19 ふたたびの帝国軍来襲 クロスアラベスクによる脱出
タエが預言を受けた時にオアハカ要塞では、コロンビア連邦軍とタイガーすなわちヤザンの工夫によって完成したスティルスーツが、もう三着完成していた。さらに、バスを二回りほど小さくして押しつぶしたような涙滴型の飛翔体を2艇用意することができていた。
要塞にこの機体を持ち込んだ係員は、ヤザンからアドバイスを受けながらナサナエルに説明をし始めた。
「長さは5メートル。幅は1.8メートルあります。この飛翔体の機体は、αチタニウム合金異方性多層構造で構成されています。表面のアラベスク模様から、これらを私たちはCross Arabesqueと呼んでいます。この模様のような表面構造によって、ガンマ域からマイクロ波までのすべての波長を反射散乱させ、温度上昇を避けるようにできています。つまり、太陽表面の高温や放射線やガンマ線でさえ、ある程度耐えられます。さらには、ミサイル攻撃やアトミックの攻撃にも機械工学的に耐えられるように設計されています。コックピットにはお持ちのオベリスク模様の颪鎌を差し込むことで動くようになっており、颪鎌の有する場の力によって、ほとんどすべての外作用を外壁の外側で中和する仕組みが備わっています。但し、定員は2名だけです。乗り込む際にはこのスティルスーツを身に着けてください」
「これをどうやって操縦するのですか」
ナサナエルはヤザンと係員とを交互に見ながら質問した。ヤザンは平然とした顔でナサナエルの顔を覗き込みながら返事をした。
「それをこれから訓練するのさ」
「じゃあ、早速......」
ナサナエルは戸惑いながらも目の前の白銀の乗り物に興奮していた。ヤザンはその姿を見つめながら、たしなめるようにナサナエルに告げた。
「まずは、操縦訓練を兼ねて、この係員とアイシャとをオアハカ沖のニカラグア海溝に設けられた海底都市ニカラグアに送り届けよう」
「じゃあ、ついてこい」
ヤザンはアイシャを助手席に、ナサナエルは係員を助手席に、それぞれ乗せて飛翔体を要塞の中庭から空へと浮かび上がらせた。目指すは太平洋岸。ヤザン機はナサナエル機のノロノロとした上昇速度に合わせて、ゆっくり飛翔した。ナサナエルはやっとのことで操縦に慣れると、前方の輝く砂浜と蒼い海面に気づいた。
「コロンビア連邦の人々は、全て月へ連行されてしまったんだろうな。ここでも、人ひとりいない砂浜がどこまでも......」
暗澹たる気持ちで眼下の砂浜を見つめていると、係員が指摘した。
「このまま見つめていると、そちらに、つまり墜落しますよ」
ナサナエルは慌てて前方を見つめた。既にヤザン機は海中へと突入コースを取り始めていた。
彼らは探知されることを恐れてか、ロスアンジェルスの廃墟からそのまま海中へと機体を潜水させた。それでも進行速度が遅くなることはなく、ロスアンジェルス沖からその日のうちに一気にオアハカ沖の深海へと達していた。
「こんなに速く移動できるなんて......」
やがて、海溝部の奥の奥に、光を海底部に輝かせる海底都市が見えてきた。ドックが近づくと、ヤザンは慎重にドックの中へと飛翔体を侵入させていった。ナサナエルも続いて侵入させたのだが、速度を緩める技術が未熟であったために機体をドックの艦障壁へと激突させてしまった。
「気を付けてください」
係員はそう言った。不思議なことに、どんな仕組みかわからないのだが座席には全く反動が無かった。
「これって......」
「そうです。攻撃を受けても、傷を受けることはありません。そして、内部の人間は完全に保護されるのです」
ナサナエルは、驚いたまましばらく外へ出ることを忘れていた。
「さて、ここのニュートリノ検知器によると、月の煬帝国軍の南極域基地に動きがあるらしい。おそらく、乗組員たちの訓練が終わり、訓練の終わった艦隊全艦が次々に基地に集結しつつあるんだろう」
「では、いよいよ......」
