21 オアハカ攻防1
ガンマ線バーストが収まって3か月。月の基地や宇宙空港、そして地球の煬帝国の宇宙空港には、誰も生き残っている兆候は観測されなかった。それでも、念波が五行鬼たちに届いていることから、月の南極基地にはナサナエルとその周囲の者たちがナサナエルの張った結界によって守られていると思われた。また、煬帝国本国には、神邇達がわずかに生き残っており、かれらを祀った神殿や皇帝宮殿近辺には、神邇達の張った渦動結界によって生き残った者たちがいた。同じように、連邦に特徴的な通信が観測されていることから見ても、連邦側がどこかで活動しているのは確実だった。
このように、帰投できる宇宙空港のインフラが機能を回復していない現状では、また、地上に敵の活動の痕跡が観測されているままでは、帝国艦隊は本国宇宙空港の機能回復を待ちつつ、地球全体監視とのために、ラグランジェポイントから動くことができなかった。
「残余の神邇達の結界の下に、皇帝陛下や側近たちは生き残っている。だが、煬帝国本国の空港、月基地のどちらも要員は全て死亡、廃墟となっている様子だ」
ビルシャナは、ため息をつきながら指摘した。煬帝国の守護者のはずだった彼は、たまたま康煕アーレス月総督の指導者として同乗していた。彼は、たまたま現場に居合わせたがために、本来ならば行うはずの無いような具体的な指示を、出さざるを得なかったのだ。
彼の指摘に対して、艦隊総司令の林聖煕は艦隊全体の数字を思い出しながら、答えた。
「今のところ、補給は不必要です」
その答えを補完するように、横にいた袁元洪が口を出した。
「ただし、あと一か月以内には帝国の宇宙空港に着陸して、全艦隊へ補給をすることが必要です」
「それならば、その前に作戦行動を起こし、雌雄を決するべきでしょう」
チャチャイ・チャイヤサーン、ラシュ・ボースたちもまた口を添えた。それに対して、ビルシャナは改めて疑問を呈した。
「だが、あの白銀の飛翔体2機がある限り、我々は連邦軍要塞上空への爆撃艦配置は自殺行為では?」
「そうですね。このままでは、地上攻撃は無理です」
チャチャイは同意しつつ、自分の考えを付け加えた。
「では、ガンマ線バーストが収まった今なら、上陸強襲艦隊による要塞占拠作戦を実施するチャンスでは......おそらく敵が生き残っているとすれば、いずれかの要塞か秘密基地であると考えられますし......」
「だが、あの飛翔体2機は、上陸強襲艦隊をも餌食にするだろうし......」
ラシュが指摘をすると、袁元洪が改めて方針を示した。
「それでは、陽動作戦を用いよう」
「陽動?」
チャチャイたちが戸惑ったような反応を示すと、袁元洪はさらに続けた。
「コロンビア連邦は、様々な観測結果から、アンデス方面もしくはロッキー北方方面のどちらかで、いまだに活動を活発にさせている。彼らの活動の意味と手段など、様々な秘密を探る必要がある。したがって、そのような基地を占領しなければならない。したがって、陽動として爆撃艦隊による攻撃を開始し、同時に目標地点に対して強襲上陸艦隊による空挺攻撃を開始すればよいだろう。これで勝負をつけよう」
「では、強襲目標はどちらに?」
ラシュが気を取り直したように袁元洪、そして林聖煕をみつめた。それをビルシャナは観察しつつ、新しい指摘を付け加えた。
「それならば、可能性の高い標的がある。オアハカだ」
「閣下、どのようなことで?」
林聖煕がビルシャナを見上げるように問いかけた。ビルシャナは、ゆっくり解説するように指摘した。
「ガンマ線バーストの直前に受けたことなのだが、杭州府の帝国軍司令部からの報告では、オアハカの要塞から連邦への秘密通信を解読したというのだ。それは、ニュートリノレーダという謎の機器によって月の地下からの我々帝国艦隊の出撃を、観測したという一報だった」
「そうか、それならばそこを爆撃目標にすればよいではないですか」
チャチャイが指摘すると、ラシュ達も同意するようにうなづいた。だが、袁元洪はビルシャナを見上げつつ、指摘した。
