欠けた無人の街を再び満たし、当然、アドナーンやクラウディアたちの学年にも新たな生徒たちが加わることになっていた。その中に、スイスのジャクラン村という寒村から来たナサナエル・ラモス・ガルシアという子供も含まれていた。