表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/36

2 帰ってこない大人たち

 保育園には、すでに子供を迎えに来る親たちが、次々に来ていた。だが、今日に限って、いつまでたってもアドナーンの親であるカミラまたは(フー、クラウディアの親のケビン又はアディヤのだれもが来ることはなかった。

「どうしたのかしら。佐丹(サニ)家とジャクラン家......」

「もう、お迎えに来てもいいのに」

 保育士のタニアとディアナ、そしてミランダ達は、いつもと違うサニ家ジャクラン家の親たちに戸惑っていた。しばらく保育士達同士は、残されたアドナーンとクラウディアの扱いに困惑し相談を繰り返していた。

「仕方が無いわ。タニアとディアナ、私が二人を自宅に送り届けるわ。あなたたちは彼らの両親たちの消息を確かめてあげて」

 保育士達は、一人が子供たちを送ることになり、残りの二人はそれぞれ二人の両親たちの事故現場に行くことにした。この時彼らは、動いていた鉱山鉄道を利用した。この鉱山鉄道は、宇宙空港の直下から大深度地下まで、ビジネス区、禁則域、労働者居住区、生産工区、鉱山鉱区と続く円筒状の構造の周囲をらせん状に下降、もしくは上昇するように鉄路が設けられていた。そして、事故直後とはいえ、まだ、鉱山鉄道は動いていた。

「ねえ、ミランダ。なんで僕たち二人だけ、送ってくれるの?」

「ミランダ、私たちが特別になったのよね。もしかしたら、私たち高貴な子女だったのよね?」

 園児たち、とくにアドナーンとクラウディアは夢見がちだった。そんな園児二人がこんな特別扱いを受ければ、豊かな想像力を働かせて自分たちをヒーローとヒロインにしてしまうのは、仕方がなかった。

「さあさあ、二人とも。居住区上方方面列車に乗ってちょうだい」

 普段であれば、定期的に上り下りの線路を行きかう鉄道だったが、目の前の列車はどうやら保育区域から上の住居区域に向かう最後の便のようだった。

「あんたたち、おうちに着いたら静かにお父さんお母さんを待っているのよ」

「はあい」

 園児二人ともまだ彼らの両親たちに起きたであろう事故について、まだ知る由もなかった。それゆえ、彼らは無邪気に明るいままだった。

 二人を迎えたのは、佐丹(サニ)家の母親だけだった。佐丹(サニ)家の父親とジャクランの両親はまだ帰っていなかった。

「今日は、ミランダが一緒に帰ってくれたんだよ」

 こう叫びながらアドナーンが自宅へと駆け込んでいった。それを追ってミランダがクラウディアを伴て遠慮がちに足を踏み入れていた。

佐丹(サニ)様。本日は、緊急事態が下方の鉱区から報告されたために、例外的緊急対策として、アドとお隣のディアとをお届けに来ました」

 クラウディアはいつもと違って佐丹(サニ)家に直接連れてこられたことに不安を覚えていた。

「ねえ、ミランダ。私のお母さん、お父さんは?」

「そうだ、ディアのお母さんたちは帰ってきていないの?」

 アドナーンは母親のカミラに無邪気に問いかけた。だが、彼女は不安そうな顔いろを隠すのが精いっぱいだった。近所一帯の工夫たちの家族はケビンやアディヤ、そのほか誰も帰宅していなかった。これは家族に工夫がいるミランダにも少なからず影響しており、彼女もまた不安を心に抱きながら、帰っていった。


_______________________________


 最下層の落盤事故は数百人の犠牲者という今までにないほどの規模で起きていた。その影響で、すでに上層部と下層部とを結ぶ鉄道は停止され、最深部から帰宅するため手段は失われていた。それゆえ、アドナーンとクラウディアは、佐丹(サニ)家の母親の下で数日ほどくらしていた。

 その間、彼らは下層で起きていた落盤事項を報道で知ることもなく、ただ不安の中で数日を暮らしていた。それでも、父母ともまだ帰宅していないクラウディアは、じっとして居られはしなかった。彼女の様子を見て、アドナーンは母親に静かに問いただした。

「お母さん。お父さんはもう戻ってこないんだね」

「アド、なぜそんなことを言うの?」

「でもお母さんも言っていたじゃないか。月開発公司のお偉いさんは事故ぐらいでは動いてくれないって」

「アド、でもまだお父さんが戻ってこないとは決まっていないわ」

「じゃあ、お父さんのこと、そしてディアのお父さんやお母さんのことも、お偉いさんに調べてもらおうよ。何が起きてどうして戻ってこれないのかを」

「じゃあ、ここから近い集合場所に来る担当者に働きかけてみましょうね」

 だが、次の日に彼らが問いかけた担当者は、けんもほろろだった。しかも、母親が事故を疑う問いかけをしたことが、彼らにとって反逆の意図アリと疑われる結果をもたらした。次の日、アドの母親は当局に連行されていった。


 夜時間帯になっても、アドナーンの母親は戻ってこなかった。次の夜も、次の夜も。アドナーンがしびれを切らしたころ、そこにクラウディアがアドナーンの部屋に入ってきた。

「アド、お母さんは戻ってきたの?」

「まだ、今日も戻ってこなかった」

「じゃあ、私たちで探しに行きましょ?」

「私たちって?」

「私とアドと二人で」

 自宅の食料はもう尽き欠けていた。近所の大人たちも、戻ってきた人たちはいなかった。仕方なく、その地区に残された二人だけで、連行されたアドの母親カミラだけでも探し出そうと、二人はその無人地区を出て行った。