「実は、疑われる場所がもう一つある。それはアダク島付近の観測所基地だ。そこで、二か所のうち最も可能性のあるオアハカを強襲目標として、彼らの秘密を暴く必要がある。その意味で、占領して彼らの全容を暴いたうえで、完全に破壊することが必要ですな」
「わかった。それでは、アダク島方面への爆撃艦による陽動作戦を開始するとともに、並行してオアハカの要塞を強襲攻撃する。この地域の占領を、この作戦の主要目標としよう」
ビルシャナは最終的な決定をした。
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「アリューシャン域上空に、帝国巡航爆撃艦隊接近」
オアハカの地下基地ではアサーラ警備隊長は、渋い顔をしながら副官のザイナブとアイシャ、イドリースを見つめた。アサーラの許には、オアハカ沖の深海底ニュートリノレーダーがラグランジェポイントから移動し始めた帝国艦隊についての報告が、海底基地司令官のタエから届いていた。
「他の帝国軍の動きは?」
「もう一方の強襲上陸艦隊には動きがありません」
「敵の月基地には、全く動きがありません」
「煬帝国本国の宇宙空港などの軍施設には動きが一切見られません。もちろん艦隊群規模の動きは見られません。」
「おそらく、帝国軍で残っているのは、ガンマ線バーストに対抗できる結界を展開できる艦隊のみでしょう。つまり、全てのベテランアサシンや士官たちが出払った帝国の月面基地や地下基地は、ガンマ線によって全員が死滅したと考えるのが妥当でしょう。帝国本国でも国民レベルでも、杭州府の宇宙空港さえも動きがありません」
「とすると、強襲上陸艦隊を注視しておく必要がある。帝国の残りの主力は彼等だ」
アサーラはそう言うと、タエ司令官へ今後の戦況の分析と方針を相談しに、エレベータで深海部へと降りて行った。
「......以上です」
「そうですか」
タエはアサーラの考察を受けて、長く沈黙しつつ何かを考えていた。
「おそらく、アリューシャンの巡洋爆撃艦隊による攻撃は、陽動でしょう」
「陽動? ですか?」
「そうです、アサーラ。でも、陽動作戦には一応対応することにします」
「一応の対応?」
「そうです......。おそらく、敵は地上に残った我々側の残党の掃討でしょう」
「タエ司令官、彼らは我々の仲間を恐れているのでしょうか」
「そう、彼らはアドナーンとクラウディアによって飛ぶ二機の飛翔体を恐れているのよ。だから、彼らの攻撃目標から飛翔体を引き離すために、陽動を掛けるのでしょうね。そのうえで、本体による攻撃を彼らが目標とする個所に加えるつもりなのだろうね。ただ、どこを狙って攻撃してくるのかしら?」
「タエ司令官、もしかして、ここでは?」
「そうだね、我々が彼らの動きを探っていたこの場所を調査したいだろうしね」
「わかりました。今のうちに、地上の基地跡をすべて跡形もなく片付けておきましょう。ついでにもしこのオアハカが急襲された際にそなえて、ブービートラップも準備しておきます」
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二機の飛翔体は、タエ司令官の示唆に従い、オアハカから潜水行動でアダク島の近海まで移動した。すでに帝国爆撃艦隊は、放棄されたはずの連邦軍要塞を次々に爆撃しつづけていた。
「いいか、徹底的に連邦の設備を再利用不能にするぞ。その後の世界は我々の世界となるぞ」
美姫クリスパーアーレスは、艦隊全艦のクルーたちをそう鼓舞した。それゆえに、彼らは精密にそして激烈に爆撃を開始していた。その結果がもたらした島々の変形はあまりに激烈すぎた。その様子に驚いたのか、駆けつけたアドナーン機、そしてナサナエルの同乗するクラウディア機は、激しい怒りを表すように爆撃艦の展開する大気圏外へと突き進んだ。
爆撃艦からはその姿をはっきりと把握していた。
「ほほう、怒りに任せて飛んでくるぞ。爆撃艦隊に指令。十字砲火開始せよ」
アドナーン機、クラウディア機は十字砲火を潜り抜け、あっという間に爆撃艦隊の最後尾に取り付いた。