ナサナエルはやっとアドナーンとクラウディアを救い出せるチャンスだとばかりに意気込んだ。だが、ヤザンは慎重だった。
「いいか、艦隊が出撃するのを待たなければならない。その後が勝負だ。二人を乗せた艦に近づけさえすれば、乗り込んで一気に救い出し、脱出できる。但し、艦隊の構成艦は6000にもなる。その中からどれが二人を乗せているのかを知らなければ、救い出せない」
「じゃあ、どうやって彼らの居場所を知ればいいんだ?」
「彼らは、帝国側にとっては人質なんだぜ。とすれば、攻撃されないように後衛の最後尾だろう」
「それでわかるの?」
「彼らの爆撃隊形は、いわばラッパ型なんだ。その爆撃の際に最後尾の艦を狙えばよいだろう」
こうして、秘密の救出作戦は、二艇のクロスアラベスクで実施されることとなった。
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同じ日、月の南極域基地では、宇宙空港や地下の格納庫から煬帝国軍遠征軍の構成艦が次々に出撃していた。出撃した艦は、ラグランジェポイント付近で集結し、上陸強襲艦隊、支援爆撃艦隊と、それぞれの隊形を整えつつあった。
上陸強襲艦隊には、上空に控える司令旗艦が含まれるほか、爆撃艦隊を指揮する準旗艦数隻も含まれていた。旗艦には遠征軍総司令官の林聖煕総参謀長、準旗艦の三隻には袁元洪、チャチャイ・チャイヤサーン、ラシュ・ボースが座乗した。彼らは先鋒を務めつつ、地球上空から急速に突入するとともに、空挺強襲する作戦を予定した。
他方、爆撃艦隊の艦長たちには月総督の康煕アーレス、美姫アーレスなどの帝国戦士が乗艦した。彼らは地上からの攻撃を避けるために、静止軌道からの攻撃に徹することになっていた。
彼らがラグランジュポイントを発したのは、それから二日目だった。そして、ようやく三日目に、前衛・後衛合わせて6000隻が地球の静止軌道上に到達しつつあった。
ヤザンの見立て通り、後衛を務める爆撃艦隊はラッパ型の爆撃体形を取りつつ進撃していた。その最後尾が、ヤザンとナサナエルの目標とする爆撃艦だった。
300メートルの艦に接近すると、ナサナエルはその巨大さにおののき始めていた。
「この中から、探すんですか」
「いや、この艦にはいない」
ヤザンはがっかりしたように静かに言った。ナサナエルは衝撃を受け、思わず怒鳴った。
「じゃあ、どこに?」
「そう、どうしたらいいんだ?」
「もうすぐガンマ線バーストが届くはずですよ。どうするんですか?」
「そうか、エロイム粒子を検出すれば......」
ヤザンはそう言うと、颪鎌をかざした。すると、近くの後衛の爆撃艦隊には一切の感度が無かった。その代わりに、強度を感じられた方向は前方、すなわち前衛の上陸強襲艦隊だった。しかも、それらは既に静止軌道を離脱し、地球への降下を始めていた。
「あの艦だ」
「そ、そんなあ」
ヤザンの持つ颪鎌は明らかに前衛の強襲上陸艦隊を指していた。だが、強襲上陸艦隊に近接して分かったことだが、反応のあった艦は旗艦だった。
「これでは間に合わない。仕方がない。ここから飛翔体を突っ込ませる」
「え、ヤザン、艦体にそのまま突っ込むのですか? どうやって?」
「あんたは私についてくればいいんだ。但し、突っ込んだら、クラウディアとアドナーンのうち、近くの一人を引き入れることにしよう。衝角攻撃戦用意!」
そう言いながら、飛翔体は二つ平行のままに旗艦の艦底部に突っ込み、しばらく突き進んでアドナーンたちの収容されている拘禁室へ達した。途端に、旗艦の中では警報がけたたましく鳴り渡った。
「ナサナエル、クラウディアを乗せてくれ。乗り込ませたら、そのまますぐに脱出しろ。僕は隣の部屋のアドナーンを連れてから脱出する」
「もう、乗せています。だから、早くアドを連れてきて。僕たちは、そちらを援護射撃しつつ待っています」
だが、警備兵たちが間もなく駆けつけてきた。ナサナエルは座席から警備兵めがけて数度の銃撃によって時間を稼いだ。その間に、ヤザンはアドナーンを連れて走りこんできた。