 こうして、クラウディアはアドナーンとともに母親を探しに出かけた。だが、彼らが訪れた担当者の事務所は無人だった。ただ、窓から覗き込んだ時、事務所の机の上に残されていた「落盤事故の詳細報」という言葉に、アドナーンたちは気づいた。

「ディア。大深度地下で、事故があったのかな」

「アド、大深度地下へ行ってみようよ。非常通路だったら降りられるよ」

「でも、今は大人だって大深度地下へ行くことはダメだって、お母さんが言っていたよ」

「アドはいいよ。お母さんはまた帰ってくるよ。でも、私のお母さんもお父さんも事故の現場から帰ってきていないんだよ!」

 クラウディアはそう言うと、事務所奥に接続している非常階段室への通路へとさっさと入り込んで行ってしまった。仕方なくアドナーンも後を追うと、二人は下へと下って行った......。月世界であり、しかも大深度にもなれば、重力は膝にそれほど負担にならなかった。

 5時間、いや6時間ほど下り続けただろうか。子供の足でもその程度の時間も下れば、再下層部に至った。ただし、深夜の時間帯となって最低限の警備体制にあった非常階段室は、行き止まりであることが分かった。おそらく最下層階に行き着く前に崩壊事故の影響で行き止まりのようだった。

 上層の居住区で聞いた限りだったが、すでに事故現場は収拾されているということだった。それゆえ、二人は非常階段室を抜け出し、事故現場に容易に接近できた。その事故現場は落盤だったらしく、現場近くまで補強工事が進んでいた。だが、肝心の事故現場までにはまだ復旧が進んでいなかった。

 それでも、二人はその先に進んでいった。小さい体が幸いし、二人は崩れた鉄骨や岩の間をすり抜けていった。小さいながらも慎重に、慎重に。そして二人が見た者は、すでに息絶えてから兆時間立った犠牲者たちの姿だった。そこには、アドナーンやクラウディアにとって見覚えのある何人かの姿もあった。アドナーンとクラウディアの親はもちろん、近所のおじさんおばさんまでがそこに残されていた。

 強制労働の労働者たちが時々多数失われるのはこのような事故が繰り返されるためだった。それは、アドナーンとクラウディアにとっても、目の前の惨状をみたことで明らかだった。

 二人は、もときた道を戻っていった。夜の間に非常階段室へと戻ったが、そこから居住層へ戻るのには次の日の夜までかかった。

_______________________________


 二人がアドナーンの家に戻ると、そこには憔悴しきったカミラが待っていた。

「どこへいっていたの?」 

 ここでアドナーンもクラウディアも本当のことを言ってはいけなかった。

「お母さんが連れていかれたから、事務所を訪ねたんだ」

「誰もいなかったから、そこでお母さんを探していたんだよ」

 これは半分本当で半分は嘘だった。確かに、事務所を二人が訪ねたのは本当だった。そして、入り込んだのも。但し、彼ら二人はさらに奥へ、しかも大深度地下へと入り込んでいったことを告げてはならなかった。

「お母さん、これからどうするの?」

 彼は家族や隣人たちが落盤事故の現場の犠牲になったことを認識していた。それゆえ、決して[お父さんとクラウディアのお父さんやお母さんは?」と尋ねていなかった。だが、カミラにしてみれば、アドナーンの問いかけがあっても、他の家族や隣人たちを切り捨てることは考えたくなかった。それゆえ、彼女は意識的に家族や隣人たちの消息をどうにかして事業を実施している月開発公司本部に問いただすこと考えていた。

 強制労働に服させた労働者たちの住む居住区は月表面の都市部の直下にあった。だが、月開発公司本部がある月表面の都市部へ居住区から直接に乗り込むことは、構造上完全に断絶しているため上無理だった。居住区と下層の鉱区や生産地区を結ぶ鉄道は、上層のビジネス区や表面の都市へ通じていなかった。また、下層の鉱区や生産地区での製品は、居住区を通らない外側の周回鉄道によって月表面の宇宙空港へと全て直接運ばれていた。それでもアドナーンは、路線図などの資料から鉄路がそのように敷設されていることを知っていた。それで、彼らは隠れて月表面へ通じる鉄道に乗り込むため、下層の生産地区へと再び下って行った。しかし、月表面へ通じる周回鉄道は、真空の空間を動くものであり、装備の無い人間が乗る余地が全くなかった。

 非常階段も鉄道もダメだとわかったカミラだったが、彼女二人を連れて最下層までは来ていた。彼女は、事務所にしまわれていた古いマニュアルまで調べ、過去の上下移動手段に古いゴンドラが残されていることを思い出していた。それは、巨大な円形の宇宙空港の真下にそのまま連なる巨大な円筒の内部にビジネス区、居住区、生産地区、鉱区が形成され、それらの巨大な円筒の中央に、上下するゴンドラを通す垂直な通路が設けられたものだった。しかも、ゴンドラは、原始的で小量しか運搬できない前時代的な遺物だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