「敵機接近。対空十字砲火斉射開始」
その声とともに、全ての爆撃艦から主砲の斉射が始まった。
「アド、この艦隊には、結界を張る者がいないわ」
「ディア、それなら敵艦隊を切り刻んでやろうぜ」
二人はそう言い合うと、二機は互いにらせんを描き、さらに平行線を描くと、そこにあった爆撃艦は前方が粉砕され、後方もまた両断された。続いて、隣接する艦船が次々に切り刻まれ、爆発していった。
「美姫司令、わが艦隊の損耗率50%に至りました。このままでは全滅です」
「十字砲火を強化せよ。オアハカに対する強襲上陸艦隊の攻撃が開始されようとする今、ここで撤退するわけにはいかない」
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「こちらオアハカ要塞撤収作業部隊、イドリースより報告。空挺降下の敵兵団、見立てよりも早くそして大規模に来襲しています」
「イドリース、撤収を急げ!」
「こちらイドリース、我々の部隊は敵の猛攻を受けて、避難路は断たれました」
すでに、撤収部隊は地上の基地部分の処置を放棄していた。だが、空挺降下済みの五行鬼の大群は、包囲を狭めつつあった。
「いいか、全員に次ぐ。密集体形にて敵の包囲を突破する。全員突撃用意」
「イドリース様、私が先鋒を」
「わかった。私が殿を務める。全員突撃!」
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「アドナーン、クラウディア、ナサナエル。すでに敵はオアハカ近辺への空挺を始めて地上に展開中だ」
地下基地では、タエ司令官の指示によりザイナブとアイシャが敵爆撃艦隊への攻撃を続けるアドナーンたちへ、悲痛な通信を送っていた。そこに地上のイドリースからの悲痛な報告がもたらされた。
「......敵の猛攻を受けて、避難路は断たれました」
タエはその声を聞いて声を荒げた。
「空挺降下の敵兵団は、わがオアハカ要塞を包囲完了したのだぞ! アドナーンたちはまだ来ないのか?」
「まだ確認できません」
地下基地では、アサーラ警備隊長の悲痛な声が響いた。タエは再び叫んだ
「いま、どこにいるんだ?」
「敵兵団は、新人類で構成され、火炎族、水明族、木精族、土塊族からなる混成旅団40万がオアハカ周辺への上陸を終え終えてす。なお、友軍からの攻撃はまだ見られません」
ザイナブとアイシャは懸命に答えた。
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「美姫司令。いつまでここにとどまればいいのですか?」
「今少しだ、今は耐えるしかない」
「わが艦隊の損耗率90%です。このままでは全滅です」
「我々帝国戦士は、もともと次々と量産されるデザインベビーじゃないか。所詮捨て駒なのだから、せいぜい損耗には耐えようじゃないか」
「司令、林聖煕遠征軍総司令官より指令がありました。撤収命令です」
「撤収命令か、わかった。艦隊残存艦に指令。直ちに現宙域より離脱せよ」
アドナーンたちが次の獲物を捕らえようとした時、爆撃艦隊の艦艇はほとんど残っていなかった。それでも、少数とは言え爆撃艦は急速に回頭してアドナーンたちの攻撃から逃れ始めた。クラウディアはそれを追う体制を整えた時、アドナーンからから冷水を浴びせたように指摘が来た。
「オアハカ海底都市のタエ司令官より、急ぎ帰還せよと言ってきているんだよ。オアハカ周辺にはすでに敵のほとんどが強襲上陸したと言ってきている。イドリース達要塞撤収作業部隊が包囲された、と」
「しかし、もう少しで敵爆撃艦隊を撃滅できるのに」
「オアハカが危ないんだよ」
「じゃあ、アドが行けばいいじゃないか」
「ねえ、僕ひとりじゃ能力を完全に発揮できないよ」
「わかっているよ、だからもう少し一緒に頑張ろうよ」
「僕はオアハカに急行するよ」
アドナーンはそう言うと、機首を南東へへ向けた。だが、クラウディアは逃げていく帝国艦を追い続けた。
「アド、まだ頑張れるぞ」
