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4 月のハイスクール進学

「よいか、よく聞け。お前たちはこれから教練の毎日となる。帝国のために労働奉仕をするための基礎訓練をするのだ......もともとお前たちは帝国の秩序を乱し、歯向かい、反抗し、敵とさえなったのであり、もともと生き永らえることを許されない人間なのだ。生かしてもらえるだけありがたいと思え。帝国のために労働する機会が与えられることを、ありがたく思え」

 煬帝国と同じハイスクールの入学式であるはずなのだが、クラウディアもアドナーンも自分の耳を疑った。教師の元締めである校長の挨拶は、とんでもなく高圧的であり、敵対的であった。

 確かにカリキュラムは煬帝国本国のハイスクールと同じ程度のものだった。本国のハイスクールでも、軍事国家である煬帝国は自国民の体力と国術を重視しているゆえ、強制労働者たちと同じ内容だった。ただ異なったのは、校長以下教師たちが高圧的で敵対的であることだった。

_______________________________


 クラウディアもアドナーンも12歳を過ぎ、ハイスクールへ進む年度となった。保育園を出た者たちが一律に通う小学校を卒業し、その後は皆ハイスクールに進学した。小学校の教師たちは一様に優しく、共に生活するという感覚があった。それは、教師たちもまた強制労働者としてこの地区に放り込まれていた人間だったからだろう。

 そこを卒業し、新たなハイスクールという環境に胸を膨らませていた時、校長から頭を殴られたような挨拶を投げつけられた。長い間、心を苛まれるような声に耐えると.....。同じクラスとなったクラウディア・ディ・ジャクラン、アドナーン・サニ、アブドル・アルアラビーたちは、朝礼から解放された後に指定された教室に行ったのだが、今度は奴隷監督と言ったほうが良いような厳しい姿勢の教師が待っていた。

「いいか。ホームルームはおわりだ。この後は全員体操服に着替えて、屋内グラウンドに集合せよ。午前中、午後にかけて、お前たちの能力を測定するためにクラス対抗のムーボウルを開催する」

 この声掛けの後、各クラスの男女とも容赦なく教室から更衣室へと追い立てられ、生徒たちは口々にぶつぶつ言いながら、体操服を身に着けていた。もちろん、着替えの時間がもともと短いので、周囲の友人達を見やることや異性へ思いをはせることなど、とんでもないことだった。

「まるで刑務所じゃないか」

 アドナーンの友人アブドルが独り言を言った。それを、教師は見逃さなかった。

「お前か、今の言葉を発したのは......」

 アドナーンは、友人が殴られるのかと思ったのだが、それは違った。いや、それよりもひどい言葉だった。

「そうだ、お前たちのうち、商人なら帝国に奉仕する奴隷だし、強制労働の家族であれば罪人なんだぜ。だから、お前たちはいわば収容所に入れられているんだよ」


 屋内グラウンドに集められた彼らは、まずはクラス対抗のムーンボウルの試合を始めていた。このスポーツはいわばハンドボールとフットサルを一緒にしたようなもので、月の弱い重力を利用した跳躍力とハイスピードな展開で興奮するダイナミックな球技だった。

 男女別に始められたために、アドナーンやアブドルたち男子と、クラウディアたち女子は分かれて試合に臨んでいた。両者とも初戦は突破し、第二回戦に進んでいた。ただ、アドナーンはこの種の運動が苦手であり、次の試合には出るなと言い渡されていた。他方、クラウディアたち女子は早々に第三戦にまで進出していた。

 男子たちの第二戦に臨んだアブドルやアドナーンたちは、同じクラスの女子たちの応援を受けながら、相手方と接戦を繰り広げていた。残念ながら、味方はけが人を続出させ押されつつあった。しかも控えの選手は役に立ちそうもないアドナーンだけだった。

「アド、もうあんたしかいない。出てくれないか。負けているから消化試合になるかもしれないけど」

 アブドルはアドナーンに声をかけると、アドナーンは自信なさそうにアブドルに絶望的なまなざしを込めながら、コートへと入って行った。その様子を見たクラウディアは思わずアドナーンに声をかけていた。

「アド、頑張って」

 クラウディアの声にアドナーンは反射的に振り返り、まぶしそうにクラウディアを一瞥した。その直後からプレイ再開となった。そして、普段のアドナーンでは見られない動きも始まっていた。アドナーンは、やはり動きが鈍かったのだが、まるで左右と後頭部に目があるのではないかと思われる反応を示し、敵方のボールを追いつつ後ろのクラスメートにボールを渡し、ゴールへと結びつけた。普段考えられない動きはその後も続いていた。それを見たアブドルたちはもちろんクラウディアたち女子も歓声を上げていた。