「さあ、早く」
ナサナエルやクラウディアが声を上げた時、その場にビルシャナが現れた。
「待っていたぞ、ヤザン」
そう言うと、四人は多数の警備兵にすっかり囲まれてしまった。だが、その時、ブリッジから悲壮な声が飛び込んできた。
「ビルシャナ様、強力なガンマ線が降り注ぎ始めました。煬帝国からの通信では、オリオン主星ベテルギウスが超新星爆発をしたようです。もうすぐ艦の間の無線通信が不通になります」
その報告にビルシャナたちは凍り付いた。
「なに? なぜ、今まで予想していなかったのだ? 仕方がない。今のうちに林聖煕総司令官に連絡、艦隊全艦に通達せよ、艦隊全艦に防御結界を張り巡らさせろ。ビーム通信をひらけ、直ちに降下作戦を中止しろ。降下中の宇宙艦から五行鬼たちを降下させるな」
「はい」
「こいつらを逮捕しろ、それから、本国と月基地に連絡だ。ガンマ線を避けるために地下施設など、遮蔽が可能なところへ逃げ込め、と伝えろ。と言っても間に合うか......」
「本国は皇帝陛下などが避難を始めたそうです。ある程度の遮蔽設備があるそうです。しかし、月基地はこちらの呼びかけに応答がありません」
「本国はなんとかなりそうだ。だが、月基地は遮蔽が無い。地表の全施設と浅い地下基地では全員死亡したかもしれんぞ」
ビルシャナは矢継ぎ早に命令を出しながらブリッジへ戻っていった。だが、ナサナエル達の目の前に残された副官と警備兵や乗組員たちには、明らかに動揺と混乱が広がっていた。
この時をとらえ、ヤザンは声を上げた。
「アドナーン、伏せろ」
そして彼が発したのは霊刀操の詠唱。空刀と真刀とを手にすると、すべての警備兵を薙ぎ払った。
「さあ、脱出するぞ。乗れ」
ヤザンはアドナーンにそう声をかけた。だが、警備兵たちの悲鳴に気づいて、ビルシャナが拘禁室へと戻ってきた。
「お前たち、何をした」
その声に、ヤザンはアドナーンを飛翔体に押し込みつつ、振り向いた。
「ほお? 私のしたことを知ろうというのかね。いや理解不能だろう」
「お前たちはもう逃げられないぞ」
この時、ヤザンの隙をついて、副官の帝国戦士がヤザンめがけて発砲し、ヤザンは足を打たれて操縦席に倒れこんでしまった。
「おのれ!」
アドナーンは副官に襲いかかろうとした。だが、ヤザンの声に気づいて飛翔体のコックピットを閉じ、脱出を図った。
「にがすか!」
ビルシャナの怒号が響く中、二つの飛翔体はそのままの姿勢で突き進み、旗艦を切り裂きながら外宇宙へと出て行った。宇宙艦の外は、すでにガンマ線バーストで満たされていた。クロスアラベスクの中に居なければ、ほぼ即死になっているはずだった。
「簡単には逃がしてくれなさそうだな」
ヤザンは苦痛に顔をゆがませながら、前方を見た。すると背後の旗艦や前方の上陸強襲艦隊群が、「ミリオンガングナー」と呼ばれる無数の刃を飛翔させ始めていた。
「あれは?」
ヤザンとナサナエルはは、平行して飛翔をつづける飛翔体を接近させ、互いにコックピットを接触させながら、意思疎通を図った。
「ミサイルか?」
ヤザンがそう言うと、ナサナエルがミリオンガングナーの正体を口にした。
「このガンマ線バーストの中で、精密機械は機能しません。無線も効きません。それに、あれはそんなに大きなものではないです。おそらく無数の剣、いや、刃そのもの、鋭い刃先の刃そのものがこちらめがけて飛んできます。まるで一昔前の巨大な機関砲の銃弾ですね。おそらく、ビルシャナによって形成された渦動結界をもとに無数の剣を制御する霊剣操でしょう。厄介ですよ」
「霊剣操ならば、私も対抗して......うう」
「あんたの今の怪我した体で、無茶です。今は逃げましょう。それから無線通信が役に立たないので、ビーム通信で連絡を取り合いましょう」
二つの飛翔体は、飛翔してくる刃の群を避けるようにして敵艦隊から真っ直ぐに飛び去ろうとしていた。