クラウディアは無線でアドナーンに呼びかけた。だが同乗するナサナエルはクラウディアをたしなめ続けていた。
「ディア、アドナーンの言うことを聞け!」
「ナサナエルは邪魔しないで!」
「僕は、あんたがそんな性格だから、助手席に乗ったんだ。今はオアハカへ急行すべきだ」
それに口調を重ねるようにアドナーンの怒鳴り声がスピーカーから響いた。
「僕は、帰る、と言ったのだよ」
「わ、わかったわ」
ようやく、二機はそろってオアハカ要塞へと向かった。だが、この会話による遅れがオアハカへのさらなる攻撃を許すことになった。
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「美姫艦長、飛翔体離脱していきます」
「もうよい? われわれの陽動作戦は終了した。敵はどのあたりまで行ったのか」
「わかりません」
「まあ良い。強襲上陸艦隊に連絡しろ」
強襲上陸部隊を指揮する聖煕は、美姫の報告を受けて慰労していた。
「美姫アーレス、よい働きだ。ラグランジェポイントにて待機せよ」
そこに、地上部隊からの連絡が入った。
「林司令官、地上部隊より報告です。木精族によれば、敵の地上基地の跡を発見したとのことです」
「袁元洪よ。直ちに地上部隊の五行鬼たちに合流しろ。知恵の多少ある木精族ではろくな分析もできまい」
「林司令官、地上部隊から続報です。敵の作業員とみられる一団を包囲しました」
「そいつらを生かして捕らえろ。チャチャイ・チャイヤサーン、ラシュ・ボースよ、敵の一団を生かして捕らえろ。貴重な情報源だ」
聖煕は部下たちに指示を出すと、そっと椅子に腰を下ろして後ろを振り返った。そこにはビルシャナが目をつぶりながら、静かに深々と椅子に座っている姿があった。
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「こちらオアハカ撤収作業部隊、イドリースより報告。敵はこちらを生け捕りにしようと......」
その通信とともに撤収部隊の連絡が途絶えた。そして、帝国軍側からオープンチャンネルでの呼びかけが始まった。
「こちら、帝国軍総司令官の林聖煕。そちらの作業員の一団を捕らえた。残りのあんたたちも、もう終わりだ。降伏せよ。回答期限は10分だ。さもなければ、作業員の一人を除き、全員銃殺する」
「アドナーン、クラウディア、ナサナエル。敵が、イドリース達を捕らえた。このままでは、我々の秘密が暴かれてしまう。地下基地も危ない。あんたたちは今どこなのだ?」
オアハカ沖の海底都市から、タエ司令官の声がアドナーンたちに届いていた。
「アド、今向かっていると答えてあげて」
「いや、今通信を発するのはいけない。こちらの動向を敵に教えてしまう」
「ナサナエル、じゃあどうすればいいのよ」
「ディア、このまま作業部隊が捕らえられているところへ突っ込んで白兵戦を挑もう。アド、あんたは飛翔体で僕たちを援護してくれ。僕たちで、撤収部隊の血路を開くんだ」
彼らはイドリース達を捕らえる五行鬼たちを急襲した。クラウディアは空中から地上へと飛び降りると同時に霊剣操によって敵陣のすべての剣を自らの制御の下に置き、一気に周囲の五行鬼たちをせん滅していた。そこへ畳みかけるようにしてアドナーンの飛翔体が仕掛け、その通過した後には五行鬼たちが倒れていた。
ナサナエルは飛翔体をゆっくり動かしながらイドリース達に呼びかけた。
「さあ、イドリース達、急いで。血路を開いてもらったから」
彼らは、こうして山影の秘密退出路へと姿を消した。その後、ナサナエルは一帯の岩を融解させ溶岩流の海にした。
クラウディアは、霊剣操のわざによって剣の大群を次々に五行鬼たちへぶつけていた。だが、その制御が突然混乱した。敵もまた霊剣操の技を使っていた。
「久しぶりだな。誰かと思えば、クラウディアじゃないか」
聞き覚えのある声がクラウディアの周囲に響いた。彼女はすでに顔見知りの五行鬼たち、すなわち月の国術院のクラスメートたちに包囲されていた。