「アド、すごいじゃないか」

「アド、すごい!。なんで急にそんなに鋭くなったの?」

 その後も、アドナーンのアシストは続き、気が付けばアドナーンたちのクラスは相手チームを圧倒していた。

 勝利を祝う女子たちや、控え席の男子たちは歓声を上げていた。アドナーンは初めて活躍を称賛され、戸惑いながらも笑顔で応じていた。

「どうしたんだよ。やればできるじゃないか」

「アド、私、あんたのこと見直しちゃった」

 誰しもが、賞賛の声を上げていた。ただ、クラウディアはアドナーンの活躍を不思議に思いながら称賛の声をかけていた。

「アド、急にできるようになるなんて。もしかして、今まで私にも隠していたの? 保育園から一緒だったけど、こんなにスポーツができたなんて......」

 そんな興奮が冷めぬまま、午後には女子の第4戦準決勝が控えていた。

_______________________________


「プレイ」

 審判の合図とともに黄色い歓声が上がり、女子たちの第四戦が始まった。クラウディアたちは、開始早々にバウンドとジャンプ力を生かして初得点を得ると、相手方の攻撃も調子づいてきた。さすが準決勝というべきか、双方ともあっという間に得点を重ねていた。しばらくは拮抗していた試合だったが、次第に相手方が得点で凌駕しつつあった。相手方に比べて、クラウディアたちに疲れが目立ってきたこともあって、敗色の濃い展開になりつつあった。そんな時、アドナーンがやっと昼食を終えて応援席にやってきたところだった。

「ディア、がんばれー!」

 その声が響いた後だった。クラウディアは、視野が急にひろがったように感じた。それと同時に、後ろ左右の様子、さらには上空から俯瞰したよう全体の動きまで頭の中に広がった。それとともに、クラウディアは、周りの敵味方の動きの予測、そして自らの動くべきベクトルを当然のように頭の中に図面に描くように予測していた。それは当然のように自らの加点やアシストに現れ、あっという間にクラウディアたちが大逆転をして、準決勝試合は終わっていた。

「ディア、すごいじゃない!」

「さすがにエースだと思っていたけど、今日はまた格段に活躍したねえ」

「駆ける速さに、反応の俊敏さが加わって、今まで見たことないような動きをしていたねえ」

 クラスメイトの女子ばかりでなく男子までもが驚嘆と賛辞を惜しまなかった。

「男子顔負けだねえ」

 その言葉を聞いて、アドナーンは自分の活躍の記憶が色あせ、クラウディアへの皆の称賛が自分のクラウディアへの思いに重なって、心の中で思わず彼女へのなんだかわからない興奮のような思いが膨らんだのだった。ただ、二人とも互いの存在を意識したことで能力をアップしたのではなく、互いの小脳近くに埋め込まれたアバチャイトガーネットが互いの認識の共有をさせることで認識能力がアップしたことには、気付いていなかった。

_______________________________


「アドはやっぱり私にとって特別なのよ。今日は特にそれを感じたわ」

「僕だってそうだ。ディアは僕にとって特別な存在さ」

 二人は互いに互いの肩を取って溢れる喜びを表現した。ただ、それぞれの反応は、相手に別の反応、つまりは驚きと恥じらいの混じった反応を呼んだ。

「えっ?」

 クラウディアは、その言葉とともに思わずよろけた。その彼女を反射的に抱き上げたアドナーンは自分の反応に驚いていた。

「あっ、あの」

「アド......」

「ディア......」

 二人は互いに向き合って名前を呼び合い、無意識に互いに相手の手の感触を味わっていた。そんな二人を周りのクラスメートたちも取り巻き、勝利を喜び合った。

「やったな」

「そうね、やったわね。私たち」

「さあ、みんな、声を合わせて勝利を祝おう」 

 皆がこのように勝利に酔っている間、二人はそっと互いの手をほどき、互いに気まずそうに目を伏せていた。

 帰宅後も、アドナーンもクラウディアも互いに自分の感情の盛り上がりに戸惑っていた。互いに応援しあったことで互いを力づけることができたことを明らかに記憶しており、相手の応援によって自分が活躍できたと考えていた。そして、クラウディアは、この後も女性らしくアドナーンとの間のこれからを夢目見すらしたのだった。

「どうか、アドと一緒にこれからも過ごせますように」

 誰に向かってとも言えないおまじないのようなかわいい言葉を、クラウディアは何回も口にした。その様なまじないは、その領域を支配する煬帝国のビルシャナに届きかねない危険な行為だった。そんな様子を見て、タイガーは用心をしてクラウディアたちに何があったのかを、彼女らに聞いた。

「見えたんだ。いや、違うな。わかったんだ、後ろと両サイドが、はっきりと」

 タイガーにアドナーンはそう言った。またクラウディアもそう感じていた。タイガーは、それらのことを誰にも言うな、軽率に感情を高ぶらせるな、と厳しく二人に言い渡した。特に、帝国にそのことを知られてはならなかった。

「そのことを誰にも言うな。確かにあんたたちは互いに好意を持ち始めているんだろうな。だが、その能力はあんたたちが互いに好意を持ったから発揮されたんじゃあない。これはあんたたち二人の、二人だけが持つある特別な能力なんだ。まだ詳しいことは言えないが、あんたたちの秘密の能力なんだよ」

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